55 ミラー
「さて、そろろそろ解散するか」
エドワードが立ち上がる。
色々と満足したのだろう、晴れやかな心情なのか、ただ単に飽きただけなのかはわからないが、もうここに興味を持っていないのだけはよくわかった。
ガゼボの中で、キースとルイに続いて、アリアも立ち上がる。エドワードはふと、入り口で微動だにせず警備に徹するイアンを見た。
「あれはなかなか面白い子だね。うまく育つと将来こちらの利益になりそうだ。自分の大切なものの為に無茶をするタイプは扱いやすい。行動が読みやすくて助かる」
「司令塔はあの真面目な第五王子ですしね、悪いようには育たぬでしょう。皇太子に押し上げると言うとあれほど青ざめたんですから、あなたたちと違って仲がよろしいようだ」
「そういえば、不仲な兄弟などおとぎ話だと言ってたぞ」
「ここの王城は平和ですねえ」
「何を言っている。僕らは不仲ではなかったよ?」
ガゼボから一歩先に出たエドワードが言う。
思わず、アリアもルイもキースも、本気か、と顔を見合わせた。
「なんだい、その反応は。失礼にもほどがある」
笑っている。
エドワードは三人を振り返った。ふっと長く重苦しい前髪が揺れる。
「僕はね、君を殺そうとしたことはない。父上や母上に疑われたくないからではなく、本当に殺すつもりなどなかった。鬱陶しいリスクである君を排除したかったけれど、同時に家族であり弟だったからね。二年前のあの時、本当に一線を越えてしまったと手が震えたことを忘れることはない。まあ、信じないだろうけど」
「ええ、信じられませんね」
「我が弟を支えてくれてありがとう、キース」
風で揺れた前髪から見えた表情は穏やかだ。
微笑んだ顔で、他者をこれほど自分の方へ巻き込めるのだから、彼は本当にシロノイスの頂点に五十年立っていたのだ、とアリアは初めて実感した。信じられないことに、彼は王だったのだ。
「そういうところが苦手です」
「わあ、初めて君に褒められたね」
「絶対褒めてねえよ」
力つきてため息だけを吐くキースに変わり、ルイが適当に言葉を投げる。
そのルイをどこか愛おしげに見つめ、エドワードは空を見上げた。
「僕らは不仲ではなかった。ただお互いの立場が少し特殊で、僕が心配性でリスクに怯えていただけさ。ルイの力がもっと弱ければ、また違っただろう」
「お前本当にすごいな」
「ありがとう。僕は君の祈りを取り上げなかった。それが兄であった僕からの、弟である君への愛だ。それだけは覚えていてくれると嬉しい」
ちらりと視線を向けられたアリアは、それが本心かどうか区別が付かない。
疑いの視線をものともせず、エドワードは軽やかな足取りで先に歩き出した。
再び三人で顔を見合わせ、なんとなく「もう考えるのはよそう」という結論を各々が出すと、何故かエドワードに連れられるように庭を後にしたのだった。
エドワードはあっさりと城を出ていった。爽やかに「じゃあ、僕は帰るよ。サーシャとダンの元へ」とちょっと散歩しにきたと言わんばかりの軽やかさで、イアンに出口まで送られて行った。
残された三人の中、アリアは思わず呟く。
「本当に妙な人ね」
「そうでしょう。巻き込んでしまって申し訳ありません」
「ああ、いいえ。この先もルイといれば避けて通れない人ですし、慣れてきたところです。お気遣いありがとうございます」
「俺は避けて通りたい」
「あら、無駄よ。あの人あなたのことが大好きだもの。これから隙があれば邪魔はしないけど干渉はしてくるわ、きっと。顔が見たいとか言って」
「やめてくれ」
げんなりというルイと、嬉しそうに目元を細めるキースは対照的な表情だがよく似ていた。見た目も年齢も違うというのに、なぜだか二人が同じように見える。それがアリアには嬉しかった。
キースがアリアの前に立つ。
「……ルイの我が儘に付き合ってこうして一緒にいてくださることに、私は心から感謝しています。あの方の言ったように、あなたはルイの祈りだった。あなたにとってもそうだったのなら、私は本当に嬉しい」
「間違いなく私にとってもそうでしたし、これからだってそうです」
「……どうか、ルイ本人にも聞かせてやってください」
微笑まれ、アリアは頷いて心からの言葉を口にした。
「どうか、お元気で」
「あなた方も」
キースはルイを見て、手を差し出す。
ルイはすぐにその手を握り返した。
「私は大丈夫です」
「何も言ってないぞ」
「わかりますよ。どれだけ一緒にいたと? 私は自分の人生に満足しています。家族を得て、あなたの教育のおかげで立派に育った孫たちも城に関わって王を支えている。彼らも幸せそうだ」
「……そうか」
「ええ。そうです。私の一番の幸せは、あなたとともにいられたことです。力及ばず、あなたに苦しい思いをさせてきました。けれど、何一つ諦めず、国に尽くしてきたあなたをずっと尊敬しています。どうか、ふつうの日々を。祈りとともに、あなたがふつうの日々を過ごしていると思えることが、私の晩年の幸せになりましょう。ですからその幸せを私にいただきたい。私はこのまま、お先に失礼したく存じます」
若返らせなくていい、とキースは穏やかに言う。いつか先にこの世から旅立つけれど、幸せなのだ、と。
ルイはしばらくキースを見上げ、それから握手をしていない手で、キースの腕をとんとんと撫でた。
「わかった。いつか向こうで土産話を」
「それは楽しみです」
「キース」
「はい」
「お前の支えがあったから俺は耐えられた。いつもそばで寄り添ってくれたことを心から感謝する」
「……はい」
声の潤んだキースは、しかしゼノがこちらに来る気配に素早く立て直すと、もう一度ルイと固い握手を交わした。これからの彼は、大臣の顔をして国の代表として交渉をするのだろう。
いつかまた、会えたらいい。今度はルイと二人きりで。
アリアはそう静かに思った。
いつもありがとうございます。
完結まであと少し。
お付き合いいただけると嬉しいです。




