5日目 異文化交流
ジェシカと門番たちの交流は、その後2日間続いた。
門番たちも暇なようで、ジェシカとの雑談を楽しみにしている節があった。
3日目の朝、ジェシカが相手の言葉を真似て話しかけた時は、非常に驚いていた。
前日話した時は、体で意思表示をするしかなかったのに、一晩経っただけで相手から多少は意味の通じる言葉が出て来たのだ。
多少なりとも言葉が話せるようになり、お互いのコミュニケーションの密度は加速したようだ。
ジェシカは友好の証に、魔法の水筒からコップ1杯分の水を注いで渡した時、大層感激していた。
この砂漠では水はとても貴重なようだ。
またジェシカの渡した水の純度に対しても、非常に驚いていた。
コップの水を光に透かして見たり、指を浸して舐めてみたりと、おもちゃを与えられた子供のように感動している。
言葉が違っても感情は伝わるものだ。
キューキュークィクィと軋むような会話は、どんどん高密度になっていく。
門ジェシカが著しい速度で言葉を覚えていき、言葉を教えるのも楽しいようだ。
俺はずっと横で見ていたが、もはや見向きもされなかった。
門番たちはジェシカの働き掛けによりどんどん警戒心を失っているように見えた。
しかし、村の中に入れてくれない。
ジェシカも度々ジェスチャーで許可を乞うように伝えているが、俺という存在が枷になっているようだ。
俺は、コミュニケーションが出来ない事に加えて、体も大きく屈強だ。
門番という業務上許可が降りないのだろう。
しょうがない。
3日目、4日目はずっと雑談をしつつずっと押し問答で時間が経ってしまったようだ。
4日目の夜、すっかり定位置になった村から離れた野営地で、遂にジェシカが動いた。
「ハーヴィ、彼らの言語の習得が完了したよ。もう日常会話で困ることはないと思う」
「……凄いなすっかり現地民と友達になったように見える。それで、村の中には入れてくれるのか?」
「あの2人が気にしている事が2つあるの。1つ目は貴方が言葉が喋れないこと。村の中に得体の知れない大柄な男が、言葉も通じず歩き回るのが許せないみたいだね」
理由には納得できる。
俺には彼らが何を言っているか理解できない。
解決は難しいだろう。
「もう1つは、最近村の近くに害獣が巣を作っていて、村人が襲われちゃったらしいの。討伐のために戦士を割かなきゃ行けないから余計な厄介事は村に入れたくないんだって」
「そうか、物騒な時に来たんだな。どうする? 諦めるのか?」
「まさか! 折角仲良くなったのに調査も出来ず、ハイ、さよならなんて! 大丈夫。すべて解決出来るから」
ジェシカは、連日起動している魔法陣を中空に映し出し魔法を操作する。
「この魔法陣には私がこの2日間学んだ言語が、全て解析されている。魔法を使って言語を貴方に習得させる」
俺の手を取り、呪文を唱えると掌を伝い、頭に電気が流れたような感覚を感じた。
目の前が少しチカチカしている。
「これで明日からハーヴィも彼らと話すことが出来る! 貴方は温厚なジェントルマンであることを彼らにアピールして、村に入れてもらいましょう」
「大丈夫か? 別の言葉が話せるようになった自覚がないんだが……それに害獣の問題は解決していないぞ」
「大丈夫! 私を信じて!」
5日目の朝、早速門番の元へ来た。
「さあハーヴィ、話しかけて!」
「ああ……はじめまして、というのは少し変だが俺の名前はハーヴィ。昨日ジェシカから言葉を学んで話している。俺はアンタ達に危害を加える気は全く無い。どうにか村に入れて貰えないか?」
「うぉぁつ! 急に喋れるようになったぞ! 俺の言葉も分かっているのか?」
昨日までキュイキュイと聞こえていた言葉が、途端に意味のある言葉として頭の中で変換される。
「わかっている。昨日までは言葉がわからなくて警戒させてしまったかも知れない。俺はジェシカの護衛として一緒に旅をしている。ジェシカに危害を加えない限り、俺が力を振るうことはない」
「そうは言われてもなあ……ハイそうですかと通してたら、俺らの仕事は成り立たん訳よ」
門番の男は、渋い顔で答える。
槍を突き付けてくることはないが、言葉が喋れれば無条件で信用してくれる程チョロくない。
そこでジェシカが村に入るための交渉を始める。
「私達も無理に入ろうとは思っていないの。ただ、ハーヴィは貴方の村にとても役に立つ事が出来る。見ての通り強そうな男でしょ? 貴方達が襲われたと言ってた獣なんかより遥かに強いんだから! 入れてくれれば害獣駆除に協力する!」
「獣は俺らの判断ではないんだ。俺らの長が戦士達を率いて対処する問題だから……」
「じゃあせめて貴方達の長に取り次いでくれない? 村に入らずここで待ってるから。ねぇお願い」
ジェシカは男にしなだれれかかりつつ、手を握った。
賄賂のように水の入った袋を男の懐に忍ばせる。
ジェシカは門番たちを懐柔するために、水筒から湧き出した水を贈呈したようだ。
こいつは本当に女神か?
交渉の仕方が泥臭く手慣れているように見えるが……。
門番の2人にも葛藤の様子が見えたが、結局は長の判断を仰ぐ結論になったようだ。
1人が長を呼びに行き、もう1人は俺らを監視するため一緒に待っている。
「ここまでしてくれてありがとう。長の許しを得られれば、ようやく村に入ることが出来るの。貴方のおかげだね」
「まだ長がなんていうか分からんけどなぁ……」
ジェシカに全身で感謝を表されて門番の男は嬉しそうだ。
鼻の下が伸びている。
しばらく待たされそうなので、俺は門番に話を振る。
「なぁ、あんたらの長はどんなやつなんだ?」
「長はうちの部族最強の戦士だ。年は若いが、先代から代替わりして以来、その武力で皆の尊敬を得ている」
門番から長の武勇伝が次々と語られる。
村の若い衆との力試しで10人抜きをしたとか、狩りに行ったら誰よりも勇猛に戦うだとか、自分の武力を交渉材料に、他の部族から戦の援助を頼まれたりだとか。
この村は、戦う力を重視した武闘派な部族らしい。
強い者は尊敬されるし、弱い者を守ることは強い者の務めだと考えているようだ。
この門番達は長を崇拝しているよう。
ヒーローを語る少年の目をしている。
「長はなぁ、強くて凛々しくて可憐なんだわ」
「可憐?」
「お前たちが我らの村に入りたいという者共か!」
呼び声が聞こえたので振り向いてみれば、そこには長を呼びに行った門番の男と、取り巻きに屈強な男3人を引き連れた女戦士がいた。
長は女だったのか。
女は、門番達と同様褐色の肌、緑色の髪を携えている。
首に獣の巣で拾った飾り物と似た、華美な宝石が垂らされた首飾りをつけている。
背中には門番同様槍を担いでいるが、門番の使うものより槍の刃の先端が長く、鋭利だ。
背はジェシカより若干低い。
だが体は筋肉質で横にいる戦士達にも劣らない強者の雰囲気を感じる。
荒事に身を置いている人の身のこなしだ。
しかし、筋肉質な体・纏う雰囲気とはアンバランスな、可憐な顔をしている。
クリクリとした大きい目と通った鼻筋、広めの肩幅に対して小ぶりな顔だ。
取り巻き同様、緑色の髪の色だが、艶があり育ちの良さを感じさせる。
門番たちがメロメロになるのも分かる。
「貴方が長ですか? まさか女性とは思いませんでした。私が門番の方に無理を言って村の立ち入り許可を頂きたく、長にお越し頂きました」
ジェシカが長に話し掛ける。
へりくだるように、頭を下げ上目遣いで長と目を合わせるジェシカ。
「お主が獣共を退治してみせるから村に入れろと言うので、私が判断せざるを得まい。しかし、お主の話を鵜呑みにするわけにはいかん」
長は俺たちを値踏みするような目で見る。
「お前たちが村に入りたい理由はなんだ?」
「私達はここより遥か遠くの国からやって参りました。砂漠を渡り、たどり着いたこの街を見て回りたいのです。私達とは違う部族の暮らしや生活に触れて、知見を広めたいと思いお伺い立てさせて頂きました」
「見るだけか? 何日滞在するつもりだ?」
「2〜3日程、頂きたく思います。食べ物は持参しておりますので、分けて貰う必要はありません」
長はジェシカの言葉を聞き、少しの間黙る。
「先程お主が申した、獣の討伐を手伝うという話を詳しく話せ」
「はい。私達はこの砂漠を渡る途中で、獣の巣を見つけました。ここから歩いて半日も立たない場所にて。巣の中には人が食い荒らされた様子とこんな物が」
ジェシカは、巣で拾った飾り物を取り出し長に献上する。
「これは確かに我が部族の戦士の証。先日行方が分からなくなった戦士のものだ」
「巣の中で獣と遭遇しませんでした。しかし、もし巣の中に獣がいたとしても返り討ちだったでしょう。この男ハーヴィは強靭な肉体を持つ最強の軍人です。獣の5匹や10匹など恐るるに足りません」
「ほぉ……我が戦士がやられた獣など取るに足らんと言うことか。面白いな……面白いぞ」
長は可憐な顔に不釣り合いな獰猛な笑みを浮かべ、粘っこい視線を俺に向ける。
ジェシカはそれに呼応するように微笑むのみで、感情は読めない。
「分かった。村の滞在を許可しよう。しかし、それは私が力を認めてからだ」
長は背負った槍を手に取り俺を突く動作で挑発してくる。
「手加減はしてやる。私と戦ってお前らの有用性を示してみろ」
どうやらこの長は、蛮族のようだ。
力こそ全ての世界で生きている。
そして自分が負けることは微塵も考えていない。
俺とジェシカは長とその取り巻きの兵士に囲まれて、村の中央の広場へ連れて行かれた。