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2 船


「あら。私、死んでるの? 若返ったんじゃなくて、これ死後の世界の旅だったの?」

「違う」

「じゃあ生き返ったのね」

「それも違う」


 ルイが気の抜けた返しをするのを、アリアはくすくすと笑って見ている。その顔を見つめ返すとルイはごろんとベッドに横になった。

 

「……若返るチャンスは一度。死ぬ直前。だから俺はお前が死ぬ瞬間を、ここ二年ずっと待ってた」

「二年?」


 アリアは聞き返す。

 王弟がこの世を去ったなど聞いていない。ずっとずっと、毎日丘の家から城を見ては、元気にしてるかと一人話しかけていたのに。


「あなた二年前に死んでたの?」

「いいや。死にそうになったから若返って、死んだ振りして隠れてただけだ。必要に迫られて。あと一週間位すれば、俺は甥を見届けて安心してこの世を去ったと向こうが公表するだろうよ。生きてるけど」

「大変だったのねえ」


 アリアがうんうんと頷く。

 公表できないような死を、選ばざるを得なかった出来事があったのだろう。それをうまくかわしてこうして生きているのだから、ルイの方があの噂の兄よりも随分上手だったのだ。アリアは、なんだか自慢したい気分になった。

 

「……なんでそんな顔できるんだよ」


 ルイが寝転んだままアリアを睨む。


「俺は今、懺悔してんだよ。二年もお前が死ぬことを願ってた上に、勝手に若返らせて、街に居られなくして、こうして連れ出した。嫌われても仕方ないだろ」


 アリアは思わず吹き出しそうになった。手で口元を押さえたところを横目でじろりと睨まれたので、隠しきれなかったようだ。ベッドに腰掛けるように座り直し、膝の上に頬杖をつく。

 寝転がったままの姿が、なんて懐かしいのだろう。

 あの頃みたいに装飾がじゃらじゃらついた上着はないし、ごつごつとしたブーツもなければ、身体だって小さくなっているけど、懐かしくてたまらない。そんな姿のルイが「嫌われても仕方がない」なんて可愛いことを言うのだから、面白くて嬉しくて、くすぐったい。

 アリアはとろけるような笑みでルイを見つめて言った。


「嫌いになんてならないわ」


 ルイが目を見開く。


「だって、嫌いになれるほどあなたのこと知らないもの」


 私たちは知らないもの同士のままでしょ、と付け足すと、ルイは見開いた目を伏せて力を抜いた。


「……確かに、そうだったな」

「キライ、なんて可愛い言葉を使うのも知らなかったわ」

「それは」

「それは?」


 アリアがルイの顔をのぞき込むと、近い、と額を押し返される。


「若返るのは身体だけじゃないってことだよ。感情も若返るし、夢は振り返るように鮮明に見るようになる」

「ああ。確かにさっきの夢は鮮明だったわ。ってことは、ルイは今身も心も十二歳なのね」

「待て」

「なあに」

「俺は十五だ」


 アリアはもう一度ルイの顔をのぞき込もうとした。もう一度押し返される。

 十五にしては、幼すぎる。一応気を遣って、十二歳と言ってみたのに。アリアは、これから二年後にどうしたらあんなに大きくなるのだろう、という疑問を捨てて頷いた。


「わかった、十五歳なのね」

「本当だぞ」

「わかったわ。十五歳のルイ」

「これから二年掛けて急成長するんだよ」

「うんうん」

「おい、思考は六十七だからな?」

「ふふ」


 そんなことを言うのも子供っぽい。


「ねえ」


 アリアが話しかけると、起きあがったルイが髪をぐしゃぐしゃと適当に整えた。


「なんだよ」

「私、昨日死にかけてたのね」


 ああ、とルイは頷く。

 そして、アリアの前に立つと、頬杖を突いたままのアリアの首に手を差し入れた。髪をさらりと流し、首もとにそっと触れると、銀色のネックレスを人差し指で引き出した。服の中に隠していた石榴の赤い実のような小さな石がついているそれを見て、ルイはほっとする。その表情が、本当に小さな子供のように見えた。アリアはつん、と石をつつく。


「私、ものは大切にするの。初めての友人からもらったものだったし」

「五十年前にやったやつだけど」

「五十年間大切にしてきたわ」

「それはありがとう。おかげで、お前がいつどこにいるかわかったし、死ぬときも間に合った」

「へえ、そうなの」


 つまり五十年監視されていた、と。

 懺悔をするつもりだったのなら、先にそれを言うべきだったような気がしたが、ルイがどこまでもほっとしているので、アリアは黙っていることにした。そう言えば昔から、自分より小さいものにはものすごく弱かった。可愛いと、もうなんでもいいや、と思えてしまうのだ。ついでに一年に一回の旅先に現れていた理由も分かってスッキリだ。


「ルイ」


 呼ぶと、ルイはネックレスから手を離した。

 座ったままだと少し見上げる形になって、十五の時の感覚が戻ってくるような気がした。

 鋭かった目がほんの少し丸みを帯びているが、目が変わっていない。ルイの目は、何もかも拒絶しているようでいて、そうではない。繊細で、美しい脆さがある。それがアリアはとても人間らしく見えて好ましかった。

 あの頃は、小さな自由を取りこぼさないようにしていたし、今はとても不安そうだ。

 アリアは微笑む。


「知ってるでしょう。私が、心地のいいものだけが大好きで、苦手なものからは全力で逃げること」

「ああ」

「それに私、深く考えるタイプじゃないの」

「知ってる」

「そういうの疲れるし、向いてないのよね」

「だろうな」

「だから大丈夫。好きだからここにいるのよ」


 ルイがぴたりと動きを止める。

 目がカッと開いた。


「好、き?」

「そう。旅は大好き」

「ああ、旅ね、ああ……」

「よし、じゃあ準備するから部屋を出てもらってもいい?」

「……うん。りょーかい」


 なぜか脱力しているルイを見送り、アリアはウキウキと手慣れた様子で旅の準備を始めた。


 確かに、心も十七歳に戻っているような気がする。







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