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17 ウルトイル


 ルイが頼んだバランスのいいサラダや軽食が、テーブルを埋める。

 パブの中は客が多く、先ほど島が静かだったのは一時的にミラー国軍が島を封鎖したからだそうだ。一般客は宿屋や他の店に詰め込まれていた様で、ようやく移動が許可されたらしい。

 つまり、首尾良く密貿易の取り締まりを終えたという事だろう。


 二人で分け合って食べつつ、やっぱりお酒を飲めないことに物悲しい。周りの話に耳を傾けていたアリアは、サラダのプチトマトにフォークを刺した。

 

「ルイ。それで」

「……ん?」

「どうして知ってたの?」

「ああ…あの後部屋から出て、甲板にもう一度出たらあいつが鳥を飛ばしてるところを偶然見たんだよ」

「鳥?」

「そう。普通の海鳥。でも足首にしっかり何か巻き付けてて、飛ばした方向はミラー国。となると」


 言いたいことがわかったアリアは、サラダをつつく。

 オニオンドレッシングのかかったサーモンがきらきらと輝いている。


「それって、かなりマズいんじゃないの?」


 アリアはサーモンとレタスをフォークに刺し、一口食べる。


「おいしい」

「そりゃよかった。確かにマズいよなあ。ミラー国は密貿易に気づいていて諜報活動していたのに、シロノイスは全く気づいていなくて戴冠式の翌日にこんな事が表沙汰になったら」

「笑ってて大丈夫なの」

「んー、大丈夫だろ。俺は甥を信頼してる。その昔、ミラー国の官僚が似たようなことをしていたのをこっちが気づいて、内々で処理してやったこともあったなあって事もあいつに教えて、証拠も渡してるからな。うまいこと運ぶついでに、立場を固めることもできるはずだよ。俺がそう教えてきたし」

「ふうん」


 ルイは楽しげに次々に料理を平らげていく。

 注文もスムーズで、大衆食堂にいても馴染んでいるのが意外だった。

 いつものように深くマントをかぶって、控えめな声で、他愛ない当たり障りのない会話をしなくてもいい。顔を見て話していい。そう気づくと、アリアもこの状況に徐々に笑顔が増えていった。


「交渉材料があるって大事だろ」

「うんうん」

「あいつなら健全に安全に無駄にせず交渉カードがきれる。クソ兄貴と違ってな」

「クソお兄様は無能だったの?」


 アリアは聞く。

 春の王が君臨していた治世はまさに「春」の時代だった。良くも悪くもなく、微睡んでいるような、漫然とした平和が長く続いた。シロノイスでは平和が当たり前だったが、それが崩れなかっただけ春の王は無能ではなかった証拠ではあるだろう。けれど、ルイの言葉の節々に「立派ではない王」という印象を感じるのだ。そして自分もうっすらそう思う。


「無能って……言うなあ。お前はどう思うの」

「平和であったことにはもちろん感謝してるわ。でも、なんていうのかなあ。頼りないっていうか」

「昔も言ってたな」

「でもこう、言い難いけど、活気がないというか、やる気がないというか、まさに、春っぽくて。でもたまに、外交をしっかりしていたり、諸外国が訪問してきたときには威厳ある立ち回りをしていたって聞くから、よっぽど側近が優秀なのねって思ってたわ。苦労したんでしょうね」


 アリアは言うと、ちらりとルイを見た。

 苦笑が返される。


「お前に言われると報われるわ」

「私でよければいくらでも褒めるわ」

「ふうん。じゃあ褒めてみて」

「ルイ、こっちに」


 ちょいちょいとアリアは手招きをした。

 ルイが少しだけテーブルに身を乗り出してきたところに、手を伸ばして頭をくしゃくしゃと撫でる。


「……おい?」

「よくがんばりました」

「……アリア?」


 アリアはルイの頭を両手で撫でて自分の方に引き寄せた。

 立ちあがり、屈み、そのかわいらしい旋毛に唇を落とす。

 テーブルの上の食材に、二人の重なった影が一瞬写り込んだ。アリアは最後に頭をぽんぽんと撫でてルイを離すと、座り直し、再びフォークを握ってサラダを食べはじめる。


「……おい」

「なあに」

「おい」

「だから、なあに」

「なんだ今のは」

「? 褒めたのよ」


 アリアは、ようやく座り直したルイが睨むように見ていることに気づき、フォークを置いた。


「嫌だったのね。ごめん。もう二度としないわ」

「そうじゃなくて」

「してもいいの?」

「人が居ないときなら」

「でも怒ってない?」

「怒ってはない」


 そう言いながらもルイの顔は険しい。食事の手は止まり、腕を組んでいる。


「褒める時って、ああするものなのか?」

「オード家ではそうだったのよ。最初は驚いたけど、嫌じゃなくて。不思議よね。あの人たちの距離感ってちょうどいいの。放っておいてくれるけど目は届いてて、口は出さないけど態度で示してくれる。必要だと察したときは、全力で愛情表現をしてくれるの。おおらかに見守られてる感じが、すごく嬉しかったわ」

「待て」

「なあに」

「あの叔父がお前に? 今のを?」

「みんなよ」

「エイダン・オードもか」

「私の従兄弟をよく知ってるのね」

「やつもお前にこれを?」

「そうね」


 アリアは頷いて、やたらと不機嫌になったルイに首を傾げる。

 少し目が鋭いのは気のせいだろうか。


「お前の初恋だった相手が、これを?」

「小さい頃の話よ? 私が預かってもらっていた頃には、お兄さまはもう家族を持って子供もいたわ」

「お兄さま」

「どうして怒るのよ」


 アリアは、初恋に関して話した覚えはない、という事は黙っておいた。

 なぜかは知らないが、ルイは怒っている。


「……これからは誰彼構わずするなよ」

「しないわ。ルイ以外には絶対したくないもの」

「ならいい」


 ふんと顔を背けてぶっきらぼうに言われる。しかし、機嫌は戻ったようだ。



 ふとルイが何かに気づいたように手を挙げた。

 店に入ってくる姿が見える。イアンだ。その後ろには、もう一人青年がいた。




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