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名もなき脇役の俺が主役になった時

作者: 阿井りいあ


 品行方正、文武両道、加えて温厚篤実(とくじつ)

 俺はそんな騎士団長……の補佐をしている普通の騎士だ。


 もしこの世界を舞台にした物語があったなら、俺は名もなき脇役だろう。


 でもそれでいい。主役級の存在であるジェラール騎士団長の補佐の座を勝ち取れたんだからな!


 めちゃくちゃ強くて優しい、みんなの憧れの人。

 そんなすごい人の近くで活躍を見られる幸福を、日々噛みしめている。


「ジェラール様ぁ!」

「きゃーっ、今こちらを見たわ! 私に微笑みかけてくださったわーっ!」

「何を言うのよ、わたくしに微笑んでくださったのよ!」

「ああっ、今日も素敵……」


 遠征帰り。久しぶりの騎士団長とあって、出迎えの黄色い声援は多い。


 よぉし、気合いを入れてひと仕事しますか!


「素敵なお嬢様方。お疲れの団長を少しでも早く休ませてあげたいので道を開けてくださると助かります!」


 団長に思いを寄せるお嬢さんたちへの対応。これも補佐の仕事の一つ!


「あのっ、こちらの手紙をあの方に渡してくださる?」

「贈り物をジェラール様に!」

「お花をあの方へ!」

「はい! 俺が一時的にお預かりしますね。順番にどうぞ!」


 団長宛の贈り物を、次から次へと渡される。

 その場で本人に渡されると収拾がつかなくなるから、俺が一度預かるようになったんだ。


 預かった箱や袋を瞬時に整頓しながら右腕に積み重ねていくのにも、もう慣れた。バランスさえ取れればどうにかなる。


 気持ちがたくさん込められた大切な贈り物だろうから、取り扱いは丁寧に。絶対に落としたりしないぞ。


「あ、あのっ」


 お嬢さんたちがその場を離れ始めてひと息ついた頃、背後から小さな声がかけられた。


 振り返るとそこにはパン屋の娘、マノンちゃんが恥ずかしそうに贈り物の箱を手に佇んでいた。


 艶やかな黒い髪に、大きな瞳。

 あどけなさが残る愛らしい姿に、俺の胸はドキッと鳴る。


 やっぱりすごく可愛い。小動物みたいだ。

 でも、そっかぁ。マノンちゃんも団長のこと……。


 っと、ダメダメ。ちゃんと対応しないと。


「貴女も、贈り物を渡したいんですか?」

「は、はい!」


 ああ、こんなにも顔を真っ赤にして。

 きっと勇気を振り絞って団長のために来てくれたんだ。


 応援、してあげなきゃ。


 胸の奥が、ズキリと痛む。


「……お預かりしますね。ちゃんと団長にお渡ししますから」


 気持ちをどうにか落ち着かせ、左手を差し出しながら再び声をかける。


 けれど、マノンちゃんはブンブンと首を横に振った。


「い、いえ、違うんです」

「え?」


 何か対応を間違えただろうか。


 戸惑っていると、マノンちゃんは両手で包み込むように俺の左手に小さな箱を握らせた。


 柔らかくて白い、小さな手。


「こっ、これは、貴方に……リック様」

「……へっ!?」


 目を潤ませて俺を見上げてくるマノンちゃんに、胸がギュンと締め付けられた。


 い、今、俺の名前を言った? えっと、それって、つまり?


「おや、リックに春が来たのかな?」

「だ、団長っ!?」

「彼を選ぶとは、お目が高いね。お嬢さん」


 いつの間に来ていたのか、団長はそう告げると俺が右腕で預かっていた贈り物の山を軽々と受け取って、その場を立ち去った。


 後に残った俺とマノンちゃんは、揃って顔を真っ赤にしたまま立ち尽くす。


 手を握り合ったままだったと気付くまで、あと二秒。


 ハッと我に返る。

 て、手を、手を握ったままだ。


 そう気付いたはいいものの、この先どうしたらいいのかわからない。

 左手だけ体温が急上昇してる気がする。触れられている部分が脈打っている感覚。


 手汗がやばい。な、なんて言おう。こういう時、団長ならすぐに気の利いた言葉が出てくるんだろうな。


 俺がぐるぐるとそんなことばかり考えてヘタレている間に、マノンちゃんも手のことに気付いたらしい。


「きゃっ、ご、ごめんなさい!」


 慌てたようにパッと両手を離し、小さく万歳の姿勢をとっている。か、可愛い。


「あの、その……じゃ、じゃあ私はこれで!」

「えっ」


 マノンちゃんはやることは終わったと言わんばかりにくるっと後ろを向くと、そのまま走り出してしまった。


 俺の馬鹿! 可愛さに見惚れている場合じゃない!

 ええい、しっかりしろ!


 ここで彼女を見送ったら、一生後悔する!


「待って! マノンちゃん!」

「っ!?」


 叫ぶように呼び止めると、ピタッと足を止めたマノンちゃんが驚いたような顔で振り向いた。


「え? あ、の。私、名前……」


 あ、そうか。名乗ってもいないのに俺が名前を呼んだから……。

 うわ、どうしよう。密かに名前を覚えてたなんて、気持ち悪いよな?


 い、いや、ここは正直に言おう。マノンちゃんだって勇気を出してくれたんだから。


「し、知ってましたから! 君はパン屋の娘さんでしょう? 俺……ずっと、君のこと、か、可愛いなって、思ってて」

「可愛っ……!?」


 うわー! 余計気持ち悪くなったかも!!

 でも後に引けない! 勢いでいけ!


「良かったら! その、今晩……食事でもどう、ですか……」


 ドクンドクンと心臓の音がうるさい。

 団長の鬼のような訓練中や、敵と対峙した時よりもずっと心拍数が早い気がする。


 でも、目を逸らさない。


 マノンちゃんの目が、ジワジワと潤み始めた。

 えっ!? な、泣いっ……!?


 俺が慌て始めた時、マノンちゃんは目尻に涙を少しだけ浮かべたままふわりと笑った。


「嬉しいです……。喜んで!」


 その笑顔をみた瞬間、俺の中の時間が止まった。


 だ、だ、抱きしめたい……っ!!


 しないけどね! そんなことしたら紳士失格だし!

 そもそも俺は遠征帰りでボロボロだし、汗臭いし、鎧を着たまま抱きしめたらマノンちゃんが痛い思いをする。


 それらの考えが一瞬で脳内を駆け巡り、少し冷静を取り戻した俺は肩の力を抜く。……よし。


「では、後で迎えに上がります。……プレゼント、ありがとう。大事にしますね」

「は、はいっ!」


 一度ぺこりと頭を下げたマノンちゃんは、真っ赤な顔に笑顔を浮かべたまま走り去る。


 急いで宿舎に戻って身支度を整えなきゃ。

 それから花屋に寄って、赤い薔薇を十二本。


 俺を主役にしてくれたから。

 今度は君の物語の、ヒーローになりたい。


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― 新着の感想 ―
キャ〜、甘酸っぱい〜!! でも、そこが良い!! この後の展開を想像すると、ニヤニヤが止まりませんなぁ〜。
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