悪役令嬢寿司~冤罪で追放されて、寿司屋になった令嬢の話
かの世界の娯楽小説では、
追放された悪役令嬢は、何にでもなれる。聖女、カフェのオーナー、冒険者、商会長、
私は希望をもらった。私の立ち位置は『悪役令嬢』!
ならば、踊ってみせよう悪役の華!
私は、なれるはず。
クワッ!
「寿司屋にもね!」
寿司を握っている令嬢の目は半開きだった。その目はクワッと見開いた。
(ここ、このタイミング!小手返し!)
集中している証拠だ。それは、彼女の前に両親がカウンター席に座っていても変わらない。
数年前だったら、心臓がバクバクと音がしていただろうが、時が彼女を変えた。
「アンネローゼ・・・すまない。戻って来てくれ」
「ご注文は?お客様、と言っても、ここは、お任せしか出来ませんわ」
「お父様と呼んでくれ!また、侯爵令嬢に復帰できるぞ。漆黒のダンジョンから生還した令嬢として、釣書が殺到しているぞ」
「お客様、ご注文を」
「無理だ。生の魚なんぞ。食べられない」
「ええ、そうよ。母にこんな生臭いものを食べさせる気なの?」
「でしたら、お帰り下さいな。出口はあちらです。右の出口です。お間違いないように、左の出口は、異界につながっておりますゆえ」
「分かった。お任せというものでもらおう」
「はい、鰯、一貫、お待ちどう様!」
「何だ。鰯だと!下魚の中の下魚じゃないか。それに、黒い水、せめて、ソースを・・それほどまで、父が憎いか?」
「ヒィ、生?正気なのアンネローゼ」
「アレルギーがございますか?」
「あの後、皇帝から謝罪があったのだ。皇子と義妹が画策して、アンネローゼを陥れようとした。義妹のお茶に入っていたのは、しびれ薬だったと・・自作自演だったと判明した」
「父上と母上は、邸に戻された私を、漆黒のダンジョンに追放したのよね。私の言い分を一切聞かなかったわ」
「そうだ。あのときは、仕方なかった。皇帝を怒らしたら、我が家門は、滅亡するだろう」
「そうよ。アンネローゼも悪いわ。どうして、あのとき、きちんと、説明しなかったの?」
「お客様、次のお寿司、如何されますか?まだ、鰯のお寿司に手をつけていませんが」
「話をそらさないでくれ!アンネローゼは、病気で伏せっていることになっているのだ!
下町で遊んでいる場合じゃない!」
「そうよ。それに、魚の商売上手くいっているようね。商会は私たちに任せなさい」
「・・・皇帝陛下が、私を邸に戻したのは、公正な調査をするため、私を保護するためでしたわ。前からあの二人は怪しい。私との婚約で、不適切な関係が治ればいいと仰っていたわ。
あのね。家門の存続が掛かっているときに、私の冤罪と分かっていても、涙ながら私を処分するなら良かった。
しかし、違う。ただ、慌てふためいて、オロオロして、私を追放した。
令嬢が決して生きて帰れないダンジョンにね」
「そこで、こんなオモチャ、異世界へとつなげることの出来る魔道具を見つけたのか?」
「ええ、それで、とっさに、異世界に避難して、そこで、魚料理を学びましたわ。かの世界では魚料理が豊富です。寿司に魅了されましたわ」
「この店にも生魚を食べる野蛮人がいるわね!」
「お客様、他のお客様を侮辱しましたね。お帰り下さい!でないと」
ボォ!
令嬢の手からファイヤーボールが浮かび上がった。
「・・・また、来る」
「グスン、グスン、どうして、こんな娘に」
二人は帰った。
「お嬢大将、大変だね。ほら、頼まれた白ワインを持って来た。寿司に合うかな?」
「ヨシダさん。有難う。試させて頂くわ」
その時、ドン!と乱暴にドアが開いた。日本と通じているドアから、客が二名入ってきた。初老の男性と、不自然な顔、整形をしたような。30代だが、若作りをしている女性だ。
「キャー、悪役令嬢寿司って言うから、入ったけど、悪役令嬢っぽい女がいる~~」
「ヒック、おっ、席はここがいいか!」
席を勧める前に、大将の前のカンター席に座る。
しばらくすると、はしゃぎ出した。
パシャ!パシャ!パシャ!
「キャ、キャ、パパ、やめて」
「ヒック、ピー子ちゃん。綺麗だよ。撮らせてよ」
アンネローゼは、苦言を呈す。
「お客様、当店での写真撮影は、許可を受けてから、寿司限定ですわ。それに、他のお客様の顔や声が入りますから、お止め下さい」
「え~、あたしは客よ。その白ワインどけなさいよ。あたしは二日酔いよ」
「これは、他のお客様に頂いたワインですわ」
「態度悪い!こっちは客よ!」
たまらずワインを提供した吉田が擁護する。
「えっ~と、お嬢さん、いくら、客でも、それはないよ。ここは異世界の人と接触できる唯一の寿司屋だよ。それに、それほど酒の匂いに敏感だったら、酒の飲める店にくるんじゃないよ。ここは異世界ワインも楽しめるお店だよ。
それに二日酔いって何だよ。今は夜だろ?!」
「意味分からないわよ!」
「ヒィック、ピー子ちゃん怒った顔も可愛い!」
パシャ!パシャ!
「こちらは、悪役令嬢ですわ。帰らないのなら・・・・!」
ボム!
ファイヤーボールが、手のひらに浮かぶ。
「ここは、異世界よ。貴族の籍はまだあるわ。貴族法第4条、平民をむやみに殺してはならない。
但し、以下の場合は除外する。⑦著しい無礼を受けた場合よ」
「ヒィ、こんな店、ごめんだわ!」
パシャ!パシャ!
「この事は、Yにあげてやる!」
「あら、ハ○と娼婦、そっちのドアは・・」
二人組は店を去った。右側のドアから、異世界に通じるドアである。
「お嬢大将!炎の玉、見て良いこと思いついた。こっちの世界でも、ローフトビーフがあるでしょう?
まずは、生じゃなくて、半焼きマグロ寿司から始めて見たら?」
「まあ、盲点だったわ。そうね。ナイスアイデアだわ・・・」
・・・この国では、肉が最上だわ。魚は、漁村とその近くしか食べられない。
おかしなことに、港町の人たちは、魚を漁民から買っている。それほど、なじみがない。
その日に消費するのが限界だわ。
だから、私は、ニホンに転移したときに、魚の締め方や、干物をならい。あらゆる魚料理を学んだ。
商会を開き。王都へ魚料理を紹介したわ。
王都で細々と店を開いたら、まあ、ボチボチ客は来る。
しかし、寿司だけは、受け付けてくれなかったわ。
だから、たまに、寿司屋を開店するときは、ドアを二つにして、異世界からのお客様も呼ぶのよ。
腕をなまらせないためにね。
トントン!
「失礼する。当職は、皇宮の執事長の使いの者です。実は、ムーラ王国の外交使節の方々が来られることになりまして、王国では、牛を食べるのは禁忌だそうです。
どうしても、魚料理のレパートリーが必要でして、是非、今、王都で評判の魚料理の専門家として来て頂きたいのです」
「まあ、それじゃ、当分、寿司屋は、閉店ね。吉田さん。申し訳ないのですが」
「ああ、いいよ。出世のチャンスだぜ。寿司は、地道に待つぜ。そうだ。魚に合うワインを持ってくるぜ!」
「まあ、有難うございます。でしたら、ヨシダさんの酒屋に近いところに、転移の門を召喚しますわ。
そして、王宮の中とつなげさせて頂きますわ」
☆
「Yにあげてやるわっ!あの女、手品を使って、客を襲うと・・あれ、アンテナが立っていない」
「ピー子ちゃん。ここ、真っ暗だ。道が石畳だ」
「どこよ。あの寿司屋に戻るわよ!」
・・・
「ないっ!ここにあったはずなのに」
すでに、転移のドアは移転した後であった。
☆☆☆数日後、帝都警備隊平民担当官
「で、異世界に戻れないと?」
「馬鹿にしているのか!」
「「ヒィ」」
「何だ。娼婦と、商会の番頭か。紙の金を払って、食い逃げをしようとした?」
「盗みは、むち打ちの刑だぞ!何故、働こうとしなかった」
「冒険者ギルドの仕事は無理っ」
「働こうにも、紹介状がないから、どこも紹介できないって、紹介ギルドに言われました」
「ほお、そうか。良い働き口があるぞ。皇宮だ」
「そこで、働けば、罪は帳消しにしてやる。貴人の男女にお仕えする役目だ」
「お願いします。そこでお金を貯めて、あの女の店の捜索、情報ギルドに依頼できますから、そしたら、私たちの言うことを信じてくれますよね!」
二人は皇宮に迎え入れられ、その日のうちに別々に配属された。
いつも、使用人達が、すぐにやめてしまう職場だ。
アンネローゼに冤罪をかけた皇子とその義妹である。
☆☆☆皇宮、北の修道院
「ちょっと、あんた。30歳超えているメイドなのに、気が効かなすぎ!二日酔いだから、ここに酒を置くな!」
「ヒィ、申し訳ありませんわ」
「フン、お義兄様と婚約できると思ったのに、ここに幽閉されて5年よ!あんた。何で30近いBBAなのに、何にも出来ないの?」
☆皇宮、北の塔
「おい、爺さん。俺と剣の相手をしろ!」
「そ、そんな。殿下、私は剣などしたことありません!」
「うっせー、こっちは、5年幽閉されているんだ。あの女、アンネローゼめ。気を利かせて、自分がやったと言えば良かったのに!ほら、構えないのなら、こっちから行くぜ!」
バチン!バチン!
「ヒィ」
・・・・
「あら、執事長、どうなさったのですか?」
「いえ、アンネローゼ殿、3日めの主菜と、最後のパーティの魚料理全般を御願いします」
「畏まりましたわ」
「あの、よく見ると見覚えが・・侯爵家、令嬢の保護不届きで、当主夫妻は、領地に隠居処分、財産は、冤罪を掛けられた令嬢にとの処分が決まりました。まだ、内密ですが・・。
もしかして、侯爵家のアンネローザ様ですか?」
「ええ、そうですが、今は仕事に集中したいですわ」
その後、アンネローゼは、皇帝に謁見、補償をしたいとの陛下の御慈悲に、
「でしたら、お寿司をお食べ頂き。ご感想を御願いしたいですわ」
やがて、皇帝が食した料理として、半焼きマグロステーキ寿司は人気になり。
寿司は、大人気ではないが、好む人は好む料理の位置づけになった。
最後までお読み頂き有難うございました。