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25 ウルトイル


「お前は軽率すぎる。昔も言っただろう、色々と気をつけろ、と」

「そうね、うん」

「ちゃんとわかってんのか」

「わかってるわ。でもルイ以外にしないのに気をつける必要があるの?」


 アリアは靴を手に持ったまま砂浜を歩きながら聞く。

 朝食を終え、そのままぶらぶらと波打ち際を目的もなく二人で歩く事になったのだが、とてつもなく説教が長い。アリアは何をそんなに心配しているのかわからなかった。軽率とはなんなのか。


「ルイ以外に、一緒にいたいとか、寂しいとか、愛おしいとか、思ったこともないのよ? 頭を撫でたくてたまらないのも結構我慢してるのに、何がいけないの。手だって繋ぎたいわ」

「お前は本当にどうしたんだ」


 隣を見ると、ルイの耳が赤かった。

 アリアがのぞき込もうとすると、ふいっと顔を背けられる。


「見るな」

「はい」


 声が本気だったので、アリアは神妙に頷いた。

 背中が可愛い、と思ったことも心の中にしまっておく。


「手を繋ぐのも頭を撫でるのも却下だ」

「はい」

「子供のように可愛がるつもりなら一切拒否させてもらう」

「?」

「アリア」

「はい」


 子供のように可愛がるつもりは一度もないが、可愛いとは思っているので渋々返事をした。


「ルイの嫌がることはしないってば」

「嫌じゃないから困ることもあるんだよ」

「なあに?」

「なんでもねえよ」


 ルイが振り返る。その顔を見ると、アリアは内側から出てくる喜びを抑えられなかった。ふふ、と笑う。感情が素直に出てくることにも、嬉しいと思う。

 ルイはアリアを見上げて、仕方なさそうに眉を下げた。


「十七歳か。お前、十七歳だもんな」

「中身は六十五歳よ」

「それは、蓄積された記憶や知識として、だ。前にも言ったように、若返るのは感情もだからな。お前がなんのしがらみもない十七歳だったら、そういう反応になるってことだ」

「なるほど」

「まあ昔から素直だったけど」


 懐かしそうに笑われる。

 その表情一つ一つが、きらきらと輝いて見えた。アリアの表情もゆるむ。

 ふと、足下に波がやってきた。


「おっと」


 ルイがアリアの手を引いて後ろに下がらせる。アリアはその手を握り返してみた。自分と同じくらいの、触れていると安心する手だ。

 ルイがほんの少し耳を赤くして睨んできたので、アリアはさらにきつく握った。


「私からじゃないもの」

「子供か」

「十七歳よ」

「子供だな」

「ルイは子供じゃないけどね?」


 子供扱いはしていない、と意思表示をすると、ルイはようやく指先に力を込めてくれた。


「少しだけだからな」

「嬉しい」


 ぶんぶんと振ってみると、止める気のない「やめろ」が隣から聞こえる。

 アリアは砂浜をゆっくりと歩いた。その歩幅にあわせてくれているので、ルイがどれだけ自分を甘やかしてくれているのか知り、くすぐったくなる。


 周囲に誰もいないことを確認しながら、昔話に花を咲かせた。

 ルイがどこに視察に行ったとか、アリアがどの町へ行ったとか、偶然会った時は何をしていたのか、とか。お互いを知らぬ振りをして適当な会話をしていたのももちろん楽しかったが、手を繋いで思い出話をする方がずっとずっと楽しい。しかも、あのクッキーを作っていたのはキースだと教えてもらったときにはアリアは大笑いしてしまった。


「なんて上手なの!」

「キースの趣味が菓子づくりで、俺がいつも持ってたのは、あいつに持たされてたからだよ。成長期で常に空腹だったからな」

「じゃあ、裏庭に来るようになるまではどこで食べてたの?」

「そりゃ、こっそりと誰もいないときに」

「ふふ! 信じられない。みんなに遠巻きに見られて怖がられていたのに、上着の中にクッキー持ってて、こっそり食べてたなんて」


 アリアはくすくすと笑う。なんて可愛いのだろう。

 繋いだ手が温かい。時折、ルイが親指でアリアの手の甲を撫でているのだが、無意識のようだった。アリアは同じようにしたい気持ちを抑え、されるがままになっている。

 ルイが海を見る目はとてもきれいだ。


「……ん?」


 ルイが足を止める。

 アリアはルイばかり見ていて前を見ていなかった。ルイの見ている視線を追うと、小さく丸まったものが砂浜の上でもぞもぞと動いていた。


「なにかしら」

「子供だ」


 あら、目がいいのね、とアリアが言う前に、ルイは手を離さないままアリアを連れて行った。

 近づいていくと、確かに子供がいた。背を丸めて、砂浜を掘り返している。その顔は一心不乱で、ちっとも楽しそうではない。年の頃は八歳頃だろうか。

 先に声をかけたのはルイだった。


「どうした」


 びくっと身体を震わせた男の子は、ルイを見てさらに驚いた顔をした。


「なんだよ」

「もう、ルイ。こんにちは。どうかしたの? 落とし物?」


 声をかけておきながら威圧的なルイを後ろに隠し、アリアはしゃがんで目線をあわせた。自然と繋いでいた手も離れる。

 

「私はアリアよ。あなたは?」

「ダン」

「そう。ダン。どうしたの?」


 アリアはもう一度聞いた。

 少しためらった後で、穏やかに聞いてくるアリアに根負けしたように、ダンは俯いて唇をとがらせた。


「探してただけ」

「なにを?」

「貝がら」

「手伝おうか? どんな貝がらなの?」

「黄金色の貝がら。願いが叶うってやつ」


 六十五年生きていて聞いたことがない。

 しかし、こんな早朝から必死に探しているのだから、相当な「願い」があるのだろう。

 アリアは、一緒に砂を掘ってみる。


「それはきっと綺麗ね。私も探していい? 見てみたいだけだから、見つけたらあげるわ」

「うん」

「どんな願いなの?」

「……うちに居着いてるクソ野郎を追い出したいんだ」


 アリアはぴたりと手を止めた。

 ダンは無垢な子供の目で真面目に掘り続けている。

 なんだか変なことに再び関わってしまったような気がしてならない。

 アリアは背後にいるルイを恐る恐る振り返った。


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