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12 船




「……はあ、笑った」

「笑ってたわね」

「観念したのか」

「ルイの爆笑なんてそうそう拝めないもの」

「ふうん。もう怒らないわけ?」

「別に嫌じゃないなって」


 アリアがぼうっと力が抜けたまま答えると、自分の顔がぐいっと上がった。

 ルイが顔を上げたのだ。少々距離をとる警戒心は忘れていない。アリアがそれとなく顔の距離をとると、ルイは満足そうに笑った。


「嫌じゃないのかよ」

「不思議と嫌じゃないわ。ただ、こんなのは初めてで」

「そりゃそうだ。俺が片っ端から握り潰してきたからな」


 なにを、と聞くのはやめておく。

 アリアの色々なダメージが大きすぎて、これ以上ルイの相手をすれば消耗してしまうからだ。アリアが疲れて、ぐいっとルイの頭に顎を置いて休むと、意外とルイは素直に従って顔を下げた。

アリアは力なく呟く。



「でもやっぱりさっきのはやめて。いくらチークキスでも、あなたにされたら心臓がドキドキしすぎて死にそうよ」



 緩くアリアを囲っている腕がびしりと固まった。

 アリアの肩でルイが盛大な溜息を吐き、額をぐりぐりと乱暴に押しつける。

 

「お前は……お前はさあ」


 呻くように言うルイに、アリアは「なによ」と返した。

 しかし、二人とも何故か疲労困憊になり、力つきたように小さく笑いあう。

 ルイはぽんぽんとアリアの背中を叩くと、ようやく離した。



「よし。とりあえず俺は満足したからいいわ」

「そう」

「もうしない」

「……そう?」

「なんだよ、その疑いの眼差しは」

「疑ってるのよ。ずいぶん手慣れていたから」

「おう、怒れ怒れ」

「それでどうして喜ぶのか分からないわ」

「意識されて喜ばない男がいたらそいつは腑抜けだよ」


 何を言っているのか意味が分からないが、アリアは緩く頷いておいた。見抜かれているのか、ルイに仕方なさそうに微笑まれる。


「アリア、お前眠いんだろ。分かるよ、俺も若返ったときには相当眠気が強かったから。ほら、部屋に戻るぞ。昼寝でもしてろ」


 返事をする前にルイに腕を捕まれる。

 子供のように手を引いてもらい、アリアは船室に戻ると、二つ並んだ奥のベッドへ沈み込んだ。

 誰かが布団を掛けてくれている気配に、微睡みながらも嬉しくなる。

 本当に眠い。

 余りに眠すぎて、思考が定まっていなかった。


「ねえルイ」


 自分が何を口にしているのかも曖昧だ。

 瞼がとろりと重くなり、ゆっくり目を瞑る。

 それでも口は動いていた。制御できない感情が、意識の外へ溢れていく。


「どんな素敵な人たちを泣かせてきたの? 彼女たちは可愛かった?」


 息を飲む気配だけを感じながら、アリアは眠りの底に向かって泳いでいく。




→ → →【15】




「よお、アリア」



 寝転がったままのルイがアリアを見て笑う。

 植え込みを抜けた先にある小さな裏庭の光景に、アリアは思わず立ち尽くした。

 巨木の木漏れ日がちらちらと輝いて、まるで水上の孤島のようにルイの居る場所が煌めいている。

 綺麗、と思ったアリアに呼応するように、風が身体を通り過ぎていった。


「どうした?」


 呆然と立つアリアをルイが不思議そうに見る。

 そこでようやく、自分がルイをじいっと見ていることに気づいき、アリアは足を前に動かした。


「ううん。なんでもない」

「ふうん。ほれ。今日はフィナンシェだ」

「わ。嬉しい」

 

 アリアが座る場所を、ルイは必ず空けておいてくれる。

 少し窪んだ木の幹の側。そこにすとんとはまって、背中を幹にくっつけていると、煩わしい全てから遮断された様でほっとできた。

ルイは決まってその側で寝転がって足を組み、ぶらぶらと揺らしている。

 アリアがいつもの場所に腰を降ろすと、ルイが頭の下で組んでいた右手を出して指先をちょいちょいと動かした。ああ、とアリアが頭を下げると、ルイはアリアの頭に付いたままの葉を摘み取り、ついでに、とんとんと指先で頭を撫でる。くすぐったくなったアリアは、ふふふと肩で笑った。



 木の根の上に置かれてあった紙袋を開け、包まれたフィナンシェを一つもらう。


「いただきます」

「はい、どうぞ。で?」


 手を出され、アリアはその手に小さな包みを渡す。


「いつも通りの、ただのクッキーよ?」

「へえ」


 かなり控えめなリボンがするりと引き抜かれ、ルイの手に小さめに作ったクッキーが広がった。アリアもフィナンシェをつまむ。

風がさわさわと吹き抜け、木漏れ日もゆうらりと移動するのを、何気なく追いかけた。なにも言わずとも心地がいい。


 

「なあ、聞きたいことがあるんだけど」


 アリアの作ったクッキーをすべて食べ終えてから、ルイは空を見上げながら聞いてきた。なあに、といつものようにのんびり返したが、ルイの言葉にアリアは一瞬反応できなかった。


 どう思うか、とルイが聞いてきたのは、アリアの同級生の令嬢たちの家名だったのだ。その誰もが、城に上がって王の側にいてもおかしくない家柄の娘たちであり、そこから考えられるのはパートナー探しだとしか思えなかった。


 どうして、とは聞けない。

 アリアは、自分が感じた彼女たちの印象だけを話した。

 それまで柔らかな日差しと涼しい風だったものが、眩しくて直視できず、冷たい風に感じる。

 バターの香り豊かなフィナンシェの味が嘘のように消えて、アリアは話し続けることでそのモヤモヤを追い出そうとしていた。



 ←




 目が覚め、ゆっくりと瞼を開けると、ルイは隣のベッドごろりと横になり、足を組んで揺らしながら本を読んでいた。

 アリアはぼうっとしながらその姿を見る。

 懐かしい。あの頃の方が足は長いけれど。

 ふふっと笑ったアリアの声で気づいたのか、ルイは視線だけをちらりと寄越した。


「起きたか」 

「とうとう結婚しなかったのね」



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