38 ミラー
「妹の教育については、正直に言って、まさか城の外にまであの自由さが向かうとは思っていなかったところがある。悪い」
「関門を通ろうとする一般市民に、話してみたかった、という理由だけで足止めするのは相当まずいと思うのは俺だけか?」
「いや、わかってる。相当まずいどころか、王族として一番やってはいけないことだと理解してる。俺たちの振る舞いで、民の行動を理不尽に強制したり制限することはあってはならない。もちろんそう教えられているし、ジゼルにその教育が足りなかったのなら、徹底して教えていく必要があると思う。そうなんだが、その、正直に言うと」
歯切れの悪いゼノに変わって、イアンが手を広げた。
「ルイルイだからだよ」
「だからなんだよ」
「いやあ、君を見て一目惚れってやつ。その容姿だし、その振る舞いだし」
「だから?」
「一般市民だと思ってないんだと思うよ、ジゼルは君のことをシロノイスの貴族だと思ってる」
あら、あたってるわ。
アリアは表情に出さずに心の中で彼女を褒めた。見る目がある。
しかし貴族ではない。王族であり、元王弟だ。
「彼女もさ、城で育ってるから目は鍛えられてるんだよねえ。ルイルイは絶対一般市民じゃないでしょ、その容姿でその振る舞いで、第五王子であらせられるゼノ様に対してもその尊大な態度。で、どこのおうちの坊ちゃまでいらっしゃいますか?」
「キースに聞け」
どう見ても挑発しているイアンに、ルイは全く構わず一言吐き捨てた。その目には十五の少年には似つかわしくない余裕がある。ブレないどころか、悠然と微笑んでいた。
イアンが一瞬無表情になる。
「……すごいね。外交を任されている大臣様を、呼び捨てとは」
「すごいなあ。外交を任されている大臣様を、こんなかたちで呼び出すとはな」
「ご挨拶するのが怖いよ」
「イアン、もうやめろ」
ゼノが小さく息をつく。
「余計なところをつつくな。俺は妹の不始末の謝罪に来ている」
「……はい」
ゼノが再びルイを見た。
「すまない。俺も正直ルイのことは気になるが、今ここで聞かない方がいいだろう?」
「お前たちのためにな」
「……わかった。キース様には俺が謝罪させていただく。申し訳ないが」
その申し訳ない、と言うのは、誰にも言う気がないということだ。
「妹のしたことが他に知れれば、もっと面倒なことになる。妹は先見の明があって、彼女が欲しいと望んだものが、そのとき周りに理解されなくても、後で必ず価値が出てくることを俺たち親族は知っているんだ。何もかも与えてきて甘やかしたと言われればその通りで恥ずかしい限りだが、妹は愚かではない。妹はルイに価値を見いだしている。正直、俺もそうだと思う」
アリアはゼノが何を言いたいのかわからなかった。
謝罪に見えてそうではない気がする。むしろ、妹をもらってくれ、と言っているようにしか聞こえない。
「謝罪はまだか?」
ルイもそう思ったらしい。退屈そうに聞いている。
ゼノは一瞬詰まって、それから視線を下げた。
「今からだよ」
「そうか。さあどうぞ」
アリアは歴然とした力の差を見ているのが居たたまれなくなった。
どうみてもルイの方が二人を転がしている。まるで、先ほどまでのチェスのようだ。相手の動きを冷静に見て、効果的な動きを最小限の労力で示している。余裕があって、感情を見せず、どこがゴールか察知し、そこにうまく運んでいる。
きっとイアンもゼノもその方法を知っているし、本来ならばできるのだろう。
ただやはり、経験の重みが違う。
ルイは不肖の兄と静かに戦って、その子を王にまで育ててきたのだ。
「ゼノ」
謝罪を、と求められたゼノが一秒ほど迷ったのを、ルイは見逃さなかった。
「謝罪とはなにかわかるか」
イアンがカッとして腰を浮かしたところを、ゼノがすかさず押しとどめた。胸を抑えた手で、押し返して座らせる。しかし、ルイからは視線を逸らさない。
「……事実確認、それに対する措置、改善策の提示、誠意ある言葉」
「足りない」
ルイが言い切る。
「お前の言ったそれは、もうすでにしているぞ。俺は謝罪を、と言っている。お前が王族だというのなら、頭を簡単に下げるな。お前の言葉だけで相手を納得させて見せろ」
言い訳をするな、とルイが言う。
ゼノが、背筋を伸ばし、表情を変えた。
「……申し訳なかった。妹が不愉快にさせたこと、迷惑をかけたことを詫びさせていただきたい。この部屋で過ごしてもらうことになるが、報告はせず、事を荒立てずに関門を越えていただくことになる。身元引き受けに来ていただくことになる方にもそのようにこちらから言う。教育の足りなかった妹に関しては、俺が必ず処分を言い渡す。これも、他には漏れない形になるが了承して欲しい。わかっていただけるだろうか」
「わかった。忙しいところわざわざ来ていただき、感謝する」
ルイは目礼で返した。
瞳がさっと隠れ、髪がさらりと流れた姿は慣れていて、言葉もまた美しかった。
イアンとゼノが息を飲んでそれを見たのをアリアは見逃さない。
王族の所作を教えられている子供たちの目に、これからの彼らの成長を感じずにはいられなかった。
若いって、素晴らしい。
可能性しかないのだ。
「アリア。お前はどうする」
突然聞かれ、アリアはルイの目を見つめて首をかしげる。
「私が決して許さないと言ったら?」
イアンとゼノがわかりやすいほどに顔色を変えた。
ルイが甘ったるく微笑む。
「もちろん、許さなくていい」




