プロローグ(後編)
「ところで」
「な、なんだよう……まだ何かあるのかよう……」
「もちもちもち」
「うひゃあ!?」
なんだこいつ一瞬で目の前に来て両頬をぐりぐりしてきたんだけど!? やめろほっぺたとれちゃう! うにゃあ!
『なんだこれ……なんだこの……ううん……?』
『金髪美少女と銀髪幼女がじゃれあっててとても尊い』
『まあ片方は完全に被害者なんですけどね』
あ、そうだよそれどころじゃない! この見た目のことだ!
「おい女神様!」
「アスティ」
「え……。いや、女神様!」
「アスティと、お呼び下さい」
「あ、の……。アスティ様……?」
「呼び捨てで」
「…………。アスティ」
「はい」
そんな、語尾に音符マークがつきそうな声で笑顔にならないでほしい。圧がすごくてボクはちょっともらしそうだよ。怖いよこの人。
『ひぇっ……』
『画面越しでも謎の圧力を感じた』
『これが……神様の圧!』
クソみたいな圧だと思う。
「そんなことよりも! アスティ!」
「はい!」
「嬉しそうにするなあ!」
『草』
『話が進まんから切り替えろw』
『がんばれリオンちゃん!』
ありがとう! がんばる! でもちゃんづけはやめてほしい!
「ボクのこの体はなんなんだよお!」
「かわいいでしょ?」
「かわ……かわ……。かわいいけど……」
いや、うん。自分のことながら、かわいいとは思うよ?
十歳ぐらいの小さい体に長くて柔らかい銀髪。青色の瞳に、ほっぺたはぷにぷにだ。確かに、うん。とてもかわいい体だとは思う。
でもそういうことじゃないんだよ!
「だから! なんでボクの体がこんなことに……」
「え、だって、あなたの心の中の願望が、ちっちゃい魔女になりたいなあと……」
「うおおおおお!?」
『あかん笑いすぎて腹痛いwww』
『必死に大声出して聞こえないようにしようとしてるところ悪いが、全部聞こえたよ』
『結局お前の願望じゃねえかw』
た、確かにそうだよ? 女の子になりたいなあ、なんて思ったりもしたよ? でもさ、別の性別になりたいって、誰でも思うことだとボクは思うんだよ! ね!?
「ひどいよ……ボクの秘密を配信で全部ぶちまけちゃうなんて……。どうすればいいのさ……」
「推しの曇り顔も悪くないですね!」
「ぶち殺すぞクソ野郎ぁ!」
『落ち着けwww』
『この女神は間違い無く邪神』
『かわいい幼女から出るセリフとは思えないなw』
よ、よし。落ち着けボク。冷静になれ。なんだっけ、びーくーるだ、びーくーる。こいつのアホに付き合うわけにはいかない……!
「この際、見た目とか、置いておくよ……。それよりも、ダンジョンだ」
「はい! リオンちゃんのご希望通り、ダンジョンを繋げました! しかもダンジョンは異世界にも繋がるダンジョンです! 交流できますよ?」
「できますよ、じゃないんだよ……」
そんな無邪気に異世界と繋げないでほしい。そもそもボクが言うのもおかしいけど、異世界ってなんだよと言いたい。人間がいるとも限らないじゃん。
「あ、大丈夫です。あっちの知的生命体も人間ですよ。エルフとかもいます!」
「あ、そうなの?」
「はい! そのように作りました!」
「なんて?」
『作りましたってどういうことだよ』
『あれ? 予想以上にすごい神様では?』
『笑い話で済まなくなってきてる気がするw』
いや本当にね。これが真実なら……いや、あの地震といい頭に響いた声といい、間違い無く真実なんだろうけど、わりとしゃれになっていない事態だと思う。
『ところで外部の人らもこの配信に気付き始めたっぽいぞ』
『なんか他でこの配信について言った馬鹿がいるっぽいな』
『視聴者数がえぐい増え方してるw』
「え」
視聴者数を確認してみると、ボクの配信なんてよくて百人いくかいかないかぐらいだったはずなのに、気付けば一万をこえてもっと増加中だ。なにこれ怖い。
「素晴らしい! 世界がリオンさんの魅力に気付きました!」
「だまれ」
「あ、はい。ごめんなさい」
『マジギレで草』
『邪神がびびってるw』
『まあさすがにこれはなあ……。キレるよなあ……』
いや、本当に。どうしたらいいのかな、これ。ボクの体のことはどうでもいいけど……、いやどうでもよくはない。どうでもよくはないけど、別に放置して誰かが死ぬわけじゃない。
でも、ダンジョンの方は別だ。これは早急にどうにかしないといけないと思う。
「アスティ。ダンジョンについて聞きたいんだけど」
「はい! なんでもどうぞ!」
「魔物、いるんだよね? あふれかえって日本に出てきたりはしない?」
「地球人以外は通れない出入り口にしてありますので、大丈夫ですよ」
「あ、そう……」
つまりは。最悪、放置していても問題はないということだね。これならあとは国の政府とかどっかが立ち入り禁止とかにしてくれれば大丈夫、なんだろうけど……。
問題は、魔石とやらかな。この女神、魔石というものがとれるとテレパシーっぽいもので言及していた。いろんなエネルギーにできるらしいけど、これが既存の発電所とかの効率を超えるものだったら……。多少危険でも、集めに行くかもしれない。
そうなったら、やっぱり犠牲者とか……出てくるかなあ……。
「魔物って、どんなのがいるの?」
「では見に行きましょう!」
「え」
気付けば。ボクはいつのまにか、薄暗い洞窟の中に立っていた。
「えええ!?」
『うええええ!?』
『なんか急に洞窟になってる!』
『いや待てなんで配信が続いてんの!?』
いや本当に……って、いや待って。
「コメントが読み上げられてる……!?」
「はい! ダンジョンの配信をしたいということなので、いろいろサービスしちゃいました! その浮いてる光の玉がカメラになっていて、コメントは適当に抽出されて私たちの耳に聞こえるようになっています!」
「なんでもありか……!」
確かにダンジョン配信とかしてみたいと思ったけど! でもね、命の危険があることをやりたいわけじゃないんだよボクは! 命がけの戦いとか怖すぎるわ!
「まあまあ、とりあえずお試しに、この一層を体験してみましょう?」
「う……。いや、でも、怖いし……」
「私がついていますから!」
「くそう、諸悪の根源なのに安心感だけはある……!」
「ひどくないですか!?」
『残当』
『むしろかなり控えめな評価にしてくれてると思った方がいいよ女神様』
『ぶっちゃけリオンの肝っ玉に逆にびびりそうなぐらい』
いや、もう、いろいろと開き直りつつあるだけだよ……。
まあ、せっかくなのでダンジョンを探索してみる。かなり怖いから、おっかなびっくり、ゆっくりじっくり……。
「ちんたら歩かなくて大丈夫ですよ?」
「バカにしてんのか!?」
『ちんたらwww』
『口の悪い女神様だなあw』
『この女神様はどれだけ怖いか理解するべきだと思う』
そうだよ、もっと言ってやってほしい!
そうして騒いでいたからか、ついに魔物が姿を現した。出てきた魔物は、半透明の水の塊みたいなもの。大きさは、人の頭ぐらい、かな? 頭を包み込んで窒息とかさせることができそう。怖い。
「出ました! 魔物です!」
「これは、なに?」
「スライムです。素手で突き入れて魔石を取り出せば倒せます」
「ええ……」
もしかして、最弱だったりする?
近づいてみる。スライムはぷるぷるしてるだけ。試しに手を入れてみると、簡単に突き入れることができた。固い小石に触れたので、そのまま引き抜いてみる。スライムはあっという間にじゅわっと溶けて消えてしまった。
「はい。スライム討伐、おめでとうございます! 簡単でしょ?」
「びっくりするぐらいにね……」
でもこれなら、みんなも安心してダンジョンを楽しめると思う。ボクが心配することなんて何もなかったかな。
そう、思っていたんだけど。アスティはにっこりと、言葉を続けた。
「一層目はお試しフロアです。出てくるのはスライムですし、次の階層に続く部屋、ボス部屋のボスはヒュージスライムという大きなスライムです。このヒュージスライムは人を殺せますが、この一層に限り、瀕死の重傷を負った段階で自動的に外に転移するようにしてあげます」
ただし、とアスティが続ける。
「二層目から下は、自己責任。死んでも知りません。助けません。そのつもりでいてくださいね」
それは。まあ、うん……。少なからずバカは出てくるかもしれないけど、仕方ないのかもしれない。忠告は、こうしてあるんだし。
「あと、銃などの一部武器も持ち込み禁止で、自動的に弾かれます。代わりに、ダンジョンに入ると魔力の使い方が勝手に頭に叩き込まれますので、それを鍛えてくださいね」
『なにそれ怖い』
『たたきこむってなんなんですか』
『でも魔法使えるっていいな。ちょっとだけ入るってやってみようかな』
「あ、ちなみに、魔法は地球では使えません!」
『現実は非情であるw』
うん……。まあ、これがダンジョンのルールってことか。あとは、国に任せよう。きっといいようにしてくれるはずだ。ボクはもう疲れた。帰りたい。
「アスティ」
「はい! あ、もちろんリオンさんはずっと加護が……」
「つかれた。かえる。なにもかんがえたくない」
「ええ……」
『リオンちゃんwww』
『おいたわしや……』
『ちょっと悪のりしただけなのに性癖暴露されるわダンジョン出現の原因になるわいきなり放り込まれるわ、さんざんだったからな……』
『お疲れだよなあ……』
いや、ほんとにさ。もうね……。いろいろ忘れたい。マジで。
「仕方ないですね……。じゃあ、明日! また遊びましょうね!」
「…………」
ボクのめのまえは、まっくらになった!
『マジでかわいそすぎるんだが』
『強く生きて……』
『がんばれ、応援してるから』
「なら代わってよ」
『断固として拒否する』
いいよいいよ。とりあえず帰ってふて寝する。後のことは、起きてから考える。
アスティに自宅に送ってもらって、ボクはベッドに潜り込んだ。
ボク、もう、つかれたよ……。
壁|w・)以上、プロローグでした。