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54 ミラー


 キースの話によると、ルイの手紙が届いたその日に、同時に密貿易のことがミラーから知らされ、さらにその事で関係各所が城に詰めて話し合いをしている最中、ルイとアリアの身元照会の緊急連絡が来たという。キースは自ら手を挙げて、単独で交渉に行くことが効果的だと説得して船に乗った。

 そうして中継地点であるウルトイルで降りたときに、運悪くエドワードと会うことになったらしい。


「クッキーを配っている少年から一つ貰って驚いたのです」

「そうそう、それでダンに連れられて僕らの露店にやってきたわけ」

「お前、ちゃんと働いてるのか」

「そうだよ~」

「意外と甲斐甲斐しく少女の世話を焼いていました。少々鬱陶しそうにされていましたけど」


 うんざりと言うキースは、クッキーだけではなくサーシャの顔を見てさぞ驚いたことだろう、とアリアは思った。そしてその後ろにいる、自分の主を長年苦しめてきた元凶が若い姿でいて、全て察したに違いない。


「それで到着までに時間がかかったということか」

「ええ。もう、彼に絡まれまして。どうにか撒こうとしたんですが」

「無駄だったよねえ。キースが単独でミラーに行くなら、密貿易ではなく君のことだと思った僕は、愛するサーシャを泣く泣く置いて、彼が船に乗ったことを確認してギリギリで乗船したのさ」

「あなたものすごく楽しそうでしたよね。船の上で同室にされ、一晩中ルイと再会したときの話を聞かされたので、こちらも状況は把握しています……ウルトイルから大変でしたね」

「いや。キース、苦労をかけた」


 ルイが彼を労る。キースはとても慈しむ目をして、ルイに目礼をした。


「お元気そうで何よりです。懐かしいですね。あなたも、本当に懐かしい」


 アリアは話を振られ、微笑んで返す。


「あなたも。お変わりないですね」

「……ありがとうございます。ご立派な振る舞いと、ルイを守ってくださったことにも」

「私は何もしていません」

「ええ? あそこまで派手に喧嘩を買ってて?」


 エドワードがおどける。

 アリアはエドワードを軽く睨む素振りをした。前髪で全く顔は見えないが、じっとこちらの様子を見ているのはわかる。


「買っていないわ」

「ええー」

「彼女、しつこくて妙にタフでこちらの反応をするっとかわす、どこかの誰かと同じにおいがしたから、はっきりと正直に言わなくては、と思っただけ」

「なになに? そんな面倒な人が他にもいるのかい?」

「ええ、鏡を持ってきましょうか」

「アリア嬢の手を煩わせるわけにはいかないから、家に帰ったら見ておくよ」


 明るく言われる。

 アリアが無視をすると、何故かキースが感心して見ていた。


「素晴らしい対応です」

「どうも……?」

「じゃあ、ルイのことはこの兄上が褒めてあげようかね!」

「結構だ」

「よく理性を保って使用人発言に効果的なお返しをした。うん、エレガントで紳士的な対応だったよ。嫌味が効いていて素晴らしい。腹が立ったであろうに、あの少女と一言も交わさなかったのも良かったね。全然伝わっていなかったけど、あれと少しでもおしゃべりするともっと勢いよく食いついてきていただろう。ああいうのは、全く相手をしないのが健全だ。自分を中心に物事が進むと思っている相手には無視が効くんだよ?」

「ああ、よーく知ってるよ」


 ルイが呆れ果てた目でじっとりとエドワードを見たが、もちろんエドワードはけらけらと笑うだけだ。

 キースだけが、意外そうに二人を見ている。


「驚きました。本当に仲良くなられたんですね」

「どこをどう見たらそう見えるんだ」

「いえ……彼が船の中で延々と、僕らはふつうの兄弟になれたんだ、と寝言を仰っていたので、妄想だと聞き流していたんです。こうして一緒に王城まで乗り込んだのも、実際は次の芽を見るのが目的だと思っていたので」

「ひどいよキース。僕は本当に弟のために来たのさ」


 大げさに両手をあげてエドワードが嘆いた。

 そしてそのまま、キースの肩をぽんと叩く。


「それにしても残念だ。君がお仕置きをするのを楽しみにしていたというのに、あの真面目で誠実な青年に絆されて、お仕置きの手をゆるめようとしたね?」

「さあ」

「僕が言わなければ、威圧してちょっと説教して終わっていたよ、あれは。王女様に至っては、説教めんどくさーって顔をしていたのは僕にはお見通しだ」

「ええ、まあ、そこは認めます。どこかの誰かと似た、こちらの話が一切届かないタイプでしたので。あなたに譲ろうかと」

「それはありがとう。確かに僕とあの子は相性がいいよ。ああいう、近い感じの相手を叩き潰して自尊心をへし折るのは僕の得意とするところだ」

「存じております」

「あの第五王子。まだ幼い末の王子にしては立派だったよねえ? まるで誰かが謝罪の仕方を教えていたみたいだ。つまらなかったよ」


 エドワードが言う。

 こちらを見ているが、ルイは完璧に無視をした。


「キース、密貿易の件はどうなりそうだ? 元凶がそこにいるが」

「ひどい。事実だけど。どう? 対処できそうかな?」

「そうですね。大丈夫ですよ。以前こちらが内々に処理をした借りがありますし、国内だけで完結する戴冠式の後日に開催される各国の要人が招かれる大規模なレセプションで、ミラーの王子達を招待した上で特等席を与えるという書簡を持参しています。外遊で最初に訪れる国もミラーであると約束する、とも書いてありますよ。もちろん、今後両国で同じことが起きないよう、全ての流通ルートを精査する、とも」

「ああ、完璧だ」

「それはもう、反面教師と尊敬する人に挟まれて育った彼は民衆の言うように賢王です」

「なるほど、ルイ、君は反面教師だそうだ」

「はいはい」


 エドワードが笑う様子を見ていると、きっと彼は息子のためにもここに来たような気がする、とアリアは思った。そして、エドワードに慣れてきてしまっていることが少し恐ろしくもあった。

 彼は意外と人たらしなのかも知れない。

 もちろん、悪い意味でだが。


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