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16 ウルトイル


 ルイはしばらく何かを言いたげにアリアを観察していたが、それ以上何も言ってこなかった。


「ねえ、そろそろウルトイルに着く頃よね?」


 アリアは船室の窓にかじり付いている。


「だな。お前、ずっと寝てたけど、腹は?」

「お腹空いたわ。夕食はウルトイルでどう?」

「ああ。そのつもり。あのパブ行くか。懐かしいな」

「う、ん」


 思わず記憶に触れて言葉が詰まったところを、隣にやってきたルイにじっとりと見られる。


「……ふーん」


 と、なんだかにやにやと納得されているが、アリアはルイを肘で押して少しでも遠ざける。


「ルイはどこ行ってたの? お昼ご飯は食べた?」

「ちょっとそこまで。昼は適当に」

「? なんで誤魔化すの?」

「いや誤魔化したつもりないけど」


 ルイが不思議そうにアリアを見る。

 アリアも、自分にびっくりしていた。なんで問いつめるような言葉が出てきたのか、自分でもわからない。すぐ首を振って誤魔化す。


「なんでもない」

「……わかった。そういうことにしておいてやるよ」


 ルイが澄ました顔で言う。

 

「……ウルトイルで少し騒がしくなりそうだしな」






 船のから一日ぶりに降りると、足下がふわんふわんと揺れた。

 アリアは懐かしい感覚に顔を綻ばせる。


「嬉しそうだな」

「十七年ぶりの旅なんだもの」

「そりゃあよかった」

「それにしても……旅客は随分少ないのね」


 船から下りてくる人々はまばらで、四組ほどしかいない。

 降りてくる人々はほとんどが乗船員で、皆荷物を下ろしている。かけ声やら波の音やらであたりは騒々しい。木箱がどんどん積み上げられていくのを見ながら、アリアは島の中心から漂ってくる異国の料理の入り交じったにおいにを胸一杯吸い込んだ。


「おーい、荷物はこれで終了か?」


 野太い声が当たりに響く。

 それに答えるのは、朝食でアリアに話しかけてきた青年だった。

最後の木箱を三回叩き「はーい」と返事をする。後ろには、あの密貿易を告白したやせ細った男もいた。まだ蒼白な顔をしている。


 船から離れると、喧噪がないことが気になった。

 日暮れ時は、この島に泊まる人々へのおもてなしとしていつもどこかで楽器演奏がされていたし、お酒もあちこちで売られ始め、昼よりもずっと騒がしく、店がより賑やかになる時間のはずだ。

 それにしては、静かすぎる。

 まるで誰かが息を潜めているようだ。


「もしかして、ルイ」


 今から何か起こるのだろうか、と聞こうとした次の瞬間、けたたましい蹄の音があちらこちらから地鳴りのように鳴り響きだした。思わず身を竦ませるアリアの腕を、ルイが取って後ろへと引っ張る。


 船の周りはあっという間に囲まれた。騎兵隊のブルーの服は見覚えがある。


「ミラー国軍……?」


 アリアはルイの肩に手を起き、馬と人に囲まれて両手をあげる乗船員を見て呟いた。

 剣を持った彼らが木箱を探している様子で、何名かの船員は密貿易を取り締まりにきたのだと悟ったのか、うなだれてる。驚いたままきょろきょろと周りを見渡している船員は、関わっていなかったのだろう。関わっていない船員の方が圧倒的に多い。


「やっぱりあいつら派手だなあ」


 ルイが苦笑する。


「知ってたの?」

「ああ。偶然な」

「……失礼」


 二人でひそひそ話していると、騎兵隊の一人がやってきて二人をじろじろと見た。

 さすがミラー国軍。ものすごく几帳面そうだ。アリアが、一応年長者として前を出ようとするとルイにきつく掴まれて止められた。

 

「何か?」


 ルイがぶっきらぼうに言う。

 アリアはひやりとした。態度が明らかに十五の少年ではない。

 几帳面な顔が怪訝な表情に変わった時、その肩に、ぽんと手のひらが乗った。


「その人たちは大丈夫。放っておいてね~」


 暢気な声で割って入ったのは、あの青年だ。

 朝に会ったときにはルイに「姉弟か」と聞いたり、驚くほどフランクな態度だったというのに、騎兵隊員の肩を叩く姿は堂々としていて、ある種の既視感を感じる。

 なんだったっけ、とアリアが首を傾げていると、ルイが青年に親しげに話しかけた。


「イアン、俺たちパブに行くわ。問題ないよな?」

「了解。ルイルイ。なーんにも問題ないよ」

「やめろそれ」


 ルイが軽く睨むと、イアンと呼ばれた青年は人懐っこく笑って手を振った。

 さっさと行け、と言うことなのだろう。笑顔は柔らかいのにどこか強制力があった。イアンの手は、騎兵隊員の肩に置かれたままだ。食い込んで白い指先を見て、アリアは「ああ」と妙に納得してしまった。


 なるほど、この相手に有無を言わせない感じ。

 態度も雰囲気も顔の作りも正反対だが、ルイに似ているのだ。

 正確に言うと、きっと育った環境が近いのだろう。

 アリアはルイにいつのまにか手を引かれながら、もしやかなり面倒なことに巻き込まれているのではないか、と頭を抱えたくなった。



「しまった。ビール頼めないな」


 パブの小さなテーブル席で、ルイはメニューを見て呟いた。

 アリアはぼうっとしていた頭が覚醒してくるのを感じる。この席は忘れもしないーー


「昔と変わってないよな」


 などとルイが追い打ちを掛けてくるので、アリアは身体がびくりと揺れるのを抑えられなかった。さきほどみた夢がリアルすぎて、今この場所にいる自分まであの感情がぶり返してしまいそうだ。思い出すのも危険なので、アリアは水の入ったコップをしっかりと握り込んで真面目な顔で頷いた。


「そうね」

「……ふっ。お前何頼む?」

「適当にお願い」

「了解。あー、懐かしい懐かしい」




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