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15 船


 ハッと目を覚まし、アリアは起きあがってすぐに、頬に指先を当てた。

 涙に気が付くと、枕を抱きしめて顔を埋める。耳は真っ赤だった。


「……もう、信じられない」


 アリアは枕にさらに顔を押しつける。

 自分の若い頃の瑞々しい感情を追体験するなど、恥ずかしいことこの上ない。しかもどうしてあの時の夢だったのか。あの、まだ気持ちの整理ができていない頃の夢だなんて。


「はあ」


 深いため息をこぼすと、息が震えた。


 どこかで、また会いたいと思っていたことを突きつけられた日だった。


 叔父の旅について行っていたのも現状から離れたい一心だったが、ルイがしきりに旅に出たいと言っていたせいでもあった。彼が旅に出たらどうするんだろうかと、それをなぞっていたような気がする。

それはほとんど無意識であったが、目の前に本当に現れたルイを見た瞬間に、感情が制御できないほど波立った。

 自分が何を考えていたのか、どう思っていたのか。


 会いたかった。


 純粋にそう思った後、アリアは涙を引っ込めて、ルイと懐かしい「お互いを知らないふり」で話をした。嬉しくて嬉しくて、饒舌だったと思う。どうしてここにいるのか、とか、そんなことすら気にならなかった。帰りの船で、何かの視察にでも来ていたんだろうと結論づけて、久々に会えた友人との会話を反芻していたほどだった。

 その後、毎年旅先で会えるとわかってからは、この日のように気持ちが制御できない事はなかったが、一年の中でその日をただひたすらに楽しみにもしていた。同時に、気持ちの整理ができていき「会いたい」から「偶然会えた」程度に、「特別」だけれど「特別な友人」という立ち位置を自分の中で自然と納得させていくことができた。それほどの年月は送ってきていたし、旅に出なくなってからは、ただ「見ている」ことにもすっかり慣れていた。

こんな夢を見て、あの時の激情に触れて、自分が慣れてしまってきた事への渇望を目の当たりにするなんて。


 アリアはベッドの上でごろごろと左右に転がり羞恥心に耐える。


 まだ微妙に若かった。期待することを知っている年齢だった。諦めや、目の逸らしかたや、感情から自分自身を切り離すことを知らない頃。

 自分を疑わなくて済む若さがあった。

 会いたかった、という気持ちを封じ込めなかった若さが。


 封じ込めてきたことすらも忘れられるほどの長い月日の中で、あの日の自分がとてつもなく輝いて見える。愚かだけど、それが妙に愛しかった。



「……会いたかったのかあ」



 アリアは一人呟いた。

 どうしてそんなに会いたかったのか、どうして封じ込めてきたのか。

 それは、考えてもいいことなのだろうか。

 

「ルイは?」


 ふと、アリアは枕を離して顔を上げた。

 部屋に一人きりだ。

 窓を見ると、朝焼けのよりも濃い紫色の空が海の上に浮かんでいた。いつの間にか日が暮れ始めている。

 アリアは慌てて起き上がった。一体どれだけ眠っていたのか、頭に触れると、朝結ったはずの髪がぐしゃりと崩れている。ため息を吐いて髪を解きながら部屋を見渡すと、隣のベッドに変化はなく、むしろ綺麗に整えられていた。アリアは思わずベッドから飛び降り、ドアに向かう。

 手を伸ばそうとしたとき、ドアノブの鍵がくるりと回った。


「うわっ」


 ルイはドアの前にいたアリアに酷く驚き、ルームキーを落とす。

 

「どうしたんだよ。びっくりした。ドア当たってないよな?」

 

 鍵を拾いながら言うルイの旋毛を見て、アリアはぶわりと何か体験したことのない感情が足下から駆け上がってくるのを感じた。


「……アリア?」


 顔を上げたルイと目が合う。

 ルイは目を見たこともないほど見開いて、唖然とした。


「……顔、真っ赤だぞ」

「えっ?!」


 アリアはばっと頬を押さえる。ルイに腕をぐいっと引っ張られ、額に触れられると、心臓が飛び出しそうなほど跳ね上がる。


「熱はないな」

「……ないわ、平気」


 落ち着かなくては。そもそも、どうやって落ち着いていたんだっけ。

 アリアは平静を装い、何度も頷く。ルイは軽く首を傾げたが、しばらくして必死なアリアに苦笑した。


「なんだよ。寝ぼけてるのか?」

「うん。そうそう」

「ふうん。いつの時の夢だった?」

「黙秘するわ」

「俺に言えないこと?」

「言わないこと、よ」

「別にいいけど。俺に隠せてることないし」


 堂々というルイに、そうだろうな、とアリアは思った。

 むしろ、自分の方が自分のことを知らないんじゃないだろうか。色々と都合良く忘れたり、封じ込めてきたり、そうして生きやすくしてきた。嫌なことからは全力で逃げて、ある意味とても素直に生きてきた。

 そう思ったとき、アリアのなかでざわついていた感情が徐々に落ち着いていくのを感じた。

この感情は「嫌」ではない。戸惑ってはいるが、逃げたくはない。


「……そっか」

「アリア?」


 それに、ルイは何でも知ってくれている。

 それが、とてつもなく安心できた。

 自分が知らない感情も、何もかも「知られて」いるのだったら、何を慌てる必要があるのだろうか、とアリアは冷静になれた。


「うん。そうだわ」

「なんだよ」

「いや、私は私のままで、ルイはルイのままで、別にそれでいいんだなって」

「なに当たり前のこと言ってんだ」

「だって、これからずっと一緒にいるわけだし」


 アリアは両手を握りしめる。


「さっき誓ったものね。どんな時でも側にいる。ルイも居てくれるのよね?」

「お前どうした」

「焦らず、慌てず、このままで行くことにするわ」

「……なあ、変な方向で覚悟してないよな?」


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