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43 ミラー

 友人ではない、と言われたアリアは、こちらをじっと見つめるルイの目を合わせたまま動けなくなった。


 ショックではない。特別だと言われているのだ。友人以上だ、と伝えてくれているのは、アリアにでも理解できたし、それをねじ曲げて受け取ってしまうほど、ルイのことを知らないわけではなかった。

 ルイは決して嘘をつかない。

 誤魔化すことはあるが、それはとても上手だったし、嫌な気はしなかった。今、誤魔化すこともできたのに、ルイははっきりと言った。

 友人ではない、と。

 特別だからできない、と。

 

 アリアはルイから奪った分厚い本を握りしめる。

 ルイが表紙にそっと手を乗せた。

 とんとん、と指先で叩かれて力を抜くと、ルイは本をローテーブルに置き、アリアの両手を包み込むように軽く握った。


「どうした?」


 優しく聞かれる。

 アリアは温かい手を見つめた。ルイの目を見て言えなかった。


「……試してみたかったの」

「俺を?」

「違うわ。私を試したかったのよ」


 今のルイが特別であり、その特別は「愛情」であり、愛おしいという気持ちがあることを、アリアは受け入れている。けれど、同時に、何年も掛けて静かに自分を納得させて、目を逸らして、それでもなお執着してきた六十五歳の自分もいるのだ。

 そんな中で見る夢は、あまりにも若く瑞々しい。諦めも、整理した感情も吹き飛ばしてしまうほどに、すべてが鋭利で、刺さって欲しくはなかったところに刺さってしまう。

 六十五までの自分と、十七の今一緒に旅をしている自分に、十五の非力な少女だった自分が何かを突きつける。


「アリア」


 包まれた手が軽く握られる。


「大丈夫だから落ち着け。それ、俺のせいだから」

「違うわ」

「いや、そう。俺にも覚えがあるからわかるよ。いくつもの自分が重なって、どこに重心を追いたらいいのかわからなくなってるだけだ。俺がもう少しよく見ておくべきだった。落ち着く時間が必要だったのにすぐに連れ出して、お前が混乱するのも当然なんだよ」


 ルイの声が聞こえているが、どうしても顔を見ることができない。

 受け入れられ、許されることがあまりにも嬉しくて、アリアの柔らかい場所を優しく包まれて、気をゆるませれば目が潤んでしまいそうだった。


「お前はわりと短気だから、すぐに白黒つけたいだろうけど、別にそうじゃなくてもいい。お前はお前だし、俺は変わったように見えるか?」

「ううん。どこをどう見てもルイはルイよ」

「俺も同じだよ。自分では迷うだろうけど、俺から見たらアリアはどこをどう見てもアリアだ。大体、適当なのがお前だろ」

「それは確かに」

「だよな」


 苦笑するルイにつられるように、アリアも笑う。


「……ルイがずっと特別なのは変わらないの。でも、もっと違う大切なものに変わった気がして、それが知りたくて」


 だから、何が違うのか試してみたかった。同じように抱きしめてもらえば、あの時と何が違うのかがわかるような気がした。家族のように愛しているわけではない、と感じたその意味が、わかるような気がした。何よりアリアが、それを知りたかったのだ。

 けれど、ルイを困らせたかったわけではない。


「無理強いしたわ、ごめんなさい」

「……」

「あの、ルイ?」


 きちんと反省したアリアが顔を上げると、ルイが目を見開いて、ほんの少しだけ動揺していた。


「……いや、そうか」

「許してくれる?」

「うん、ちょっと待ってくれな」


 ルイが俯いて呟く。

 アリアは包まれている手を振った。ゆるゆるとルイの腕が揺れる。

 数秒の沈黙の後に、ルイは大きく頷いて顔を上げた。

 ようやく見せてくれた顔は、どこか目の下が赤いようにも見えて、アリアの心が少しだけふっと浮き上がる。


「もう抱きしめて欲しいなんて言わないわ。したくないことをさせようとして、ごめんなさい」

「いや。俺が言いたかった意味、ちゃんと伝わってるよな?」

「もちろんよ」

「……本当か?」

「本当よ。私たちは友人同士じゃないってことでしょう。それには私も賛成するわ」


 アリアが何度も頷くと、ルイはかすかに驚いた顔をした。


「どんなふうに」

「今までは間違いなく特別な友人だったわ。あの頃の私は幸せだった。一人の友人もできなかった私の唯一の人だったもの」

「そうか」

「だけど、今は少し違う。ルイを友人かと聞かれたら、私は違うと答える。特別な人だと迷わずに言うわ。今この世に生きている、たった一人の特別な人よ」

「……」

「つまり、あの頃は友人だからできたことも、今はもうお互いそう思っていないからできないってことでしょう」

「……うん、色々と惜しい」


 ルイがくつくつと笑う。

 しかし、その顔は何故か嬉しそうだった。


「でもまあ、焦らなくていいよ。お前が猛攻を仕掛けてくると俺がもたないしな」

「仕掛けてないわ」

「わかってるって。恐ろしく素直なだけだよな」

「ルイに対してだだけよ」

「ほらな」


 ルイが苦笑しながらアリアの手の甲を親指で撫でた。

 だって仕方がないのよ、とアリアは心の中で反論させてもらう。仕方がない。ルイは良くも悪くも自分のことを知ってくれている。黙っている理由も、誤魔化さないといけない事情も特にないのだ。それなら言葉にした方が早い。誤解される方が嫌だった。


 当たり障りのない会話ではなく、こうして顔を見て深く話せるようになったのなら、伝えられることは伝えておきたい。たとえ十七歳に若返っていようとも、時間は有限であることを、アリアは知っているのだ。



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