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31 ウルトイル

 ウルトイルの島の中心に戻ってくると、アリアはダンが露店の前で試食を勧めている姿を見つけた。かわいらしい子供の笑顔を見て、観光客はにこにことクッキーをつまみ、その味に驚いて購入して行く。島一番の有名店になるのも遠くなさそうだ。

 パッとダンがアリアに気づき、走り寄ってきた。


「アリア!」


 まあ、かわいい、とアリアの本音が漏れ、ルイから手を離される。むっとして見ると、ルイはポケットに手を入れて「もう繋がない」アピールをしていた。


「アリア。あいつと話したの?」

「それだけどね、ダン。あの人は残念ながら出て行かないわ」


 首に縄をつけて引き離しても、色々なものをなぎ倒して戻ってくるほどここが気に入っていることを、アリアは優しい例えでダンに言い含めた。何となく理解していたようで、がっかりしながらも「そうだろうなとは思ってた……」と小さな哀愁を漂わせている。


「でも、きちんと話して、あなたやお姉さんを大切にする、と約束させたわ。今までのように寝てばっかりではないと思う」

「間違いなくやるよ。あいつは目的の為には労力を惜しまないどころか、喜んでやる奴だから」

「……そうなの?」


 ダンは不安そうにルイを見たが、力強く頷くと、ようやく顔を輝かせた。


「そっか。そっかあ。ならいいんだ。役立たずじゃないなら、いいんだ」


 ダンはアリアとルイに「ありがとう」と頭を下げると、仕事に戻っていった。さっきよりも元気に試食を勧めている姿にほっとする。と同時に、アリアはあの胡散臭い笑顔を思い出し、呆れた。


「八歳に役立たずって言われるってどういうことかしら」

「あいつよっぽどなにもしてなかったんだな」

「捕まりそうにはないのよね?」


 アリアは念のために聞く。


「あいつのことだから手を打ってるんだろう。誰にも言わずにシロノイスを出たって言うけどそれも本当かわからないな」

「そうよね」

「取りあえず、さっさとここは出て行くか」

「うん」


 二人でぶらぶらと島を縫うように最後の散策をしていく。

 露店を見て回り、ダンにも手を振って「さよなら」を告げる。ダンの向こうで不思議そうにこちらを見ていた少女は可愛らしい顔をしていて、アリアには見覚えがあるような気がした。それはルイも同じだったようで「うわあ、嘘だろ」と呟く。なんだかおかしくなって、アリアは笑った。

 旅に出たけれど、こんなに妙な旅だとは思っていなかった。


「なんだよ」

「ううん。楽しくて。ルイは?」

「まあ、楽しいけど」

「クソお兄様がいたのは驚いたわね」

「おー、早くここを離れるぞ」

「ふふ!」


 疲れの滲む横顔が、本当に関わりたくないのだと訴えている。

 アリアは色々な表情を繕うことなく見せてくれるルイに嬉しくなる。ルイは仕方なさそうに見上げてくると、アリアの手を取った。


「さ、行くぞ」

「はあい。次は取りあえずミラーよね?」

「だな。ミラーは大陸の入り口だし、そこからは陸路であちこち行くか。行きたいところは?」

「フオルロンで一ヶ月くらいのんびりしたいわ」

「ああー、いいな。温泉入り放題だ」

「すべてコンプリートしましょう」

「悪くない」


 二人で旅の計画を話し、ふざけながらふらふらと歩く。

 賑やかな島の喧噪は、まるで自分たちが本当に誰にも知られない二人組であるように思えて、だというのに気さくに話しかけられると祝福されているようで、アリアは胸がいっぱいになった。

 ルイと一緒にいることが普通なのだ。

 隠すことも誤魔化すこともなく、手を繋いで歩くことが、普通になれるのだ。これからずっと。





 ミラーへの船は、なるべく大型ではないものを選んだ。

 よくある観光客船のようなものだ。

 シロノイスから乗ってきた船は、いつの間にか港を出ていて、その船とともに、いくつか大きな船も出たと聞いた。ミラーの騎兵隊も騒ぎ一つ起こさず静かに撤退したということは、今回の件はしかるべき形で片づいたのだろう。アリアもルイも安心して船に乗り込んだ。ベッドが二つある部屋を一つ取ることに成功し、船の出航を甲板にでて待つ。



「ねえルイ」

「んー」

「聞いておきたいのだけど」


 波の音が二人の間を優しく埋める。


「これ」


 アリアは服の中からネックレスを出す。

 ルイは「ああ」と頷いて自分のそれも出した。欠けた、美しい魔石。


「俺が使うときに割ったせいで、欠片が残ってたんだろうな」

「……本当に偶然だと思う?」

「さあな。あいつから本心とか真実とか、そういうのを引き出そうとするのは無駄だ。今回は執着先が俺じゃなくなってるし、あの様子なら大丈夫だろう」

「そうね。で?」

「なんだよ」

「もう若返りの力はなくなってるの?」

 

 魔石を割ったからもう使えない、と言っていたのを聞き逃すわけがない。

 これから旅をする上で、もちろんルイの若返りの能力を頼りにするつもりは全くないが、しかし少しの危険にもさらしたくないので確認しておきたかった。

ルイはじいっと見上げ、それから潮風に髪をさらわれそうになるのを手で押さえて「いいや」と首を振る。


「石がもとに戻っていたように、俺のそれも残ってるみたいだ。昔に比べたら普通の、魔石に頼るほどもない能力だよ。あいつのは残ってなかったみたいだから話を合わせただけだ」

「そう。それでも絶対無理はしないでね」

「……わかってるよ」


 ルイが何故か嬉しそうに笑う。

 その顔は、昔に見た表情とよく似ていて、アリアは胸が締め付けられた。

 嬉しくて、懐かしくて、愛おしい。


 ルイはエドワードから受け取ったクッキーの包みを出した。

 つまんで、一口食べる。

 が、すぐさま持っていたクッキーの包みの中を探り始めた。

 黒々とした葉が底に敷かれているのを見つけ、それをアリアに見せたルイも、アリアも思わず顔を見合わせて呆れる。薬草としても使われるが、そのまま熟成させると毒になるものだった。


「……あいつ」

「愛情表現かしら」

「嘘だろ」

「たぶん冗談のつもりなんでしょう」

「笑えない」


 苦笑している姿は、きちんと冗談と知って受け取っているような気もして、アリアは兄弟というものの複雑さに触れた気がした。自分は面倒で逃げ出したので、それに向き合ってきたルイの強さには尊敬しかない。


 ルイはクッキーをしばらく持っていたが、やがて海に投げ捨てた。

 それでいい、とアリアは思う。

 いらないものは捨てていいのだ。人生は思っていたよりも長い。一つ一つ持っていては、その後に出会う素敵なことまで持てなくなってしまう。


 アリアは空を見上げた。

 夕暮れの美しい光の手がどこまでも伸び、空をかき混ぜている。

 一日が終わり、夜へ向かって走り出すこの船の上で、アリアはこれからの人生の喜びを確信した。

 ルイを見れば、その聡明で繊細な、慈しみを持った目が自分を映してくれている。なんて幸せなことだろう。アリアはそっと手を差し出してみた。期待に満ちた目に対して、我が儘を許すような表情で、ルイは手を握ってくれる。アリアが喜ぶと、同じように微笑んでくれる。

 


 ああ、大好きだなあ、と思う。

 


 素直に伝えようとした瞬間、船の出航の汽笛が鳴った。

 アリアは笑う。


「……まあ、いっか」

「? なにがだよ」

「これから先は長いもの。ずっと一緒でしょ」


 アリアが言うと、ルイは「そうだけど」と何かを探るようにアリアを見た。そして、なにを思ったのか繋いだ手を二人の間に掲げると、じっとアリアを見つめながら、アリアの指先に唇を寄せた。


「!」


 アリアが真っ赤になるのを見て、満足そうにルイが空を仰ぐ。

 その横顔があまりにも嬉しそうで、アリアはなにも言えなくなってしまった。

 ルイが繋いだままの手をゆらゆらと揺らす。



「本当、先は長いよなあ」

「……そう言うのはダメだって言ったでしょ」

「はいはい」



 アリアは跳ねてばかりの心臓をどうにか落ち着かせようと、潮風を胸一杯に吸い込んだ。

 よく知っている海の懐かしい風に、新しい旅のにおいが混じっている。








読んでくださり、ありがとうございます。

想定よりも長くなりそうなので、ここで第一部を完結とすることに致しました。

ストックなしで更新していたので、少しだけ書き貯めて、来週から再び毎日更新をする予定です。


評価やブックマーク、メッセージやいいねなど、いつもありがとうございます。一人でも見てくださる方がいるなら、書き続けてみよう!と更新ができました。

本当に本当に、いつもありがとうございます。

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