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48 ミラー

 イアンに渡された着替えをシャワールームで終えたアリアは、先に着替えていたルイに見せた。


「ねえ、どう思う?」

「……軟禁ではなかった、と主張してるな」

「やっぱりそう思う?」


 ルイはシャツにジャケットにハーフパンツと、一見変わってはいないが随分上等なものであることが一目でわかるし、アリアに渡されたものに至っては、くるぶしまで隠れるロング丈のシンプルなワンピースで、それはそれは美しい水色が広がる素敵なものだった。こんな格好で外に出れば、浮くことが容易に想像できる。

 迎えに来たキースに、二人の扱いは悪くなかったという印象を与える格好であり、華美すぎないところがイアンの有能さがでている気がしてならない。


「なんだか腹が立つわね」

「どうせなら思いっきり綺麗にしたらどうだ。ほら、こっち」


 くつくつと笑うルイが、アリアを手招きする。その手にはブラシが握られていた。

 アリアがソファにすとんと座ると、ルイが後ろに回る。

 いつも三つ編みをくるりとひとまとめにしているアリアの髪を、ルイが丁寧に解いていき、さらさらと髪を手で撫でた。


「痛くないか」

「うん。くすぐったい。ルイにして貰うなんて、すごく贅沢よね」

「服を贈れなかったからな。仕上げは俺がする」

「意味があるの?」

「ある」


 力強く言われ、アリアは「ふうん」といつものように適当に返した。

 柔らかなブラシが髪を梳いていく。とても細やかな気遣いを感じる優しい手つきだった。慈しむような、まるで自分が大切なものになったような気がして、気持ちがよくてうっとり目を閉じる。

 時間をかけて髪に丁寧にブラシが通され、気づくと艶のある美しいブロンドになっていた。


「わあ。すごい。ルイ才能があるわ」

「だな。初めてにしては上出来だ」

「そうなの?」

「そうだよ」


 ぽんぽん、と頭を撫でられる。

 そのまま、髪を一筋持ち上げて、髪を結っていく手は迷いがなかった。

 最後にくるりとリボンを結ばれ「こんなもんかな」と肩を叩かれる。

 アリアはすぐさま立ち上がると、鏡のあるシャワールームへと駆け込んだ。鏡に映った自分を見て驚く。額の真ん中で分けた長い前髪に、ハーフアップにした懐かしい髪型だ。ひょっこりとシャワールームのドアから顔を出し、アリアの反応を見ているルイに満面の笑みを向ける。


「覚えててくれたのね」

「忘れるわけがない。そうしてると懐かしいけど、やっぱりちょっと違うな」

「今は新しい十七歳だもの」

「綺麗だよ」

「!」


 こぼすように微笑んだルイから、アリアは反射的に逃げた。シャワールームに籠もる。

 鏡に映った自分の顔がほんのり赤く、しかも何故か見たこともないゆるんだ表情をしているので、咄嗟に顔を両手で覆った。はあ、と息をついて平静を取り戻す。

 ああいうのは苦手だ。心拍数が突然跳ね上がって心臓に悪い。


「アリアー、出てこーい」

「ズルいことはしないで」

「お前に言われたくないなあ」

「どうしてよ」


 アリアが渋々ドアを開けると、ルイが立っていた。

 満足そうに笑って、手を差し出す。


「ほら」

「エスコートしてくれるの?」

「もちろん。残念な場所にだけどな」

「王女様との面会が先なのよね」

「正しくは友好的なお茶会兼謝罪の場だそうだ」


 謝罪の場にどうして「友好的なお茶会」という名目をつけられるのか疑問だが、アリアは深く考えないことにした。

 シャワールームから出たそのとき、ちょうど部屋がノックされる。


「支度はどうですかねー?」


 イアンだ。ルイはちらりとアリアを見上げる。行けるか、と視線で尋ねられ、頷いてルイの腕に軽く手を添えようとしたが、アリアは手を止めた。


「こんなことをするのは初めてね」

「やっぱりこっちだな」


 ルイがぐいっと手のひらを掴む。

 あの頃は大きかった手。今はアリアと同じくらいの大きさだが、つなぐとその体温が近く感じられて、何よりも安心できた。手をつなぐ方がしっくりくる。


「ふふ。こっちね」

「あのー、入っていいですかねー」

「今行く」


 イアンに催促され、ルイが答える。

 こうして軟禁されてから約三日、久しぶりに部屋の外に出るのだった。





「今は午前十時。これから、ゼノの私室でジゼルと面会して貰うことになってる。身元引受人の方は昼頃に到着されて、俺とゼノが迎えに行き、道中経緯を説明して、それから君らと面会って流れだけど……問題ありますかね」


 先を歩くイアンはきっちりと制服を着て髪を整えてあり、ここが本当に彼の職場なのだと初めて実感できた。


「ないが」

「ええ、ルイルイ、わかっていますとも。すごく不服なんだよね。会話をするつもりはないって言いたいんですよね。わかってるわかってる、それでいいよー」

「お前すごい疲れてるな」


 格好はぴしっとしているにも関わらず、イアンの声だけでも不調なのはわかった。

 声がすでに小さくて枯れている。


「いや、もう。これからジゼルを抑えて、シロノイスの外交担当さんに君らのことで謝罪して、その後密貿易について話し合う場で顛末を偽証しながら話さなきゃいけないんですよ。もうマジで、マジで帰りたい……」

「お前の家ここだろ」

「逃げ場がない!!」

「対応できているだけお前は有能だよ。ゼノはさぞかし心強いだろうな」


 ルイが言うと、イアンは足を止めてくるりと振り返った。

 なんだか目が潤んでいる。


「……う。大好き……」

「お前に言われても嬉しくない」

「ですよねー。ねえ、俺のためにやっぱりここにいてくれない? 俺の親友になって支えてよ」

「寝言は寝て言え」

「本当に寝たいよ、今すぐ部屋に帰って寝たい」

「全部終わってから安心して寝ろ」

「……はいぃ」


 弱々しく返事をするイアンがゼノの私室まで案内する途中、幾度か人とすれ違ったが、イアンは先ほどの弱音を吐く姿からはすっと変わり、堂々としていた。立派なものだ、とアリアはおもう。

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