52 ミラー
ゼノは正直に洗いざらい話した。
一つも誤魔化そうとせず、かといって誰のせいにもせず、事実を淡々と話す姿は落ち着いていて、顔色も徐々によくなっていた。ひたすらに自分より随分年上の最大の友好国の大臣相手に、まっすぐ視線を向け、逃げない姿勢を示した。
アリアは、立派だわ、と思う。
ゼノが背筋を伸ばす度に、ジゼルとイアンは小さくなり顔色を蒼白にしていく。自分たちのしたことの全てをゼノが背負い、持ちうる全てで謝罪をするという覚悟にようやく気づいたのだろう。
本当にこの二人は何がしたかったのか。
キースが早く到着しなければ、なんとか丸め込めると思われていたのだろう。
ジゼルの暴走が派手すぎたのが、イアンの計算ミスと言える。
そして、アリアもルイも思った以上に短気であると知らなかったせいだろう。
まだ十五の青年と十二の少女にはいい経験になったに違いない、とアリアは眩しい思いで見やる。泥水で足を汚してしまっても、まだ綺麗に洗い流せるのが若者の特権だ。
「なるほど」
キースはゼノから目を離さない。
全てを受け止めるような眼差しで、相手を恐縮させる手腕は見事だった。
「こちらに非は一切ない、ということでよろしいですか?」
「はい」
「わかりました。では彼らを即解放していただきたい」
「もちろんです」
「それから、彼らの望むもの……そちらの妹君の処罰と、そちらの従者の処罰を聞かせていただけますか? 今、ここで」
ゼノがぐっと肩に力を込める。
「申し訳ありませんが、処罰は私が受けます。彼らが関門を無事に通過した後、此度の件を国王陛下に全てお話しし、隠し立てしたことも含めて相応の処罰を甘んじて受けることをお約束いたします」
「お兄様!」
ジゼルが悲鳴のように叫ぶ。
ああ、もったいないことを。
アリアは彼女の猪突猛進さに心底呆れた。今、ゼノの顔に泥を塗らぬように、イアンは必死に耐え、口を出さないことでゼノの尊厳を守っているというのに、彼女はそれを思いっきり邪魔してしまったのだ。
ジゼルはキースに向かって小さな頭を下げる。
「も、申し訳ございません! 私が悪いのです、まさかルイ様が」
「こんなに面倒な相手を身元引受人にしていたなんて知らなくて、と言いたいの?」
エドワードがくすくす笑う。
「……い、いえ、そういうわけでは」
「え? そう聞こえたけど? 君、欲しがるおもちゃを与えられてばかりだったの? かわいそうに。ねえ、キース」
「そちらはそちらで勝手にどうぞ」
巻き込むな、とキースが鬱陶しそうに言う。
「じゃあそうさせて貰おうかな。この子は僕のルイにひどいことをした。アリア嬢にもひどい言葉を。使用人って言うなんてどうかしてるよ。君の目は飾りなのかな? ああ、そこ、おすわり」
エドワードがイアンを指さす。
ゼノの時には我慢をしていたイアンも、ジゼルへの暴言は許せなかったらしい。が、エドワードにぴたりと止められた。
「見てごらんよ。その二人の格好を。あの気合いを入れたワンピース姿、綺麗に整えた髪、寄り添って離れない二人。どう見ても恋人同士にしか見えない。ね、アリア嬢、ルイはあなたの男だものね?」
こちらをからかう余裕があって何よりだ。
アリアは無表情で答える。
「ええ、そうですが何か?」
「見てよ、怒るとめちゃくちゃ怖いんだよ、あの子」
「エド」
ルイが低く唸る。
エドワードは大袈裟に肩をすくめて見せた。
「でね、アリア嬢をからかうと、我が弟は本気で怒るんだ。そこの愚かなお嬢さん、自分の身分が上だから、彼女の存在が気にならなかったんだろう。人のものでも欲しいと言えば与えられると思ったのかな? 僕はね、決して人のものには手を出さない。だってリスクしかないだろう。人を裏切れる人を手元に置いて、次はいつ自分が置いて行かれるんじゃないかとビクビクするのは性に合わない。君は平気なの? すごいなあ。繊細で人を思いやってしまう僕には、そんなに思い上がることなんてできそうにない。どうやったらできるのか、参考までに聞いてもいいかな?」
すばらしく煽る。
ジゼルは羞恥心で赤くなると、俯いて小さくなってしまった。
エドワードが妙に頼もしく見えてしまったアリアは、何度か瞬きをしてリセットを試みる。
「君にルイは無理だ。恋心など無駄も無駄。彼はずっと彼女を支えに生きてきたんだから。それはもうひたむきな愛で彼女を守ってきた。さすがに僕もそこに手出しができなかったほどに、純粋なものだよ」
エドワードの声色が深くなる。
アリアとルイは顔を見合わせていた。
知っていた? 昔、二人で会っていたことを?
「あ、うん。知ってたよ。僕が君のことで手を抜くなんてあり得ないだろう?」
エドワードがあっさりと言う。
「お前……」
「あれ? おかしいな、これを言うと、兄上! そうだったのですか! ってなると思ったんだけどなあ」
「絶対にならない」
「僕を愛してくれていいんだよ」
「言ってろ」
ぞんざいな扱いをされても、エドワードはどこか嬉しそうだった。
やっぱりわからない、とアリアは思う。この兄弟はなんて複雑なんだろう。
エドワードは飽きてきたのか、ジゼルに向かって最後は適当に言い放った。
「いいかな、そこの人を見る目のないお嬢さん。過信できるほどのものも持っていないのに、人のものを欲しがってはいけません。兄が泥をかぶっている最中に後ろから泥を投げてはいけません。喧嘩を売っていい相手か、慎重に見定めましょう。責任をとると言うときは、自ら首を切り落とし、差し出す覚悟で言いましょう。王族の責任とはそういうものだ」
顔は一切見えないが、エドワードがきっとルイと同じ微笑みで言っているのはわかった。
「ね、キース」
「そこは同意いたします」
「だよね、そうしたら、彼は本当に立派だったね」
アリアは悟る。
なるほど、ジゼルにダメージを与え終わったので、次はゼノなのだ、と。
この人は本当に面倒くさい。




