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47 ミラー


 ふと目が覚めると、隣のベッドで眠っていたルイも、そうっと目を開けた。

 焦点の定まらない目がアリアを見て、ふわりと笑う。

 ああ、自分もこんな顔をしているんだろうな、とアリアは思った。

 ルイがもぞもぞと動き瞬きを繰り返すのを、アリアはぼうっと見つめる。


「……ルイ」

「んー」

「夢を見たわ。ガーデンパーティーに出たくない、と駄々をこねたときの」

「ああ、懐かしいな。結局どう説得して義妹と代わったんだ?」

「大変体調がよろしくないので明日は部屋にこもります、代わりに出てくれるかしら、と手を握ってお願いしたら、快く頷いてくれたのよ」

「人に頼らないお前からのお願いが、ここぞと言うときに効いたんだな」


 ルイが笑って起きあがる。


「俺も覚えてる」

「本当?」

「本当、本当。実際に来たお前の義妹は、どう見ても急に誂えたようには見えなかったからな。呆れたよ」

「出ていたの?」


 アリアが驚いて起きあがると、ルイはゆるゆると首を横に振った。


「いーや。遠巻きに視察しただけだ」

「そっか、ルイが来たら団体お見合いどころじゃなくなるものね」

「……団体お見合い……はは!」


 起きあがったはずのルイが、笑って再びベッドに沈む。


「はー。確かにそうだわ。団体お見合い。うまいな、お前」

「笑い過ぎよ」


 しかし、それで義妹もいい相手と巡り会えたのだから感謝しかない。おかげでアリア自身への期待値もぐんと減り、家出が渋々という体ではあったが許可されたも同然だった。



 ルイが寝転がったままじっと見つめてくるので、アリアは首を傾げる。


「お前のドレス姿、見てみたかったけどな」

「……そんなにいいものじゃないわ」

「照れるな照れるな」


 苦笑して、昔のように寝転がって足を組んで揺らす。

 ルイの癖なのだろう。けれどそれを見る度に、過去と今がさりげなく重なって、胸の奥がほんの少し苦しくなる。


「でも、私はその姿でルイに会いたくはなかった」


 アリアはベッドに腰掛けて、枕を抱き寄せる。


「ふうん。なんで? お前、絶対裏庭以外じゃ会おうとしなかったよな」

「知らない者同士でいたかったの。あと、笑わないで欲しいんだけど」

「わかった」

「私が相応の振る舞いをしたら、あなたが泣くんじゃないかと本気で思っていたのよ」


 アリアが正直に話すと、転がったままのルイは少しだけ息を飲んだ。

その後、深い息を吐く。


「ああ、そうか」


 納得がいった、というように天井を見上げる。


「うん、そうだな。確かに、お前にそんな振る舞いをされたら、自分の置かれた環境に絶望的な気持ちになっただろうな。あの頃から、お前はずっと特別で、俺の内側にいたから」


 呟くようにそう言って、目を伏せる。


「懐かしいな」


 思い出を噛みしめるように、愛おしむように言われ、アリアはゆっくりと「うん」と返した。

 懐かしい。

 若い頃の自分が。若い頃のルイが。あの裏庭が。

 けれどそれは、思い出だからだ。もう一度あの瞬間に戻りたいとは思わない。こうして若返ったとしても、あの頃の思い出は、思い出としてそのまま大切に取っておきたかった。あの時の自分やルイが過ごした時間は、あの時の二人だけのものの様な気がした。


「今も、きっといつか懐かしくなるわ」

「ミラーで軟禁されたよな、って?」

「そうね、本当にそう。きっと二人で、笑いながら話すのよ」

「じゃあそのときはドレスでも着てワルツを踊りながら、昔話でもしようか」


 ルイが目を伏せたまま言う。

 まるでその目蓋の裏に、くるくると踊る二人が見えているかのような穏やかな表情だ。

 秘密の約束をするようなくすぐったさに、アリアも微笑む。


「どこで?」

「そうだなあ。どこがいいかな。お前の丘の上の家の庭でもいいんじゃないか。夜なら目立たないだろ」

「素敵。夜は星がとても綺麗なのよ」

「じゃあ決まりだな」


 口約束のようなものだが、きっといつか実現する。

 夜空の星々の下で二人で手を取って回り、こんな旅もした、あんな旅もした、と二人で話している姿が思い浮かんだ。とても、鮮明に。






 結局、イアンの用意した推理小説はあっという間に読破し、アリアは何度もルイにチェスを挑んでは負け、さらに暇になると、ごろごろしながら新聞を読んで、世界情勢について話をしている間に、軟禁生活はあっけなく終了した。イアンがいつものように朝か昼か夜かわからない食事を持ってきて「えー、本日お迎えの方が到着されます。このあとこちらで着替えをお渡ししますので支度をお願いできますか」などと疲れ果てた顔で言ったのだ。アリアはココアを飲み「そうなの」とだけ返事をする。


「え。反応それだけですか、アリアさん」

「意外と悪くなかったもの。こんな風にルイとだらだら過ごすのはとても贅沢だったわ」


 アリアは何度も頷く。

 イアンは何か言いたげにアリアを見たが、その目はルイへと向かうと声を潜めた。


「俺さあ、ルイルイのこと本当に尊敬するわ」

「そうだろ」

「部屋一つで本当にごめん」

「いいや。そっちもお疲れだな」

「もーさー、ジゼルがルイルイに会わせろってずーっと言うし、反省を促しているゼノも疲労困憊で、この状況を隠す俺も大変、そして密貿易の件でも君らの身元引受人が窓口となったらしくて、もう胃が、胃が痛くてさ……」

「自業自得という言葉を知っているか」

「知ってるけど初めて身に染みたよね……ジゼルを本気で止めて、君たちをさっさとフオルロンに送っておけばよかった」


 イアンとの食事もなれたアリアは、ルイとイアンの会話を流し聞きながら、王城で最後になるであろう「質素な食事」と言う絶品料理をのんびりいただくのだった。



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