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9日目 砂の中②

「貴方はね。おそらく同じ種族の中でも頭が良すぎる。突然変異なの」

 

 ジェシカは砂の中で、大人しく話を聞く巨大な怪物に向かってそう告げた。

 

「貴方のように、群れを作らず巣を個体毎に作って生きていく生き物は、社会的欲求を持たない。しかし貴方は他の生き物を観察し、自分との違いを認識して、孤独感や好奇心という1人で生きているだけでは補填できない欲求を感じてしまっているの」


「グブブ、良く分からないな」

「少し難しいかもね。じゃあ、1個質問。貴方名前はあるの?」

 

 虫は黙り込み、考え込むように俯く。しっかりと時間を掛けて思い出したかのように答えた。

 

「“ヒト”からは砂虫や化物、人喰い虫と呼ばれたことはある」

 虫のひねり出した答えを、ジェシカは即座に否定する。

 

「それはあなた“個人”の名前じゃないよ。見た目や特徴を当てはめて呼ばれているだけ。だから私が貴方の名前を付けてあげる。……“アリジゴク”。貴方の名前は今日からアリジゴクね。私のいた“楽園”に存在していた、あなたに似ている生き物の名前を借りた。世界で貴方だけを表す名前だよ、アリジゴク」

 

「グフ」

 得も知れぬ感情がアリジゴクと名付けられた虫の中に湧き上がる。

 

「名前を呼ばれてどう感じた? 高揚と、自己肯定の感情が湧いてないかな? 空腹時に行う食事と近い満足感を感じているんじゃない?」

「……そうかもしれぬ」

「アリジゴク、貴方の感じた喜びは、群れを成す生き物だけが得ることが出来る高次的な欲求なの。社会的欲求の初歩。しかし、今のままでは貴方は一生その欲求を満たすことは出来ないよ」

 

 ジェシカは語りかけるようにして話す。虫はジェシカに圧倒されている。ジェシカの言葉を理解しようと必死で考えている。

 

「何故だ?」

「それは、貴方がずば抜けて頭が良いから。もし貴方が世界中を旅して、同じ種族を見つけたとしても、貴方と同じ感覚を持っているとは限らない。むしろ、自分とは違うと感じる可能性が高い」

 

 ジェシカが無慈悲に言い放った。アリジゴクの顔から感情は読み取れない。元々表情が存在しない異形だが、僅かに驚愕と悲壮感を感じさせる。

 

「何故そう言い切れる?」

「勿論、私はこの世界に来て日が浅いから、本当かどうかはわからないよ。でも私が住んでいた世界には、群れを作らずに高度なコミュニケーションが取れる生き物はいなかった。だって必要ないから。アリジゴク、貴方は貴方より強い生き物は見たことないでしょ? 強い生き物は、個体数も少ないの。一度に沢山産まれなくても死なないからね。貴方の群れになることが出来る仲間を探すのは、非常に困難だと思う」

 

 ここまでの話は全部私の推測だけどね。とジェシカが言い放つ。

 しかし、今までコミュニケーション経験の乏しい、アリジゴクにとってはジェシカの言っていることが世界の真実であるかのように納得させられた。


「さて、そんなアリジゴク君はこれからどのように生きていくつもりかな?」

「グブブブ。お前の言うことが正しいかは分からない。そして世界を知りたいという気持ちは変わらない」

「今のままでは、貴方が世界を回っても仲間に会える可能性は少ないんじゃない?」

「どうしてそう思う?」

「だって貴方怖いもん。大きい体に、強靭な顎、怖い顔して力も強い。”ヒト”から化物扱いされている貴方が、世界を回っても、友好的に接してくれる生き物はどれだけいるのかな。そして、他の生き物と話も出来ずに自分の足で仲間を探すことって出来ると思う?」

 

 問い詰めるようなジェシカの言葉に、アリジゴクは押し黙ってしまった。

 ジェシカは少し追い詰めすぎたかも知れないと内心冷や汗を流した。

 勿論表情には一切出さずに。

 

 そして、自分が生き延びられるように描いていたストーリーに沿って、アリジゴクを誘う。

 

「私が一緒に旅をしてあげようか?」

 

 ジェシカはまるで悪魔の如く蠱惑的に囁いた。

 

「グブグブグ? お前が?」

「そう。私はこの”砂の世界”を調査するためにやって来たの。世界を周る予定をしていたから、貴方の仲間探しを手伝う事も出来る」

 最初に伝えたとおり、ジェシカもアリジゴクも、この世界の事を知らないということに関しては同じだ。そして旅をする目的も似ている。

「私は、貴方が苦手としていることが得意だよ。情報収集や分析、他種族を仲間に入れたり、旅の計画を立てたりね」


 ジェシカは自分と旅するメリットを列挙し始めた。

 知的好奇心の旺盛なアリジゴクは、ジェシカと一緒に行動する事で得られる利益に目が眩む思いだった。

 

「しかし、お前には既に仲間がいるだろう。ブブッ、あの強い男だ。我の腹が破れるかと思うほどの一撃を喰らった。……今まで襲った生き物の中で一番強い」


 アリジゴクは今もなお痛む腹を擦り、昨夜戦った強靭な男を思い出した。

 

「彼は私の護衛なの。確かに彼は私と同じ“楽園”出身で仲間だよ。……でも護衛は強い方が良い。貴方の方が強ければ、貴方と旅をするほうが私にとって得があるかもね」

「グブッ。なら我と旅をするか?」


「1つ条件がある」

 

 ジェシカが条件を叩きつける。 

 気付いたら、この場を支配しているのは完全にジェシカであった。

 

 大きな体を持つ人喰い虫と呼ばれた怪獣は、自分より遥かに小さなジェシカの一言一言に全神経を集中させ、傾聴している。

 

「私の仲間であるハーヴィはまだ生きている。そして、絶対ここに向かって私を助けに来る。そういう風に()()()あるから。ハーヴィを倒したら貴方と旅をしてあげる。でも、負けたら貴方と旅をする理由がなくなってしまう。私は強い()()を求めているの」

 

 アリジゴクと名付けられた虫は、ジェシカの提案を飲んだ。

 そして、ハーヴィが来るまでジェシカに指一本触れることなく待ち続けることになる。

 全てジェシカの思い通りに。

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