5 船
ルイは周りをそれとなく観察するように見渡した。
アリアも続いて見回すが、誰も彼も平気で食事を続けている。さきほどルイに追い払われたあの青年も、食器を片づけた後は厨房に入って皿洗いをしていた。どう見ても元気そうだ。
「誰も死んでないわ」
「お前物騒だな……」
ルイがスープカップを揺らす。
そして、もう一度口を付けた。
味わうように飲む。
「やめてルイ」
「大丈夫だよ。毒って言っても、かなり弱いやつだな、これは」
「わかるの?」
「まあ、経験で。お前じゃないけど、殺す気あんのかな」
「ちょっと、もう飲まないで」
アリアが睨むと、ルイは何故か嬉しそうに目を細め、もう一口飲んだ。
「ルイ」
「……ああ、そうか。継続的に飲ませるんだな。割とどこでも手には入るものをうまく調合してる。ユシアの根と、ハズラリスの実とそれから」
「ルイ」
「大丈夫だって」
「それ以上飲むと絶交するわ」
アリアの本気が伝わったのか、ルイはぴたりと動きを止めてスープカップをテーブルに置いた。両手を上げて降参の姿勢を見せる。
アリアはルイのスープカップを自分の前に避難させ、ついでに自分の口元に持っていった。
「アリア」
鋭く睨まれても、アリアは睨み返すだけ。
無言の圧に折れたルイは大きな溜息を吐き出すと「悪かった」と小さな謝罪をした。
アリアはカップをテーブルに置く。
「もうしないで」
「わかった」
「ルイには大丈夫だとしても、少しでも危ないことはしないで」
「……なんで?」
ルイはちらりとアリアを見た。
その目に、どこか期待のようなものが含まれていることにアリアは気づけない。嬉しそう見えるルイをさらに睨みつけた。
「ルイが大事だからに決まってるでしょう」
「…………」
「なによ?」
「お前が凶悪なのは分かった」
「なにを言ってるの」
俯いて顔を両手で覆うルイの旋毛を、アリアは不思議そうに見つめる。
少しして、頬の血色がよくなったルイが顔を上げてテーブルに頬杖を突いた。
行儀が悪いが、ルイらしい。
「心配させて悪かった」
「すごく心配したわ」
「うん、まあ、説明しとかないとなあ」
ルイが夜明けの地平線を眺める。
薄紫色の隙間から光が射し、世界を照らし始めていた。
「俺は毒に耐性がある。一滴で死ぬような劇薬じゃない限り、身体で分解できるんだよ。そもそも、うちの“家”が、普通と違って、奇妙な能力が備わって生まれてくるのは知ってるだろ?」
「……寿命でない限り、病には冒されないってことなら」
アリアは小さな声で答える。
周りのテーブルにはもう誰もいないが、この会話を聞かれたらルイがどこの血を引いている者か知られてしまうからだ。このことが諸外国にも周知されているので、特別な王のいる国であるシロノイスは平和を維持していると言っても過言ではない。
王の血を引く人間は、病に冒されることはない。
故に、伏せることもなく、天寿を全うすると神の迎えがきて、身体は残らずに灰になるという。
「そう。それって神の寵愛があるとか、そういうことではなくてさ」
「そういうことにしてるみたいだけどいいの?」
「いい、いい。簡単に言うと、常に若返ってるだけなんだわ。毒を飲んで傷ついた細胞も、即座に若返る。切り傷も刺し傷も若返る。その細胞が死ぬ直前に、若返る。治癒とかそう言うんじゃなくて、何かしようとしてなくても、身体が勝手にそうなる仕組み。けど上手にできてるんだよな、老いはくるんだよ。若返りのスピードが年と共に遅くなって、六十過ぎたらただの人」
「ただの人?」
アリアはルイを指さす。
どうみても、老いるどころか若返りすぎている気がする。
ルイはにやりと笑った。
「俺はね、若返りの能力が強すぎたらしくて、自分で調節できてた。まあ口外すると危なそうだから黙ってちょうどいい感じで使ってたんだけど、年齢に対して幼いと、母親は気づくもんらしいな。十五の時にこれを渡された」
ルイは首に触れ、シャツの中からアリアと同じ赤い石のついたペンダントを出した。
アリアのものよりも大きくて、欠けている。
もしかして。
アリアがルイを見ると、悪びれず頷き返してきた。
「お母様にいただいたものを割るなんて」
「へいへい」
「ルイ」
「まあ説明だけさせてくれ。これ、若返りの能力のエネルギーを蓄えられる魔石なんだと。で、俺はこれを持つようになって急成長、さらに十七になってからは若返りは使わずにこっちに貯めてた。まさに若返り貯蓄」
「……それって」
「大丈夫、大丈夫。逆に、クソ兄貴からのプレゼントを受け取り続けてたから、若返りを使わなくても身体が毒への“耐性”を獲得してくれたんだよ。兄貴は心配性だったからなあ。俺がプレゼントをもらう度に床に伏せるもんだから本当に若返りの能力が少ない証明にもなって、少しは安心してたさ。俺は裏で耐性を獲得してたのにな。皮肉なことだったと今でも笑えるよ」
「笑えないわ」
「笑えるよ」
ルイが呟く。
仄暗い目が朝日で鈍く光っている様は美しすぎて恐ろしい。
「あいつは小心者で、心配性で、疑り深いやつだった。俺の若返りの力が強いんじゃないかって、一生俺に怯えてた。俺が椅子になんぞ興味ないことも分かろうとせずに、せっせとプレゼントを届けていたあいつは本物の馬鹿だ。見舞いに花を持ってきて安心するくせに、また不安になって毒を運ばせるあいつが馬鹿じゃなければ、どこのどいつが馬鹿なのか教えてほしいくらいだよ」
ルイは鼻で笑うと、ブドウを一つ口に入れた。
ちらりとこちらを見上げる目が、何かを試しているようだった。
この目は、見たことがある。