12 戦国時代四 六文銭
「熊を倒したのではないだべ?」
あやめがぽっりと聞いた。
弥彦が視線を前方のまま、隣り合って歩調を合わせている。
「熊の時は一人だべ。あやめがおらんかった。それに武器が槍じゃないべ鎌だべ。おらは鎌の方が向いてるだべ」
「熊より人間の男、三人の方が強い?」
「刀は振る範囲に人が居たら斬ってしまうし、間違えたら自分もヤラれる。強い者ほど一太刀で勝負が決まる。おっさんは強者だ」
間合いに矢沢を一人後ろに置く。三人は農道に出る前の山道を歩いていた。
矢沢が弥彦の武術に抜きに出ている事に感嘆した。
「鎖鎌か?熊を仕留めるとは良い腕だ。だが戰場では動きが違うぞ。何方向もある立ち位置を即座に判断しないと切られる。間合いに入ったら終わりぞ。良い武将ほど……詰められたら終わりだ」
「戰場でもないのに、大将に会うとは思ってないべ。槍で首ば取れなかったからもう駄目だと思っただ。おっさん、良い身分だべな。間合いに入らんようにするのが精いっぱいだったべ」
「真田の矢沢を知らんのか?ならば、一太刀でも繰り出せたのは褒めてやる。弥彦は娘さえいなければ、部下でも存分に戦えただろう。惜しいの……敵方とは……」
弥彦と矢沢の話は視線を合わせないギリギリの話だった。弥彦が逃げればあやめが切られる。弥彦はあやめを戰場から逃がしたかったのだ。今更、二人殺されるのは割に合わない。
「おなごの私は居ないといけませんか……」
「武田軍 真田の伝令に娘が着いてくるのは異例。馬ではなく、徒歩とは異例。戰場の約束事を無視しているのなら話を聞かぬ愚か者は城下町を焼くだけだ。何か意図があると判断せねばいけまい。弥彦、矢沢頼綱だ。覚えておけ。お前が北条氏に繋げなければ、娘の命もないぞ」
「覚えてらあ。だが、真田の六文銭が乗った兜など見せられたら、城下町は歩けまい。農兵がウヨウヨしついるのだからな……」
「一兵卒は理を知らん。わしは武田信玄公の伝令ぞ。首を跳ねれば沼田は戰場じゃ。青田刈りする程、米がない農地に火を入れるのは愚弄のする事」
弥彦が黙った。
視線をあやめに移してから、真剣な表情をしている。頷くと空を仰いでから、矢沢に向き直る。
「分かった。信玄公の武力では勝てない。矢沢様を守る。引いては沼田を守る事に繋がる。あやめが村を出なくて済む」
「分かった。娘は守ろう。弥彦。これを預ける。」
矢沢が脇差しの短剣を出した。
「信玄公の短剣だ。これを持つ者、配下と見なされ、矢沢の伝令とし、川下の真田の本陣へと部下二名を連れ、真田昌幸に状況を伝えい」
「矢沢様は沼田城に残るつもりか?」
矢沢は頷いた。
「分かった。城内に入ったら直に滝川様の所まで案内する。城下町にはいったら、あやめも話すな。何を言われても矢沢様を残して走るなよ。城内に入ったら、おらの後ろから離れるな」
あやめは黙って頷いた。




