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42 ミラー


 夢の記憶の中の十七のルイと、今の十五のルイ。

 アリアはそうっと観察する。

 すらっと長かった足や、しっかりした骨格や、あの大きな手。今のように丸みが残る輪郭ではなかったし、ずっとずっと大人びていて、手だってもっとごつごつしていた。けれどなぜだろう、別人のようだとは思えない。若返ってすぐに少年がルイだと気づいたように、長めの髪も切れ長の目も、その美しい佇まいも、それ以上に、どこを見ても「ああルイだ」と心が感じるのだ。


「なんだよ」


 やっぱり気づかれていた。

 アリアはソファに寝ころんだまま肩をすくめて、掛けられているブランケットに隠れる。


「気づかれてたわ」

「いつもだよ」


 ちらりと顔を出して見ると、読んでいる本から目を離さずに言う。

 いつも気づいていて盗み見をさせてくれているらしい。アリアは「あら、ありがとう」と苦笑しながら伝える。もしかして、十五の頃も気づいていたのだろうか。ずっと見つめていたことを。そしてそれを許して、好きにさせてくれていたのかも知れない。そう思うとくすぐったかった。

 ルイがぺらりと紙をめくる音が響く。


「どういたしまして。俺の頭撫でながらお前が寝てたぞ」

「そうみたいね。だって気持ちよかったんだもの」

「そうか」

「髪、とっても綺麗ね。黒くて、柔らかくて」

「お前の髪の方が綺麗だけどな。長いブロンドが金の糸みたいだ」

「照れるわね」


 アリアが言うと、ルイが視線だけをちらりと本から上げた。


「どこが照れてるんだよ」

「ふふ。私もこの髪が好きなの。お母さま譲りでね。でも徐々に薄くなっていって、最後は真っ白よ」

「それも綺麗だろうな」


 ルイが目を細める。

 自分が年を取った姿を想像されたのだと思うと、それこそ恥ずかしい。

 アリアは起きあがった。

ついでにブランケットを畳む。


「別に綺麗じゃないわ。普通よ」

「ふうん?」

「年を取ることを恐れてはいないけど、想像するのはやめて」

「別に、想像してねえよ。どんなお前でも綺麗だろうと思っただけだ」


 ブランケットを畳んでいた手が止まる。

 視線を向けると、こちらを伺うようなルイと目が合う。

 そして、にこりと微笑まれた。


「……ルイ」

「なんだ?」

「あなたは私に対して甘すぎると思うの」

「ほう」

「そして過大評価している気がする」

「へえ」

「聞いてる?」

「おー、本当に照れてるお前の反応をしっかり聞いてるよ」

「ルイ!」


 くすくすと笑う顔が、ふと十七の面影と重なる。

 余裕のあって、深い愛情を持った目だ。その目を見ると、どんな感情でも受け止められていると感じられた。そうして、何も言い返せなくなる。


「じゃあお前は?」

「……なあに」

「お前が綺麗だと言ったこの髪がグレーになって、枯れたジジイになったら、どう思う?」

「それはそれで綺麗だと思うわ」


 アリアは即答した。


「だって、ルイの美しさはその佇まいだし、その目に宿る感情だし、心だわ。むしろ年を取ってからの方が美しいんじゃないかしら。見てみたいくらいよ」

「じゃあ俺と同じだな」

「……そう、なるわね」


 あっさりとやり返された。

 アリアは笑う。


「それでも甘やかし過ぎよ」

「お前が嫌ならやめてるけど」

「ずいぶんずるい言い方だわ」

「じゃあ、嫌ならやめるよ」

「別に嫌じゃないわ」

「なんだそりゃ」


 子供のように笑うルイを見て、アリアはふと思う。


「いつか、ルイも十七になるのね」

「当然だ。あと二年したら十七になる」


 ルイは再び本に視線を落とす。

 アリアは「そっかあ」と呟いた。

 記憶であり、夢で見たルイが後二年すれば目の前に立つのだと考えると、妙な心地になる。

 あの優しい目で見下ろされると、どこまでも守られているような気がして安心したあの感じが懐かしい。十五の時、あの裏庭で最後にしたハグも一緒に思い出す。


「ねえ、ルイ」

「んー」


 アリアはソファから立つと、向かいのソファに座るルイの隣にすとんと腰を下ろした。

 ルイは動じずに、本を読み続けている。


「覚えてる?」

「なにを?」

「最後の日。裏庭で」

「……ああ、これをやった日?」


 ルイが首元に触れる。

 二人の首元に隠れている石榴のような石のペンダントだ。もう五十年持っている。


「うん」

「どうした?」

「あの日ね、してくれたでしょう。ほら」

「……」

「ルイ?」

「とてつもなく嫌な予感がする」


 ルイが分厚い本をぱたんと畳む。

 アリアはすかさず取り上げて、ルイをまっすぐ見て頼んだ。


「もう一度、お願い」

「なんのことかわからねえな」

「抱きしめてみて欲しいの」


 ルイは俯き、眉間を揉んだ。

 ため息も叱責も聞こえてこないので、いけると思ったアリアは手を広げてみた。が、すかさず緩い力ではたき落とされる。


「じゃあ私がしてもいい?」

「駄目だ。駄目」

「どうして」

「ここは密室で軟禁状態で、部屋から逃げられないだろう」

「? 意味がわからない」

「いいか。俺の、逃げ場が、ない」

「どうして逃げる必要があるの」

「なぜなら俺は健全な男だからだ」

「知ってるわ。軽いハグよ。あの時してくれたじゃない」

「あれは挨拶だったろ。友人同士の」

「そうよ、だから今」

「だから、駄目だ」


 アリアは真剣に説き伏せてくるルイに思い切り首を傾げた。


「……嫌なの?」

「嫌じゃない」

「じゃあ」

「アリア、俺にとってお前は友人じゃない。特別だから、友人同士のハグはできないし、俺がしたくない。わかるか。お前が特別だから、あんな軽いものはもうできないんだ」


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