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9 船



→ → →【16】


「アリア、危ないから気をつけなさい」


 叔父に言われ、アリアは海をのぞき込んでいた顔を引っ込めた。

振り返ると、頭にずしりと重い手を乗せられる。


「お前のブロンドは目立つ。きちんと帽子の中に隠していなさい」

「はい、叔父様」

「それも目立つぞ」

「はあい、おじさん」


 言うと、叔父は厳めしい顔を和らげて、仕事に行ってくる、とアリアを甲板に置いて行った。



 海は不思議だ。

 初めて船に乗ったが、上下左右に揺れるのも中々面白い。最初はふらついていたが、慣れるとバランスを取るのが楽しかった。

 シロノイスから出て、海の上で箱に乗って運ばれ、海鳥と共に風を切って進んで行く。

 そうしてミラーという国に着くらしい。孤島であるシロノイスから出ることは、十六のアリアには滅多にない冒険だった。少年のような簡素な服も動きやすくて気に入っている。


 アリアは潮風をめいっぱい吸い込んだ。



 アリアが家を出たいと告げたとき、父親は顔面蒼白だった。

 数日前からは限界が来て食事は自室でとっていたし、夜に話がしたいと書斎に入ると、すでに憔悴していたので話の内容には薄々気づいていたのだろう。

 どうしても駄目か、無理なのか、と何度も聞かれた。

 アリアはそのたびに、駄目です、無理です、限界です、と無表情に返した。

 そうして、ここならば、と許されたのが叔父の家だった。

 アリアの父は子爵を継ぎ、叔父が受け継いだのはアーキラクオーツの流通権だけだったらしいが、商才があり、子爵家とあまり変わらない安定した暮らしをしている。父親としてはそのうち縁談を結ばせるように整えたつもりだったのだろう。


 しかし、アリアは叔父の家に行ってすぐに王立学園を退学し、叔父の仕事に付いていくことを選んだ。

 一人息子である従兄弟はすでにシロノイス内での仕事を継ぎ、家族も持っていて跡継ぎも盤石。勉強は続ける約束さえすれば、叔父はアリアの「いやなことはやめます宣言」を許してくれた。叔父とは昔からとても気があったのだ。


 家を出て良かった。


 何度もそう思う。

 一度も後悔したことはない。

 きっとこれから先も、後悔などしないのだろう。


 アリアは船の上で両手を広げて身体を思い切り伸ばした。

 海鳥がその上を高く高く跳んでいく。







 ルイはすぐに戻ってきた。

 渋い顔をしていたが、甲板にいるアリアを見るとすぐに表情を和らげる。


「どうだった?」

 

 アリアが聞くと、再び隣に並んだルイは手摺り寄りかかり、疲れたため息を吐いた。


「本当に密貿易してたぞ」

「あらまあ」

「品質確認のダブルチェックのために、バラの水晶を船の中で選別しながら秤に乗せるんだと。手で箱になじませるふりをして一粒拝借、っていう手口らしい。船の中でするのも、途中で誰かが抜いて逃走しないようにって配慮らしいが、安心安全堅実を謳っていたせいで疑われなかったんだろうな。シロノイスから一粒、ミラーから一粒。一回につきそれしか降ろさない徹底ぶりだよ。そりゃ休日無しで必死で働かせるわな」

「一年前からってことは」

「そ。船長が若い者に交代したらしい」

「じゃあ、また交代してもらわないとね」

「だな。お前のところは大丈夫なのか」


 アリアは困ったような顔でルイを見た。


「私が叔父の家にいたことを知ってるのね」

「当然だ」


 どうして当然なのかはあえて聞かず、アリアは頷いた。


「大丈夫。叔父の商才がそれぞれにきちんと受け継がれてるからこちらで不正をしてることは絶対にないわ。あの家の子なら誰が跡を継いでも問題ないし、この先も健全な運営ができる」

「ふうん。ならオード家は大丈夫だな」

「うん」


 アリアの家に果物や卵を届けてくれているのは、アリアの従兄弟の孫だ。

 たまに従兄弟の息子の妻も様子見のついでに話をしに来てくれる。さりげなく男手を連れてきてくれて、家の修理をしてくれることもあった。あの家に集まる者たちはとても暖かい人たちばかりで、アリアは好きだった。

 置き手紙で「しばらく旅に出るから心配しないで」と伝えたが、あの家の人たちなら正しく理解してくれるだろう。


「でも変な感じ」

「なにが」


 アリアはくすくす笑う。

 ルイの黒髪が潮風で揺れた。


「だって、今まではお互い誤魔化しながら話してたじゃない」

「まあな」

「私の家名だって一度も話したことはなかったわ」

「おー。これからは包み隠さず話してどーぞ」

「ふふ。嬉しい。ルイこそ何でも聞いてどうぞ」

「じゃあ聞くわ」


 何でも知ってるくせに、とアリアは思いながらも「なあに」と聞いた。


「お前が家を出た理由は?」

「なるほど、そこね」

「理由まではこちらでは調べられなかったからな」


 じゃあ何を調べたのだろうか。

 アリアが言う前に、ルイは悪びれずに言った。


「お前の親父が、再婚したのが十四の時。再婚相手は伯爵家の末娘で、連れ子と共に子爵家へ。その一年後に長女だったお前が子爵家を出て叔父の家へ。でも追い出されたわけではないんだろ? 継母も義妹も性格に難があったわけではなさそうだと聞いてるけど」

「もちろん。とってもいい人たちだったわ」

「だよな。虐げられてたりしたなら没落させるとこだった」

「物騒よ」

「お前は俺の内側にいるからな」


 アリアはじろりとルイを睨んだつもりだが、その頬はほんのりと染まっている。

 ルイがちらりと見て嬉しそうに笑った。その無邪気な横顔に、アリアはむっとしていた気持ちを引っ込めて、手摺りに頬杖をつく。


「……いい人たちだったのよ」

「仕切り直すか」

「いい人たちだったの」

「はいはい。それで?」



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