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21 ウルトイル


「それで?」


 次は俺の番だと言いたげに、ルイがアリアをちらりと見た。


「あら、なあに」

「お前ゼノと知り合いなの」

「そんなわけないじゃない」


 私、六十五なのよ、とびっくりしたアリアが言うと、ルイは格好を崩して机にだらしない頬杖をついた。ずっと気づいたいたのだが、机の下で足をぶらぶらさせているのが可愛い。


「ふーん、へー」

「……気づいてるくせに」

「何が?」

「きっと、私の顔に見覚えがあるんじゃなくて、私に似た顔を知っているってことに」

「お前に似た顔なあ」

「再婚後に生まれたらしい弟の血縁か、従兄弟の娘の血縁かな」

「どっちにしてもお前の顔が好みなのかもな」

「顔って好みがあるの?」

「ある奴はあるんじゃねえの」

「ルイは?」

「気になる?」

「……別に気にならない」


 アリアはむっとする。

 ルイが嬉しそうに笑って、紅茶を一口飲んだ。


「まあ、気をつけろよ。色々と」

「どちらにしても関係ないわ。シロノイスに次いで裕福な国の末弟とこれ以上知り合う理由がない。しがない一般市民だもの、たとえ知り合ったって、お友達なんてなれないわよ」


 ルイはぴっと自分を指さす。

 平和で裕福で特殊な国の王弟で、国に奉仕してきたルイと友人というのも、確かに不思議な話だ。

 アリアはしみじみ呟いた。


「縁って不思議ねえ。あの時裏庭に行かなかったら、こうしてルイと話す事なんて一生なかったんでしょうね」

「それはない」

「どうして?」


 随分きっぱり言い切るルイを見て、アリアは首を傾げた。

 初めて会ってから半年後には限界が来て家を出て行ったが、ルイとの息抜きがなければもしかすると半年ももっていなかったかもしれない。ルイとすれ違うこともなく、令嬢をリタイアして旅に出て、こんな風にお喋りをする機会なんて、ましてや若返る機会なんてないはずだ。


「俺が、あの日どうして裏庭にいたと思う」


 ルイがまっすぐに聞いてくる。思わず背筋が伸びた。


「アリア、お前と話をしてみたかったからだ」

「……私と?」

「そう」


 ルイの口元が意味深に歪む。

 

「キースから聞いてさ」

「な、なにを?」

「昼食時に必ずいなくなる生徒がいるって」

「それってまさか」

 

 アリアはぎくりと硬直する。

 反対にルイはくつろいだ姿で、アリアを見つめた。


「それで、俺は不審な生徒の調査に乗り出したわけだよ」

「……ふ、不審」

「どの生徒かキースから聞いて廊下を通ってみればみれば、絶対に目を合わさず、すぐさま姿を消すし」

「だって、あなたの肩書きがね? 目が合うとご挨拶しなくちゃいけなくて、それが面倒でね」

「子爵家の娘だというのに友人はゼロらしいし」

「女同士なんてそんなものだもの」

「家は再婚をして、義妹ができて複雑な家庭らしいし」

「私が短気だっただけ、です」

「ちょうど兄貴が椅子についたばかりで、離反やら謀反やら、物騒なことが起きないか気をつけている最中だったからな」

「すみません」

「お前と話す必要があって、こそこそ隠れに行っている場所を突き止めて行ってみれば、ただただのんびりしてるだけなんだもんな。あまりに居心地が良くて、お前が来る前にくつろいでいて鉢合わせしてしまったんだよ。間抜けな顔だったろ」

「もう、もうわかったから……」


 アリアはうなだれて顔を覆う。

 確かに、子爵家と伯爵家が再婚を経て事業も拡大した頃で、そうなった先の娘は王弟と同じ学園に通いながらも、必ず昼には姿を消すときたら、それは怪しくて当然だ。平和というのは、水面下で様々な些事を精査して浮かび上がる前に排除することで成り立っているという。シロノイスが平和というのも、特別な王がいるだけではないということらしい。

 

「ん?」


 アリアは顔を上げた。いま、何かが引っ掛かった。


「待って、ルイ。あなた本当に密貿易に関して何も知らなかったの?」


 そんな疑問をぶつけると、ルイはアリアを見て口元を少しだけ上げた。アリアは伸ばしていた背中を丸め、一気に脱力する。


「道理で話が色々と早いと思ったわ」

「いや、俺もハッキリしたことはわからなかったんだけどな。若返って死んだフリしている途中で、動きようもなかったし。ただ、国を出るときにちょうどあの船があって、毒を仕込んでる奴がいるときた。お前が、何を降ろしているのかって聞いてくれたときは、さすがだと感心したよ」

「そっちの手柄にしなくてよかったの?」

「ミラーの手が入っていたのは想定内だからな」

「そう」


 ガヤガヤとしたパブの喧噪が心地いい。賑やかさとは反対に、アリアは肩を落とした。


「そっか。じゃあ、ルイは友人になってくれたんじゃなくて、私の身辺調査をしていただけなのね」

「おい待て」

「特別だって思っていたのは私だけか」

「……確かに不審者の調査に出たけど、あの裏庭を見てお前への嫌疑は晴れてた。ただ、そこにいてじっと座っていたお前と話がしてみたくて、キースにも黙って接触したんだ。俺自身がお前に会いた、く、て……おい、笑うな」


 アリアはふるふると震える肩を隠せなかった。

 ふふっと、声も漏れる。

 ルイを見ると、ほんのりと目の下を赤くして居心地悪そうに睨んできているが、残念なことにその姿では可愛いとしかアリアには思えなかった。


「ふふ、ごめんなさい。わかってるわ。ただ、ちょっと寂しくて」

「……」

「ね、怒らないで。確かに私の紛らわしい行動が悪かったこと、もちろん反省してるの。でもね、なんだか、あの間抜けな出会いが、特別で、運命的で、素敵なものだと思ってたから……そうじゃなかったってわかって寂しかっただけなの。でも会いたくて裏庭に来てくれたのなら、嬉しい。からかってごめんね」

「……お前は特別だから、からかっても許してやるよ」

「それも嬉しい!」


 アリアはとびきりの笑顔で頷いた。

 本当は、どっちだっていい。ルイが特別なのだから。

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