9日目 砂の中③
ジェシカと契約を取り交わしたアリジゴクだが、その好奇心は収まらずジェシカと問答を続けていた。
「グブ。お前は別の世界からこの世界へ調査に来たと言ったな。調査する目的はなんなんだ?」
ひとまず命の危険が無くなったジェシカは、微笑みを浮かべながらアリジゴクの質問に答える。
「私達の住んでいる”楽園”から、この“砂の世界”に移住出来るかどうかの調査に来たの」
「”楽園”にいるのに、他の世界に住む必要があるのか? それはオカしな話だ」
グフフとまるで笑うように、息を吐きながら質問を重ねる。
アリジゴクはジェシカとの会話を心底楽しんでいるようだ。
「鋭いね。……まあ“楽園”っていうのは、皮肉も含まれた呼び名だからさ、ずっと同じ”楽園”にいられない、“楽園”なりの事情があるんだよね」
「その調査はお前と、護衛の男2人だけなのか?」
「そうだよ。私は新しい世界探索の専門家だからね。私が適任だと任命されてこの世界にやってきたの。でも荒事には自信がないからさ。ハーヴィはその護衛なの」
「嘘だな」
アリジゴクはジェシカの言葉を鋭く否定する。
アリジゴクには動物的直感があった。
そして、相手の言っていることが嘘か誠か嗅ぎ分ける事ができる。
「さっきまでのお前の言葉には、嘘がなかったが、今の言葉は嘘が混じっていた。グフフ。声の震え方が違ったぞ」
嘘を指摘されたジェシカは、今までの微笑みがまるで作り物だったかのように真顔でアリジゴクをみつめる。
「へぇ、貴方は嘘が分かるんだ」
「ああ。我に命乞いをしてきた“ヒト”が何人かいた。そいつらは隙を見せると、決まって逃げるか襲いかかってきた。口では逃げないとか他の餌を集めてくるとか言いつつもな」
何回か繰り返すうち、分かるようになったんだ。
アリジゴクが自慢するかのように話す。
我に嘘をついたやつはその場で食い殺してやったと脅すようにジェシカへ伝えた。
「それに、2人だけで調査するにはこの世界は広すぎるだろう? お前らのような小さい生物はもっと群れで行動するはずだ」
半ば確信を持って、ジェシカの言葉を追及する。
「驚いた! 貴方は本当に頭が良いんだね……嘘をついてごめんなさい。正直に話すよ」
ジェシカは素直に非を認め、先程の言葉を訂正する。
「私は調査を任命されたんじゃない。罪を犯して“楽園”を追放されたんだ。そして調査をすることで、追放された罪を償うために来た。俗に言う島流しだね。一応刑期は決められていて100年間真面目に奉仕活動をすれば”楽園”へ帰る許可が降りるんだ」
実質終身刑と同じだよねと。
呆れるような顔であっけらかんと言った。
「グブブ。きな臭い話になってきたな。それでは、なぜ“楽園”を追放されたんだ? 罪とはなんだ?」
アリジゴクはより知的好奇心が刺激されたようだ。
ジェシカへ質問を重ねる。
「私は“楽園”の同族を殺した。それも1人や2人じゃない、353人の同胞を。貴方は、仲間と出会ったこと無いから理解できないかも知れないけど、同族殺しは一番の禁忌とされているの。そして私はそれを犯した」
アリジゴクは不思議に思った。
この目の前のひ弱な“ヒト”が同じ種族を353人も殺すことが出来るのだろうか?
この女は底が見えない。
嘘はついていないが、何かを隠している。
その底知れなさが、かえってアリジゴクの興味を唆り、より好ましい目でジェシカを見るようになっていた。
アリジゴクは自覚している。
手玉に取られているのは自分だと。
嘘を吐かれるは嫌いだが、奥深い秘められし過去が垣間見える、ジェシカのことを気に入ってしまっていたのだ。
「グブッ、興味深いな。お前の仲間であるあの男は、お前の罪を知っているのか?」
「何も知らないよ。ここまで私の過去を話したのは”砂の世界”では貴方が初めてだよ」
アリジゴクは、ジェシカの秘密を知っているという優越感を感じた。
いずれこの巣にやってくるという男を早く殺してやりたいという闘争心が芽生えてきた。
そして、その時はすぐに訪れる。
巣の天井から、断続的な振動が聞こえる。
何者かが巣へ向かって進んで来ているようだ。それもかなり荒い方法で。
巣はパラパラと砂が落ちてくる。アリジゴクは、自身の唾液と獲物の体液で固めた強固な巣が、襲撃者の猛攻に悲鳴を上げている様子を黙って見守っていた。
けたたましい音とともに天井が抜けた。
人影が、天井から降ってきた。
拳で砂漠を掘り進んできたようで、体全身砂にまみれだ。
大きな荷物と槍を背中に背負い、自分でこじ開けた穴を滑り落ちてくる。
「ジェシカ生きているか!? 助けに来たぞ!」