53 ミラー
キースは渋々、エドワードからのバトンを受け取ったようだ。
「ええ、殿下は大変聡明でいらっしゃる」
褒められたゼノは、訝しげな顔でキースの言葉を聞いていた。
警戒しているのだ。誰よりもご機嫌で自分を見るエドワードを。
「キース、彼は何番目だっけ?」
「第五王子ですよ」
「へえ、もったいないね」
エドワードはキースに顔を向けて「ねえ?」と圧を掛けた。
隣のルイも呆れたように小さく息を吐く。キースは一度背を正すと、ぴりっとした空気をまとった。
「……確かにもったいない。私を相手に、引かずに自ら首を差し出す潔さもある。従者を守るこの剛胆さ、継承順位が低いのが嘆かわしい」
さあっと、目に見えてわかるほど三人の幼い顔が青ざめた。
キースが続ける。
「この後、旧知の間柄でもある国王陛下と私的に時間をいただいているので、その旨をお伝えしておきましょう。彼は継承順位など気にしていないので、ぜひ、ゼノ殿下を皇太子に押し上げてはどうか、と」
泰然と笑みを浮かべるキースは、今にも震え出しそうな三人に返事を促すように目配せをした。ゼノが口を開く。
「どうか……それだけは、ご勘弁を」
「殿下。私などに頭を下げるのは結構ですよ」
「キース殿、私が責任を」
「何か勘違いをしていらっしゃる」
キースは初めて声に怒りを滲ませた。
「最初に言ったはずです。妹君の処罰と、そちらの従者の処罰を聞かせていただけますか、と。あなたが大変立派なのはわかりました。お若いのに、自ら責任をとると仰る。身分を剥奪されかねないその方法も文句の付け所もない。けれど、それは私自身があなたに責任をとって欲しい場合時だけ通用する方法です。あなた方が謝罪をしなければならないのは、隣国の大臣である私ではなく、彼らでは? 私を納得させようとしても無駄ですよ」
キースがアリアとルイに視線を向ける。
ルイは指先だけで、ひら、と手を振って返した。
ゼノが深く俯く。
「……無礼をいたしました、申し訳ありません」
「で、処罰はどのように?」
まあ、ルイとそっくりな追いつめ方だわ。
アリアは少しばかり感心する。
ゼノは浅い息を吐くと、しっかりと前を向いた。
その様子を見たジゼルが、誰も自分を守ってはくれず、自分が相応の「責任」を負うことにようやく気づいたようだった。
「妹、ジゼルについては、今つけている全ての使用人を解雇した上で、新しい教育係として、城内一厳しい方をつけ、その方の了承がでるまでは自室のある塔からの一切の外出を禁じます」
「……そんな!」
「黙っていなさい」
「お兄様! 彼女たちにも大切な家族がいるのに解雇だなんて! 大切な友人でもあるのですよ!」
これはしばらく塔から出られそうにないわね、とアリアはゼノの苦労を思うと、ほとほと少女に呆れた。こうして声を上げてしまうのは、駄々をこねれば通用するとしてきた周りの英才教育の賜だ。ゼノは悲痛な面もちでジゼルを見下ろした。
「……ジゼル、お前の行動の結果を彼女たちが背負うことになっただけだ。自分の行動が友人に与える影響を考える機会にしなさい。今お前にとれる責任など、それくらいしかない」
そんな、そんな、とジゼルが呟く。
兄に我が儘が通じないことに絶望しているようだ。
「そして私の従者である、イアンについては」
ゼノはルイを見た。
「申し訳ないが、私自身やジゼルが処罰を受けるのが一番堪えると思うので、そういう形でもいいだろうか」
「承知した」
ルイが頷くと、ゼノは一度頷いた。
キースがやわらかく微笑む。
「賢明なご判断をありがとうございます。あなたが第五王子でよかった。どうか、そのお立場でしかできぬことに邁進してください」
「……お気遣い感謝します」
ほっと胸をなで下ろしたように、ゼノは力を抜く。
「貴殿にもご迷惑をおかけしました」
「いいえ。その辺はお気になさらず。仕事でもありますので。少し彼らと話す時間と、お庭を貸していただいてもよろしいか?」
キースが立ち上がる。
エドワードも次いで立ち上がり、ゼノやイアンも立ち上がった。
「はい。イアンに案内させます。イアン、失礼のないように」
イアンは深く礼をして、先導を始めた。
処罰が随分効いているようだ。
張りつめた空気の中で廊下を連れ立って歩きながら、アリアはイアンの背中が一歩歩くごとに立ち直り、自覚と覚悟を持っていくような気がした。落ち込むのも終え、すでにこれからどう立ち回るかを考えているのだろう。
そうでなければ、王子の側近など務まらないはずだ。
この、キースのように。
ルイと並んで歩く姿は、長い間に培ってきた信頼関係が目に見えるようだった。
お互いがお互いをよく知り、大切にしてきたものを同じように持っている。二人が並んでいるだけで、驚くほどの安心を感じられた。
案内された庭は、小さく、生け垣で囲われた場所だった。真ん中に六角形の真っ白いガゼボがある。密談向きと言うことだろう。イアンは深く一礼すると、その場から離れ、庭へ背を向けて見張りのように入り口に立つ。声が聞こえる距離ではない。
エドワードは六角形のベンチの端に腰掛け「あー、疲れた」と大きく伸びをした。
ルイも離れて座り、アリアがルイの隣に座ると、ルイとエドワードの間にキースが座った。
「エド。お前、なんでキースと一緒にいるんだよ」
「知りたい? 兄上、教えてくださいって言ったら」
「ルイ、申し訳ありません」
キースがエドワードを止める。
なるほど、やはり慣れているわ。なんと頼もしいことだろう。




