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39 ミラー



 アリアは動じているイアンとゼノを知らないフリをして続けた。


「ふふ。じゃあキースにたくさん叱ってもらうのはどうかしら」

「いいんじゃないか」

「キースはあなたをとっても大事にしているもの。しっかりと上の方にまでクレームを入れてくれるわね」

「あいつは俺にだけ甘いからなあ」

「本当にね。それに、今回の対応には満足できないわ」

「じゃあ、どうしてもらおうか?」

「そうねえ……あら、この辺にしときましょうか」

「そうするか」


 アリアは蒼白になった二人ににっこりと微笑んだ。

 ルイがアリアを手で恭しく示す。


「と、このように、誠実な言葉だけではつけあがって我が儘を言い出す相手もいるので、最後に脅すことは忘れないように。さっきのアリアのようにな。なあ、もしお前だったら最後どう脅す?」

「そうねえ。身分証が偽造の恐れがあるので、取り上げることになるかも知れない、とか、だから身元引受人も呼べない、って脅すかしら」

「悪くない。いい」


 褒められたアリアはにこにこと笑った。

 ぽかんとしたイアンとゼノが、一気に脱力する。


「もーーー」


 イアンが唸った。


「二人とも怖いよお」

「お前たちが最初から言い訳を並べるのが悪い」

「……確かに、そうだな」

 

 疲れ果てたようなゼノも小さな声だ。

 ルイは足を組んでつま先をぶらぶらと揺らす。


「大体、入ってきてすぐに相手に喋らせる間を持たせたところから対応としてはまずいぞ。一気に行け。一気に脅せ。相手が喋るのは了承するときだけだ」

「あ、はい」

「それから押さえる相手が違う。俺たちを知らないならまだしも、知っているのに先に俺に謝ってどうする」

「あー、アリアさんを懐柔するのが先だったかあ」


 イアンが額をぺしっと叩く。


「だってさ、ルイルイがものすごーく怒ってたじゃん」

「それはこれがお前の仕業だからだ」


 ルイが言うと、ゼノが両手で顔を覆った。


「やっぱりバレてたか」

「えへへ」


 イアンが可愛らしいそぶりで誤魔化す。

 アリアが軽く首を傾げると、素早く姿勢を正した。

 ついでに口を開かせてもらう。


「何を望んでこんなことを?」

「えーと、はい。俺もですね、ジゼルに甘いんです。あの、ルイルイに一目惚れしたんなら、少しだけチャンスを、と思ったら、まさかこんな方法で足止めをするとは思ってなくてですね。せめて従者を使って伝言を届けるとか可愛らしい方法を取ると思ってたんですよ、はい」

「そう」

「アリアさん結構怒ってるね?」


 イアンがルイに聞く。

 呆れた眼差しで、ルイは鼻で笑った。


「お前どこにチャンスがあると思うんだよ」

「ないよねー」

「じゃあ本当の狙いは」

「え? 挫折を知って欲しくて。うちの王女さんは先見の明がありすぎて、欲しいものは手にしてきた十二歳なんだよね。そろそろ挫折を知るべきかなーとちらっと思っちゃった」

「イアン……聞いてないぞ」

「言ってないもん。妹大好きなお兄さまに言える訳ないじゃん」


 すべて白状し終わったらすっきりした、と晴れやかな顔をしたイアンは「ごめん」とシンプルに謝った。ゼノはものすごく疲れた顔でルイを見る。


「ルイが俺を同席させたかったのは、ジゼルの件だけじゃなく」

「従者の不始末も知っておけ」

「そういうことか……」

「これに関して謝罪はいらない。無理矢理ゼノを呼ばせたことで不問とする」

「そうだよ。めちゃくちゃ大変だったんだよー。おなか痛いって、吐きそうだって言って連れて逃げてきたんだから」

「それも聞いてないぞ」

「これも言ってないよ。こっちをそのまま放置するのは後々まずいと思ってさ。ルイルイどう? 違う?」

「いいや。悪くない判断だ」


 褒められたと言わんばかりに顔を輝かせるイアンは、そのまま素晴らしい笑顔で言った。


「というわけで、最後の日だけでいいから、謝罪を受けるという名目で会ってくれないかな。そのときに完膚なきまでに挫折させてやって欲しい」

「俺があれのために何かすることはない。謝罪ならば聞くが」

「ひどい言い様だけど、それでいいよ。うんうん。二人がいつも通りにしてれば、それだけで大丈夫さ」


 じゃあそろそろ、とイアンが立つ。


「食事はすべて運ばせてもらうから心配なく。何か欲しいものがあったら遠慮なく言って。さ、ゼノさん戻るよ。兄王子達と陛下と大臣方がお待ちだ」

「いや……ちょっと……休憩を」

「いーや、今が一番いいタイミングだよ。顔色の悪さが最高だ!」


 イアンが嬉しそうに言うのを、ゼノがうんざりしたような目で見上げたが、無慈悲にもイアンに引っ張り上げられた。そのまま部屋を出ていき。再び鍵の閉まる音でようやく部屋に静寂が訪れる。


「ゼノは幸せ者ね」


 アリアは言った。

 ルイが苦笑する。


「そりゃ皮肉か」

「半分はね。でも、頼りがいのある信頼できる相手が、自分の一番そばにいてくれることがどれほど過酷な環境で得難いものか、ルイは知っているでしょう?」

「……まあな」

「キースはきっとすぐに来てくれるわね」

「ん」


 ルイは小さく笑む。

 アリアにも、キースに感謝する気持ちがあった。


「それに、私を見つけてくれたのは彼だしね」

「……そうだけど、そうじゃない」

「どうして? そうよ」

「確かにキースが不審な生徒を見つけたが、お前を見つけたのは俺だ」

「何が違うのかわからないわ」

「違う。絶対違う」

「ふうん?」


 なぜが断固として違うと言い張るルイに、アリアは笑った。

 この小さな身体に若返った友人は、どうしてこんなに可愛らしいのだろう。

 それは見た目ではなく、垣間見える彼の心の柔らかさに対して思うことだった。あの十七歳の姿は、どこか脆くて傷ついた儚さが美しかったのに対して、今のルイは心が満たされているように、くつろいで解き放たれている。そこから見える彼本来のすべてに愛しく思う。

 なんて可愛いのだろう、と思う。


「失礼なこと考えてないか?」

「……」

「アリア?」


 言ってはまずいことだとわかっているが、嘘もすぐにバレるだろうと、アリアは口を閉じた。

 が、もちろんそれも失敗することになる。


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