10 戦国時代二 青田刈り
あやめは田園風景を見ていた。
見渡す限り稲の水田が広がっている。
私は直に腰を屈め、稲穂を触った。まだ、籾の数が少ない。青田刈りである。
「真田が攻めてきたら一瞬やろうな……」
「城主様は余り戦が上手くないべ。刈れるだけましだべ。租の量が減るわけでもないべ」
女達は口々に不平を漏らした。仕方がない。戦国時代に青田刈りはあたり前だからである。
沼田城は城下町になる程栄えてはいなかったが、東北に行くには通らなくてはならない町ではあった。
「あやめ、手を動かせ!」
ばっちゃんが声を張り上げた。
あやめは急いで根元を押さえて、鎌を振るった。小さい頃からやってるが稲刈りは不得意である。
「痛い」
あやめは握った稲から血が垂れているのが見えた。水がある水田では稲が強い。穂も垂れきっていない稲では葉が皮膚を裂く事もある。
鎌を振るった。
「早く終わらせないと……」
周りの女はどんどん先に進む。
あやめは無言で作業を続けた。太陽が真上を向いた頃に、太鼓の音が鳴った。皆、作業を辞め、水田から上がって行く。一人あやめが稲を刈っていると、弥彦が草履のまま水田前に立っていた。
「あやめ、こっちこい。もういいべ」
周りの人々があやめを見ながら話している。弥彦が遠くから話し掛けているのが、気に触るらしい。
何を言われるか分からないとあやめは思った。噂になる。だが、弥彦の方に行かないのも噂になる。
「分かった」
ばっちゃんが弥彦の隣に立った。
二人の元へと歩む。
「あやめ、怪我してるじゃねえべか?」
泥だらけの手を見て弥彦が問う。
「大丈夫」
「洗うべ。午後は水田仕事は辞めてこい。流石に傷から毒が入るべ」
田んぼの上水路で手と足を流した。あやめは草履を履く。
ばっちゃんと家族のいる茣蓙に向かった。握り飯を食べている娘達が二人に少し場所を開けた。
「弥彦。北の水田での稲刈りはどうしたべ?」
「男衆はもう昼餉は食べ終わった。昼寝してるべ。あやめが食べ終わったら、片付けを手伝って欲しくて、こちらに来たべ」
弥彦が竹筒で水を飲んでいる。
あやめが慌てて握り飯を食べていると、弥彦は優しい眼差しを向けた。あやめの動きに合わせるように、新しい竹筒を視線の前に出した。
「急いでねえべ。ゆっくり食べるべ」
弥彦が優しく笑った。ばっちゃんの娘達はヒソヒソと話をしていた。あやめが男に媚を売っていると話してるようだった。
「あやめ……ちょっといいか?堀上村まで行くべ?城主の滝川様では戦力に違いがありすぎる。沼田が焼かれるのは目に見えてるべ?早くに逃げた方が女はいいだべ……」
「また!そっただ事ば言って!」
ばっちゃんが止めに入る。だが、弥彦はあやめだけに話した。彼女の瞳から視線をずらさない。
「真田は戦が荒い。真田昌幸なら戰場にはならないだろうが……。用心するに越した事はないべ。今なら数日で堀上村まで帰れる。おらのばっちゃんがいる村だべ。数ヶ月世話になっても、おらの顔を建ててくれる筈だべ。あやめさ、匿って貰え」
「なら、おら達も行きてえだべ」
ばっちゃんの若い娘が答えた。さよりはあやめよりも若い娘だった。
「駄目ば!城主様の前で逃げるなど!」
ばっちゃんが憤慨している。子供を産んだ母は顔色を変えた。
「堀上村なら山の通り道だべ。沼田から北上すれば必ず通る村だべ。」
「今回は北上しねえべ。沼田を落としにくるだけだべ。まだ武田が黙っていねえべ。真田が武田を見くびる筈はねえ。徐々に交渉する筈だべ」
「女子供だけでも連れて行ってくれ。今回の戰場は退かれられる。おら達もばっちゃんも行きたいべ。」
「そんなには匿ってもらえねえべ!」
ばっちゃんの顔が赤く怒りに震えている。
「確かにこの人数は無理だべ。あやめだけ連れて行く」
母親達が落胆した溜息を吐いた。
「お前だけ逃がさねえべ!」
ばっちゃんが怒鳴ると、母親達が頷いた。しかし、さよりは諦めなかった。
「おらも行くだべ。堀上村には状況説明の為に行った事にすればええ。おら達が一番幼い。水田の作業も遅いべ。足手まといになる。なら、あやめとおらが話に行った方がいいべ。青田刈りしているのも説明が付くべ」
ばっちゃんの一番お気に入りの孫のさよりが言う。
目を白黒させながらばっちゃんが考えている。弥彦は黙って様子を伺った。
「分かった。人手を呼んでこい。青田刈り中は皆忙しいで……」
戰場になる集落に人が来るか謎だが、ばっちゃんが頷いた。
「なら直に出発するべ。あやめ。草履は持って来ただべ」
弥彦が甲冑の胸から草履を出した。




