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分水嶺〜群馬の片田舎〜  作者: 木村空流樹


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11 戦国時代三 山道

 あやめとさよりが山道を歩いている。弥彦が先に進んで槍を携えたまま女の歩調に合わせている。


「弥彦のばっちゃんてどんな人?」


 さよりが問う。汗が滴る中、弥彦は手拭いで顔を拭いた。


「普通の婆さんだ。沼田のばっちゃんと変わらない。兄さんの嫁も子供も居る。野良仕事の手伝いはさせられるだろうが……。城下町よりましだろう……」


「老神の男衆が沼田に呼び寄せられてるのに、堀上村の男衆は来てないの?」


 さよりは息が上がっていない。体力はあるようだ。


「村の規模が狭い。もっと山間にある村だから冬は雪に埋もれる。こちらにも嫁に来る者もいるだろう?男衆が少ない。誰かは知っているだろう?」


「余り北上する村からは嫁にもらわないのよ。」


「老神からは嫁に取るのにか?」


「川沿いは下れるから気に入る親族の親も多いけど、山沿いは交流がないのよ。あやめも山沿いの子供だったのよ」


 あやめが驚いた顔をした。小さい頃の記憶は余り無い。さよりの話も初めて聞いた。


「沼田より川下なら戦が多かっただろう。後は北条が敗れてからは武田軍が優勢だ。まあ、今は武田軍の真田が近くまで攻めて来てるから……」


 鳥が空高くを舞っている。

 弥彦が槍を払った。

 木漏れ日を確認しながら、あやめの方へ駆けて来た。さよりは驚いてあやめに抱き付く。


「着けられてる……。あやめ、走れるか?先に行け……。」


 あやめは黙って頷く。さよりの腕を掴み駆け出そうとした時、男の訛声が聞こえた。その声に怯えてさよりが動けない。弥彦の後ろに下がった。


「逃げられては困る。おぬし、沼田の兵と見た。」


「そんなん知らん」


 男が三人。甲冑の豪華さから位が高いのが伺える。三人とも刀は抜いていない。

 弥彦が間合いを詰められまいと、矛を向けと威嚇する。刀を抜くか迷っている。護身用に戰場で使う為の本刀(ほんとう)を腰に下げている。


「おなごは関係ない。逃がせ!」


 弥彦は中心にいる男から目が離せない。隙を与えれば切られるのが分かった。


「おなごは村に戻るだろう……。ならば逃がせない。沼田は青田刈りをしている。水田を戰場にするつもりだろうて……」


「お前ら真田か?!」


 男が生臭く笑った。

 あやめは血の気が引いた。戰場の男の目だ。それも武将の視線だ。


「我が名は阿部弥彦。沼田城主、滝川益重様の一平卒。いざ神妙に!」


 弥彦が名乗った。

 あやめは咄嗟にさよりに覆いかぶさる。二人では逃げ切れない。


「止めい!」


 中心の男が叫んだ。

 空気が静まりかえる。あやめは弥彦の背を見た。言葉一つに動けないでいる。


「我が名は矢沢頼綱。武田軍 真田昌幸とは甥に当たる。昌幸とは沼田を制圧せよとの(めい)にて参上した。本陣を敷に参った。」


 弥彦が刀を抜ける範囲がない。抜けばあやめ達まで斬ってしまう。槍を握る腕に力が籠もる。


 「本陣はまだ来ていない……のだ」


 男が胡散臭く笑った。


「城主、滝川益重と言ったが……。城代、藤田信吉の間違えではないのか?」


「家紋がまるたてもっこうだ!間違えねえ」


 矢沢が口角をつり上げた。後ろの男二人も慌てている。


「北条氏藤田が織田信長の家臣になるわけがあるめえ。織田の家臣になるには役不足だ。沼田を騙してまで生き残りてえのか?」


 矢沢は鼻を鳴らしながら、呟く。


「滝川一益なら悪知恵を与えれそうだな……。」


「何が言いたい!」


「沼田は信長の家臣に落ちたと思わせる為の猿芝居よ。君主、武田勝頼の宿敵として時間かけさせるつもりのようだな……。武田軍の兵を出させて、ニセ織田軍と戦わせるつもりらしい」


 矢沢は弥彦に微笑んだ。

 

「沼田の阿部家の子孫ならば武家であろう?ならば、ニセ滝川様まで案内してくれないか?わしは沼田の田畑が無残に焼け焦げるのを見たくない。」


「武田と真田を入れる訳にはいかない!」


 弥彦は一歩後後退り、あやめに近付いた。もう勝負は見えている。矢沢の間合いに入ったら、弥彦は鉄の錆である。


「沼田から藤田信吉を追い出す。織田軍の滝川が手を貸すわけがない……。重要な城とは言え、首がすげ替わるだけ……八つ裂きにされるだけだ。だから、それを教えに行く。織田の恐ろしさを知らぬ藤田の考えも読めよう。おなごも連れて行く。上の娘を……」


 後ろの二人が横にズレた。

 弥彦は矢沢に槍を向け前へ踏み込む。だが、矢沢が体を後ろに反らす。矛は矢沢の首には届かない。彼は槍の柄を握った。

 後ろの二人が前に出て、弥彦の首を押さえて付けて地面に倒す。這いつくばる弥彦は動けないでいる。


「上の娘と弥彦はわしと共に来い。下の娘はお前達が見張れ、もし城から戻らねば、昌幸に沼田は落ちなかった告げ、あそこの山に本陣を敷け。」


「沼田城に一人で行かれるのですか?それは危のう御座います。北条も黙って帰すわけがありますまい。」


 矢沢は生臭く笑った。


「だから、藤田信吉とのみ話すだけだ。だから、弥彦が必要なのだ。弥彦が腰に下げている日本刀は城主からの賜り品だろう。生くら刀には見えない。手を貸せ。弥彦……。上の娘もわしの身分を隠す為に連れて行く。娘が居ては戰場の話もすまい」


 矢沢が兜の緒を締め直した。


「戦なしに話をつける」







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