19 ウルトイル
「それにしても、一粒ずつとは用心深いというか、馬鹿らしいというか、マメだよな」
ゼノがのんびりと言う。
アリアは口を出さずに見守っておいた。つい口を滑らせると、貿易関係に知識があることを知られるのが面倒だ。叔父はアリアに詳しいことは教えなかったが、見聞きしてきたことは自然と身についている。
「ルイ、あの帳簿係からなんか聞いてる? 密貿易するようになった経緯とか」
イアンに聞かれ、ルイは首を横に振った。フライドポテトをつまむ。
「いいや。船長が強欲な奴に変わったからだろ」
「船長がだんまりしてるんだよね~」
「ふうん。しゃべりたくないんだな」
「誰かが口止めしてるとかない? 俺、ルイルイ達の話を聞いてすぐ自室に行っちゃったから」
「だから?」
ルイは視線だけで笑った。
イアンが一瞬、和やかな顔を張り付けられたものに変える。ゼノはあきれたようにイアンを見て、串に刺さった肉にかじり付いた。
「えーと、だからあ」
「俺は何も知らない。一般市民なんで」
「それ言うの? 絶対違うじゃん。だいたい、一般市民が何であっさり帳簿係に自白させてるの」
あら。
アリアは気づいた。
ルイはどうやら毒のことを伏せているらしい。それもそうだ。ミラー国軍の諜報員が気づかない微妙な毒に一般市民が気づきました、だなんて言えないだろう。ルイがどう言うのかアリアも注視していると、ルイはすらすらと出任せを口にした。
「罪の意識に苛まれていたんだろ。アリアが話しかけてやったら、聖女さまだと涙を流して拝みはじめて勝手に告白したんだよ」
とばっちりが来た。
アリアを見たイアンに、即座ににっこりと微笑んでみせる。
ほんのりと頬を染めたイアンをゼノが肘でつついた。
「えーと、あの、本当ですか?」
「もう一年以上下船していなかったんですって。とっても疲れていたのね」
肯定はしないが嘘も言わず、アリアは穏やかな顔ではったりをかます。
イアンとゼノはしばらくアリアを見ていたが、二人とも顔を見合わせた。何かしらの意志の疎通が終えたのか、ゼノが「へーそうなんだー」と棒読みをしてこの件については終わったらしい。
二人とも食事を再開した。
どんどん食事が減っていく。
テーブルの上にあった様々な料理が消えていき、皿が積み重なっていく間も、イアンとゼノは適度に会話をし、ルイに話題を振り、情報を収集しようとしていたが無駄に終え、結局適当な話をしながら時間が流れていった。
アリアは時折相づちを打ったが、話に参加するよりも、三人の間の緊張が消えて、まるで学友のように普通になれ合う姿になっていく様子を見る方がずっと有意義だった。
自分の知らないルイの姿を見られることが嬉しくて仕方ない。
三人は砕けた様子で、ルイは時々子供らしく笑っていたし、王弟と呼ばれていない十五歳のルイは、きっとこんなふうに年を重ねられたのだろうと思うと、アリアは少しだけ寂しくも感じた。ついでに、そんなルイを追い回した「クソお兄様を」恨みたくなる。
「さて、そろそろ帰ろっかな。ルイルイ寂しい?」
「帰れ帰れ」
「邪魔したな」
ゼノがにこっと笑う。その顔が子供らしくて、アリアが目を細めて見つめていると、気づいたゼノがアリアを見た。
「……どこかで会った事が?」
「こらこらゼノさん、ダメでしょー。アリアさんを口説いたらダ、メ」
「馬鹿を言うな」
ゼノは腕を肩に置いてきたイアンを追い払いながらも、じいっとアリアを見ていた。
その目は真剣だ。アリアと言うよりも、アリアの顔の中に誰かを探しているような気がして、アリアは小さく笑んだ。
「私はあなたに会ったことがないけど、あなたのことは知っているわ。挨拶、しましょうか?」
アリアが座ったままスカートを摘む素振りをしてみせると、ゼノはぎょっとして大きく手を振った。
「いい、いい。しなくていい」
「うーん。思ったけど、アリアさんも中々怖い人だよね。見た目に寄らず」
「あら、失礼。今すぐ立つわね」
アリアはにこにこと立ち上がろうとした。
イアンが「ぎゃあ、ごめんなさい」と悲鳴を上げるので、腰を下ろす。ルイは俯いてくすくすと笑っているのか、肩が揺れていた。
「ふー。びっくりした。さすがルイルイのお相手だ。でもダメだよアリアさん。冗談でもここでカーテシーでもした日には、ゼノも俺も二度とウルトイルにも潜れないじゃん」
「冗談でしたりなんてしないわ。するときはいつでも本気よ。全身全霊でさせてもらうわ。じゃあ見てみる?」
「ごめんなさい」
「アリア、遊んでやるなよ」
ルイがようやく苦笑しながら仲裁に入る。
「ええ? これ遊ばれてるの?」
「遊ばれてるのか……?」
イアンもゼノも、不思議そうな顔でルイを見た。ルイは頷いて、アリアを一瞥する。
受け取ったアリアは、にっこりと笑って再び席を立とうとした。
「帰りまーす」
「じゃあな、ルイ」
二人ともそそくさと挨拶をすませると、パブを出ていった。
未だ店内は賑やかで、酒に酔った大人達が大きな声で話している。従業員が皿を回収に来て、くっついていたテーブルも片づけられ、デザートを頼み終えて、アリアはようやく「それで」と切り出した。
「船長から何を聞いたの?」
アリアが断定して聞くと、ルイはアリアを見ていた目を細めた。
「経緯をな。どうして密貿易を考えついたのかちょっと聞いてみたら、教えてくれたんだよ」
「ふうん?」




