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13 船


「結婚?」


 ルイは本から視線をはずし、目を丸くした。

 転がったまま、顔をアリアの方に向ける。

 アリアはぼんやりしながら、枕に頭を押しつけ、ルイの方に身体を向けた。ぎしりとベッドが軋む。 


「そう。今、夢を見ていたの。十五の時の夢。ほら、女の子たちの名前を聞いてきたでしょう」

「……ああ、あれか」

「そう。あなたの婚約者探しかと」


 アリアは目を瞑りながら話す。

 ルイの反応は分からないが、何となく、目を瞑っていたかった。夢の中で話した十七のルイの声とは違い、別人と話しているようで、心が無駄にざわめかなくて安心する。


「俺の?」

「うん」

「まさかとは思うが、俺の家の年齢に関するルールを知らない訳じゃないよな?」

「……二十五歳で戴冠したら、四十歳までは結婚ができないんでしょう」

「そ。子が二十五になった時点で王は椅子を降りるっていう厳格な決まりのせいだな。四十以降の結婚なら、安定した在位期間が保証される。戴冠しても結婚がすぐにできなければ、代替わりの時におこる内政のパワーバランスに影響しないし、諸外国にも王の婚姻に介入させないまま地盤を盤石にする時間が稼げる。婚約者も持たない。うちの家系は、絶対に不慮の死が起きないからできる制度だけどな」

「ふうん。大変ね」

「お前聞いてないだろ」

「……あなたは自由にできなかったの?」

「いや。本当だったらできる。四十過ぎて万が一子供ができなかった場合の保険として、下の兄弟は早めに結婚してスペアを準備しておくのが望ましいってことらしいが、うちのクソ兄貴が許すわけがないだろう」


 笑っている。その気配には薄暗いものを感じなかったので、ルイは納得済みらしい。アリアはほっとした。もし、ルイが望む家族までも取り上げたのだったら、割と本気で恨む気だった。


「あなたのクソお兄様は、本当に気が小さいのね」

「おー、その通りだよ。俺が生き物には愛情を持てないと言うまでしつこく縁談を持ってきては、俺が本当に結婚する気がないのか試し続けてきたからな」

「すっごく面倒くさい人だわ。女々しい」

「ふ」


 アリアの言葉に、ルイが笑ったようだ。

 アリアも目を閉じたまま、ベッドの上で身体を丸めて笑う。


「まあ、だから俺ははじめから結婚する気はなかったな」

「じゃあどうして聞いてきたの?」

「候補者だよ。クソ兄貴の」


 アリアはパッと目を開けた。

 ルイが、ベッドに腰掛けている。そんな気配も音もしなかったのに。


「……クソお兄様のお相手にしては年が近すぎない?」

「お前に聞いたのは、あの年に生まれた妹を持つ令嬢たちだったんだけど。気づかなかったのか?」

「……ああ」


 アリアは納得した。枕に顔を埋める。

 次の王の即位の時期が決まっているからか、貴族では特に子供が増えやすい時期だ。

少し考えればわかったはずのことに、どうして気づけなかったのか。

 あの時の、ひやりと夢から覚めたような気持ちになったことがひどく間抜けに思える。


「姉の性格がよければ、その家で生まれた娘は適正がある可能性有りとしてリストアップしたくてお前に聞いたんだよ。将来の義姉の姉の方とも親交を持っておけば、いつか跡継ぎが生まれてきたときに俺が介入しやすくなる」

「介入?」

「クソ兄貴の跡継ぎを、立派な王へ」


 そう呟くと、ルイは小さく笑った。


「俺が若返って自由になるために、だけどな」

「まあ良かったじゃない。結果オーライよ」

「適当だな」


 アリアは適当でいいのだ、と言いたかった。

 あなたが真面目すぎる、と。

 前王妃だって、その家が傾きつつあったのは皆知っている。領民思いの一家で、贅沢な生活はせずに堅実に暮らしていたという家の娘を迎えた王を、国民は皆讃えた。誰も不幸になどなっていない婚姻を、自分のためにと言って整えたルイを誰が批判するのだろう。

 姉の方とも親交を持つ、の部分には些か引っかかったが、アリアは顔には出さなかった。


「じゃあ、ルイは、結婚したいと思える人には出会わなかったの?」


 何気なくアリアが聞くと、ルイは思い切り顔をしかめた。

 歪んでも整っているのだから恐ろしい。


「な、なによ」

「別に。そういうお前こそ結婚しなかっただろ」

「いいじゃない」

「いいや、聞きたいね」

「出会いがなかったの」

「あれだけふらふら旅に出ておいて? オード家から縁談だってあっただろう」

「さっき握り潰してきたって聞いた気がするけど」


 ルイがにんまりと笑う。枕を持ち、抱き抱えるようにして頬杖を付いた。


「お前にその気がないものを握りつぶしてきただけだぞ」


 ベッドから出ることができない。

 アリアは布団を握りしめて、目の前で悠然とくつろぐ少年の姿を睨む素振りをした。

 が、何故か喜ばれる。


「どうして私にその気がないってわかるのよ」

「一度でも会ったか?」


 アリアは言葉に詰まる。

 会ったことはない。叔父にも「そういうのはいや」と言って突っ返しただけだ。わかっていたようで、あっさりと引き下がっていたし、何度か挨拶のついでのように縁談を持ってきていたが、強制されたこともなかった。


「オード家は丁重に断っていたけど、しつこく何度も来た奴はこっちが手を回しただけだし、旅先でお前に声をかけてきた奴にはちょうどそこにいた俺が手を出しただけだ。でも、お前が一度でも自発的に行けば」

「何もしなかったの?」

「いいや。もちろん徹底的に潰したけど」




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