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28 ウルトイル


 慈しむような目で言う言葉ではない。

 アリアはルイが話している間は黙っていることにはしたが、この春の王と呼ばれたルイの兄は、まさに寝ぼけているとしか思えなかった。やや話が通じないし、平気で嘘を吐く。

 胡散臭いクソ野郎と言っていたダンの言うとおりだ。

 あの子は賢い。



「別にお前の愚行について今更責めたり弁解を聞くつもりはねえよ」

「だよね。わかってて受け取ってたんだし、そこについて僕は悪くないしね」

「それで? お前にはそれほどの若返りができる能力はなかっただろ」

「言い切られると兄上は傷ついてしまうよ」


 エドワードは仰々しく胸に手を当てた。

 よくこんな兄と長い間向き合ってこれたものだ、とアリアはルイを心から尊敬した。

こんな腹の底の見えない相手とさぐり合いをするなんて、自分だったら全力で逃げる。面倒くさいし、二度と関わりたくない。

 ふと、エドワードと視線があう。アリアは少しだけ目元を細めた。一応笑顔になっているはずだ。


「ああ。ごめんごめん、そうだね。はっきり教えると、これは君のおかげだね」

「俺……?」

「そう。君に、息子の椅子を強固にするために、死んでくれとお願いしただろう? あの頃もまだ君を慕う人間が沢山いて、我が子に椅子を譲ったとしても、君の治世が裏側から続くことを僕は恐れていたから、本当に仕方なくてね。あ、そこに関してもごめんね」

「気にするな」

「あと、立派に育ててもらったことには深く感謝しているよ」

「そりゃどうも」

「それで、君が無事に死んだと確認した後にね、何度か君の部屋に行っていたんだ。君のいない悲しみを癒すために」

「へえ」


 白々しい。

 アリアが大きなため息を吐くと、前にいるルイの頭が揺れた。


「……俺の死に疑問を?」

「んー? いいや。きちんと身体は灰になってたよ。僕のほかにも宰相や側近たちと確認して、密かに弔ったからね。ただ、やはり寂しくて、君の部屋で丸まっていたことがあって」

「七十三のジジイが?」

「そうだよ。七十三のジジイが君の部屋で大泣きをしていた最中に手に痛みを感じて」


 エドワードはへらへらと言いながら、左手を高く挙げた。

 ルイが近寄り、その手を掴む。


「痛い痛い」

「これ……」


 アリアものぞいてみると、エドワードの左手の小指の爪の中が赤くなっているのが見て取れた。知っている「赤」の色だ。アリアもルイも今服の下に忍ばせている、能力を貯めていた魔石の細い糸のようなかけらが、エドワードの爪の下に潜り込んでいる。エドワードは怪訝な顔をする二人に向かって朗らかに笑った。


「君が死んで半年後に僕も力つきてね。そうしてベッドの上で一人死ぬかと思いきや、この指が熱くなって、気づいたらこの通り、僕は二十五歳に若返っていたのさ。言っておくが、わざとではないよ。偶然なんだ」


 鵜呑みにはできない。アリアは思い切り顔をしかめた。

 エドワードが眉を下げる。


「綺麗なお嬢さん、その顔はいまいちだね」

「黙れ」


 ルイがエドワードの手をはじき落とすように離す。


「まあ、それでね、僕は側近一人にも伝えずに、服の中に暖炉の灰をせっせと詰めて人型にして、僕や君の死は晴れの舞台である戴冠式から数ヶ月後に公表するように手紙を書いて無一文で王都を出たわけさ」

「それで? 船で密貿易を進言したと?」

「ふふ」


 アリアはようやく腑に落ちた。

 ルイが自ら案内してくれと言ったのだから、何か考えていることがあるのだろうとは思っていた。よく考えなくとも、一年前に始まった密貿易と、一年前から居着き始めた胡散臭い男となれば、怪しくて当たり前だろう。まさかそれが、勝手にルイの力を拝借して若返った兄の仕業だとは思っていなかっただろうが。


「だって、僕は君が同じように若返ってるって気づいてしまったんだよ? 君の動向を把握しなければ。しかし、どこにいるのかもわからない。誰に聞いてもわからない。というか、聞けない。僕も死んだことになったのだから。でも君なら、息子が無事に戴冠式を迎えるまではシロノイスに留まって見守るだろうと考えて、じゃあ悪い噂でも流せばその後にでも僕のところまでたどり着いてくれるかなあ、と思ったんだよね」


 エドワードは悪気一切なく言ってのけた。

 ルイに会いたかったから、と。

 アリアはその思考回路が理解できなかった。

 私だって会いたかった、と思う。もう長い間そう思って、そう思うことを諦めて隠して、それでもルイが元気でいることを願っていた。悪名でも轟かせて釣ろうなど、考えたこともない。


「黄金色の貝、もだな」

「そうそう、昔君に教えたことをダンにも教えといたんだ。いつか会って気が付くといいなぁと思って」

「気持ちの悪いクソお兄様ね」


 思わずアリアがこぼすと、ルイもため息を吐いて同意してくれた。


「お前相当気持ち悪いぞ」

「愛が深くて申し訳ないね」

「……で、俺になんの用事だ」

「もう国には関与しないよね?」


 ふざけているにしては鋭い視線を向けるエドワードに、アリアは薄気味悪さを感じる。

 ルイはハッキリと言った。


「しない」

「本当に?」

「あいつがやっていけるように整えてある。そう育てた俺を、俺が信頼してる」

「ああ、なるほど。わかった。じゃあどうして若返ってるのか聞いても?」

「お前のせいで自由がなかったからだ」

「まだ怒っているのかい。毎月贈り物をしたり、君の友人を遠ざけたり、結婚を勧めながら遠ざけたことを? お見舞いだって行ったし、新しい友人を与えたし、結婚しないことで君の立場を守ったじゃないか」

「お見舞いにも毒花を持ってきて、新しい友人とやらはお前の監視で、結婚はそもそもする気がなかったから、すべて余計なお世話だったよ」

「そっかそっか」


 ルイが言うのをにこにこと聞いているエドワードを見ると、アリアは色々な感情をすっ飛ばしてもう目眩しかしなかった。

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