45 ミラー
イアンは言ったとおり、食事の時間になるとやって来ると、何故か楽しそうに食事をしながら話していた。昼食ではゼノとの出会い編を語り、夕食にはどれほど自分があの猪突猛進な末の王女様に手を焼いたかを話している。
アリアは口を挟むつもりはなかったが、イアンは常に話題をルイとアリアに平等にふるので答えるしかない。初対面の時から思っていたが、ずいぶんおしゃべりの上手な青年だった。
「ゼノと違って、ジゼルは俺を近所のふざけた兄ちゃんくらいの扱いなんだよ。どう思う?」
「いいんじゃないの」
アリアは適当に答える。
ゼノとイアンは生まれたときから一緒らしい。明確な身分の違いを教えられながら、しかししっかりと友人になれるように育てられたという。なんと立派な大人がいてくれたことだろう。
アリアは野菜のスープを口に運ぶ。
さすが、何を食べてもおいしい。
「将来の重臣となる兄上の右腕って意識を持って欲しいよね~」
「お前が頑張れ」
「ルイルイ冷たい。あの王女様の嫁ぎ先だってなかなか決まらなくて難航しててさ。もう十二だよ?」
「ふーん」
「シロノイス以外ではどこでも嫁げるっていうのに、あの人は瞳が好きじゃない、この人は声が好きじゃない……って、声変わりするじゃんって思うじゃん?」
これはなんの話なのだろう。
アリアはサラダをつつきながら言うイアンを適当に流しながら思う。
イアンの愚痴を聞かされているようだが、きっとそうではない。情報を与えられているのか、はたまたルイを勧誘しているのか、ルイの隙を狙って何かを引き出したいのか。
そのどれかか、もしくは全てか。
「そっとしておいてあげたらいいじゃない」
アリアが流れを変えようと自分から参加すると、イアンは「おや」と目を輝かせた。
「そうかなー」
「彼女は審美眼があるんでしょう? だったら放っておいたら自分で見つけてくるわよ」
「えーと、ルイルイを見つけちゃったんだけど……」
「ではその先見の明は随分自分勝手な尺度でしか使えないことになるわね」
「知ってたけど辛辣だなあ」
イアンが笑う。
「自信があるんだね」
アリアはイアンを見つめ返した。
「なんのこと?」
「え。いや、ジゼルに対して不安に思ったりしないのかなって」
「どうして?」
「うーん。彼女は王女様だし、あの通り可愛いし、性格だって面白い。自分の欲求にまっすぐで裏表がないのがまた可愛いし、権力も財産も後ろ盾も、これ以上ないほどそろっている子だよ。そんな子からアプローチを受けているのを見たら、不安に思っちゃうのが普通かなって」
「私が?」
ルイが黙って二人を見ている。
アリアは思わず笑ってしまった。
「変なことを言うのね」
「どういう意味?」
「ルイが権力や財産や後ろ盾なんて条件で、相手を決めると思っているんだもの。変よ」
そんなもの持って生まれてきて、むしろ自分でさらに築いてきた人だ。
それに、今のルイが他の誰かの手を取るとはどうしても思えない。
「ルイは私を置いていかない。私もルイを置いていかない。だから、私にあなたの王女様を恐れろと言いたいのなら、それは無理よ」
アリアは穏やかな表情でイアンに「無駄だ」と伝える。
この数日の旅で、ルイからもたらされた安心感がアリアのなによりの味方だった。過去に関しては何故かモヤモヤすることもあるが、これから先のことは言い切れる。そばを離れない、と。
「あー、そういうことかあ」
イアンが深くうなだれる。
「そっか、そっちか」
「そうだよ」
ルイが笑うと、イアンがルイに同情を寄せるような視線を向けた。
「ルイルイが追いかけてる方だったんだ?」
「そう」
「すごいね。本気?」
「素直なだけで、わざとじゃないところがさらに恐ろしいぞ」
「えー。怖い、えー」
二人でぼそぼそと話しているが、男同士の話に無粋に割り込む趣味はないアリアは、聞き流して黙々と王城の夕食を味わった。スープにパンにサラダと、フルーツ。きっと質素な食事なんだろうが、そもそもの材料がいいものらしく、味は全く質素ではなかった。
一足先に食事を済ませたイアンが、ふう、と息をついて場を仕切り直す。
「じゃあ、やっぱり無理だね。諦めがついた」
「お前なあ」
「両方本心さ。ジゼルに挫折を教えたい、けど本当に少しの隙もないのか確かめたくてね。しかし鉄壁の守りはまさかのアリアさん。こりゃ完全に無理だね。ジゼルは勝てないわ」
「大好きなのね。安心した?」
アリアが言うと、イアンもルイも同じ様な顔でこちらを見た。
まん丸い目だ。
「なあに」
「いや、なあにって。ねえ、やっぱりこの人怖いね?」
「これはわざとだな」
「えっ、そうなの?」
「さっさと出て行けって言ってるんだよ」
「あなたの王女様によろしく」
「じゃあまた明日の朝な」
「……はあい」
イアンは食事を乗せていたワゴンに皿を手早く片づけると、そのままよろよろと部屋を出ていった。きちんと鍵はされていたが。
「意地悪だったな?」
ルイが紅茶の準備をしてくれるので、アリアはソファに座り直してイアンが持ってきた暇つぶしに手を伸ばしていたが、その手を引っ込める。いくつもの推理小説の本だった。
「意地悪だったかしら」
彼が自分の主であるゼノのためではなく、ジゼルのためだけに動いているような気がして、それをそのまま包まずに言っただけだ。確かに触れられたくはないのだろう、とは思ったから言ったのだが。
見透かしたようにルイが笑う。
「お前らしいよ。ほら」
ルイは紅茶を置くと、当然のようにとなりに腰掛けた。
「じゃあ今夜は徹夜で読書でもするか」
「いいわね。老眼鏡がいらないって最高だもの」
二人で笑う。
何もすることのない軟禁ならば、どうせならダラダラ過ごそう、と決めたのだった。




