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44 ミラー


「……いつか、お前が俺に追いついたときにな」


 アリアの手を見ながら、ルイが仕方なさそうに呟く。


「何の話?」

「さっき、お前が言ったろ。俺にして欲しいこと」


 抱きしめて欲しい、とお願いしたことだろう。

 何故濁すのかはわからないが、アリアは神妙に頷いた。


「いいの?」

「だから、お前が追いついたらな」

「よくわからないわ」

「それがわかるようになった頃だよ」


 アリアは思わず、ルイの頭をじいっと見た。

 ルイは軽く首を傾げたが、しばらくして思い当たったのか呆れたような目でアリアを見上げる。


「まー、そうだなー。今は俺の方がお前より小さいしなー」

「私は気にしないけど」

「いやいや、俺が気にするわ」

「可愛いといったら怒るんでしょうけど、今のルイもとても好きよ」

「……はい、止まれ」

「可愛いっていうのはさっきも説明したとおり、愛おしいって意味で」

「とーまーれー」

「小さいルイも」

「小さいって言うな」


 しらっとした顔で、ルイにあしらわれる。再び読書に入るらしい。ローテーブルから本を取ると、アリアから少し離れる様に足を組んで座り直した。


「お前なあ、俺を小さいって言えるのも今のうちだけだからな」

「男の子って不思議ね。一年後はどれくらい伸びるの?」

「お前と同じくらいかな」

「たった一年で?」

「そう」

「へえ。すごいわ」

「嬉しそうだなあ」

「嬉しいもの」


 ルイが自分を見下ろすほどにょきにょきと身長が伸びるなど、不思議でしかなかった。その過程を見られるのは楽しみでしかない。


「ルイが私を少し見下ろしたときに、黒髪が垂れて顔に陰がつくのを見上げるのも好きだったの」

「……不意打ちはやめろ」


 ルイが一瞬止まった後に、拗ねたように言う。

 可愛い、と思ったが黙っておいた。しかし、ちらりと一瞥されたので見抜かれたのだろう。アリアは肩をすくめて誤魔化したが、それさえも、目を細めて返される。


 ルイが本を開いたので、アリアは隙間を埋めるようにくっついた。


「アリア」

「一緒に見ちゃ駄目?」

「……アリア」


 部屋の中が妙に静まってしまった。アリアが「嫌ならいいの」と言おうとした瞬間、再びガチャンと鍵の開く音が響く。



「ごめーん、あのさあ……あの……えーと、出た方がいい?」


 入ってくる前に足を止めたのはイアンだった。

 アリアとルイを見て両手を上げている。


「いいや。いいところに来てくれた。入れ」

「えー、本当に? 邪魔してない?」

「ものすごくいいタイミングだった」

「なんか怖いなあ」


 ふざけながら入ってくるイアンは、アリアとルイの向かいのソファに座るなり、リラックスした表情で切り出してきた。


「取りあえず、密貿易の件はうまいことまとまりそうだよ。船長がだんまりで困ったけど、彼らの家が経済的に困窮しているらしいことがわかって理由はそこに落ち着きそうだし、帳簿係はいなかったことにして、すべて船長の独断ってことになった」

「あの船は」

「そりゃもちろん、今まで通りに海に出る」

「ふうん。じゃあ次は国の何を乗せて海に出るんだろうなあ?」


 ルイがからかうと、イアンは顔色一つ変えずに「まあそういうことだよ」と笑う。

 無罪放免で落ち着く船長は、しかしこれからは国のために監視をされながら奉仕を続けることになるのだろう。刑罰よりもずっと面倒な結果になったものね、とアリアは会ったこともない船長にほんの少し同情した。


「で?」


 ルイがイアンに話を向ける。


「それをどうして俺に言いにきたんだよ」

「反応を見るためにね~」

「満足したか?」

「少しだけ」


 イアンが笑う。

 そして、真っ直ぐにルイを見た。


「この国に留まる気はない?」

「ない」

「そっかあ、ないかあ。残念だな。いや、わかってたけどさ。俺、ルイルイにはこの国にいて欲しかったんだよね。そうだ、アリアさんは」

「この国に留まる気は全くないわ」

「ですよね~」

「人手不足には思えないが」

「あ、うん。そこはね。兄王子たちとの確執なんてどこのおとぎ話かってくらい兄弟仲はいいし、それぞれ役割分担できていて、兄弟間勢力争いなんてないからその辺はなんにも問題はない。大陸一の王城に歪みはないと言い切れるよ」

「ふうん」

「けどさ、俺もいい人がいたらスカウトしたくなっちゃうのさ。友達としてゼノのそばにいてくれて、ゼノの力になるような人がいたらね」

「お前がいるだろ」

「やーん、ルイルイ大好き」


 イアンが快活に笑う。

 アリアは、そういえばウルトイルの港でのイアンの振る舞いを目にした時、ルイと似ていると思ったことを思い出した。育った環境が似ているのだ、と。イアン自身もそれをルイから感じ取っているに違いない。やや底が知れない青年ではあるが、ほんの少しの関わりしかなくとも彼の忠誠心が揺るぎないことはわかる。


「と、ふざけるのはこのくらいにしてっと。八時と十二時と十八時に食事を持ってくる。この部屋の決まりで時計はないし、窓も塞がれてて申し訳ないけど、それだけは教えときたくて。で、俺の私室は隣。でも久しぶりに帰ってきて忙しいから多分いないわ。見張りはなし。食事は申し訳ないけど、俺と一緒で」

「わかった」


 ルイが頷くと、イアンは「はあ、息抜きになった」と立ち上がる。

 軽やかに出て行くイアンを見ながら、彼は冗談ではなく、ルイという存在を欲しがっているのかもしれない、とアリアは思った。


 けれど不安はなかった。

 ルイは決して自分を置いていかないと、そう思えたからだ。



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