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川崎日本語学校不思議事件録  作者: 落穂拾い
3/5

3. 川崎日本語学校、経営体制変更後の混乱

 神奈川県の川崎市にある川崎日本語学校の面々に降りかかった不思議な事件の記録です(日本語学校の学校名や登場人物、設定はフィクションです)。

 川崎日本語学校を元の学校所有者田中から買い取った福井は学校の校長に就任する。

 福井は少なからぬ年数日本語学校のマネージメントに関わってきたのだが、日本語教師として留学生に日本語を教えた経験はほとんどない。


 田中がオーナーではなくなるということで、複数の日本語教師と学校職員、教務主任である日本語教師も川崎日本語学校を離れ、田中の所有する東京都内の日本語学校に移籍することになった。

 数少ない川崎日本語学校残留組は常勤の日本語教師である岡山洋二とフルタイムの学校職員である中川あゆみ、他は2名の授業に専念したいというパートタイムの日本語教師と1名の多忙時は事務作業もしてくれるパートタイムの日本語教師。その他、留学生の募集と書類審査を担当するベテラン募集担当職員が一定期間田中の学校と掛け持ちでフォローしてくれることになった。


 日本語学校の教務主任になるためには日本語学校で3年以上の常勤日本語教師としての経験が必要である。残留組の日本語教師や学校職員に教務主任となることができる者はいなかった。


 幸いなことに、ちょうど良いタイミングで東京都区内某校の元教務主任で日本語教師歴2×年ベテラン教師の弓野栄子を教務主任に迎えられることになった。

 弓野は、女性ホルモンの分泌低下と加齢による微妙な体調不良に加え、前の勤務校で校長との折り合いが悪くなり、ストレスを抱えていた。日本語教師という仕事をもう辞めようかと悩んでいたところ、1年ほど前、偶然立ち寄った池袋の書店で、福井に声をかけられて、ときどき個人的に連絡を取り合う間柄になっていていたのがきっかけになった。


 福井は残留組の日本語教師である岡山と学校職員の中川に指示して、日本語教師募集のウェブサイトに求人告知を出してもらい、新たに中西翔太を非常勤の日本語教師として雇うことに決めた。

 中西は日本語教師として4年目の経験を持つ男性教師で、日本語教師養成講座出身の日本語教師である。日本語教師という仕事への思い入れが強く、日本語教師として熱心なところが評価された。


 川崎日本語学校では、常勤の日本語教師は、日本語の授業と授業準備以外に、非常勤講師の面倒を見ることや審査書類のチェック、事務処理、連絡業務なども担当することになっていた。他の日本語学校と比べて、非常勤講師は授業と授業の準備に集中できる職場環境が整備されていた。福井はそのような学内ルールはほぼそのまま引き継ぐことにした。


 中西が勤務をスタートして2週間ほどして、今度は岡山が来期から常勤教師としてではなく非常勤の日本語教師として仕事をしたいと相談してきた。岡山が言い訳がましく言うには、日本語教師として日本語を教えることだけに専念したい、ということだったが、福井は思わず苦笑せざるをえなかった。福井は岡山が度々早急な対処が求められる教育外の業務よりも自身の授業準備と授業を優先させていたことをわかっていたのだ。


 福井は弓野と相談の上、翌年以降の留学生受け入れ人数増加の見込みと岡山の離職の可能性を踏まえて、次学期、中西を常勤の日本語教師にした。


 予想していたというわけではないが、次学期の終わりごろ、岡山は学期の半ばに東京都内の中堅人材派遣会社に転職した。

 岡山が1週間ほど前に突然辞職を告げたため、非常勤教師として担当していた授業は他の日本語教師を半ば投げるように辞めていったのだが、授業以外の引き継ぎ事項に関しては持ち前の要領の良さで一通りの作業を済ませていった。


 あらためて日本語教師募集のウェブサイトに求人告知を出してもらったのだが、条件に合う日本語教師がなかなか見つからず、福井は恥を忍んで田中に頼み込み、日本語教師が確保できるまでの期間、教師当人の了解も得て、元々川崎の学校にいた日本語教師に川崎で働いてもらうことになった。


 中西は岡山よりまじめな性格ではあるものの、事務作業は岡山よりミスが多かった。それほど重要ではない事務作業はさほど問題を起こさないものの、数字の桁を取り違えることが少なからずあり、大きな問題がある審査書類を問題無しと判断してしまう等の日本語学校事務としては相当に致命的なミスを繰り返した。


 中西の審査書類チェックミスや数字のミスをカバーするために、多少中国語のコミュニケーションが取れる日本語学校職員がパートタイムで雇われることとなる。


 その他、在籍している留学生の面倒をみるために、今まで申請書類のチェックを手伝ってくれたベトナム人留学生以外にもう1人のベトナム人臨時職員、日本国籍を持つ元中国人スタッフがパートタイムで働くことになった。

 幸か不幸か、失踪した留学生や帰国してしまった留学生が荒れる留学生集団の中心だったこともあり、そのような留学生が失踪、帰国していたことで、不良がかったベトナム人留学生とやる気があまりない中国人留学生を何とか落ち着かせることができそうな感じになってきた。


 相変わらず、在籍するベトナム人留学生が万引き事件未遂や窃盗事件未遂を起こしたり、他校のベトナム人とケンカするなど小事件を起こしたが、臨時職員の奮闘もあり、穏便に済ませることができた。


 無気力な中国人留学生が日本語学校を続けて休んだときは教師や職員が連絡を入れて迎えに行く等の対応をした。過保護だったかもしれないのだが、迎えに行ったおかげか、元中国人スタッフのフォローのおかげか、当初やる気がなく帰国するしかないだろうと思われた中国人留学生が少しずつ日本語の勉強と進学に意欲を見せ始めるようになり、数か月後、日本人にもそこそこ名前が知られているまあまあなレベルの大学に入学できることが決まったことに関わっていた教師、職員がともに驚いた。



 日本の日本語学校は法務省に一定の基準を課されていて、基準を遵守している学校は「適正校」、基準から逸脱した学校を「非適正校」とされている。「適正校」と「非適正校」の相違としては次のようなことが挙げられるようだ。


・「適正校」の留学生のビザの有効期間が比較的長めであるのに対して、「非適正校」は短め

・留学の申請書類に関して、「適正校」は一部提出が不要であるのに対して、「非適正校」は提出が必要

・日本語学校は受け入れられる留学生の最多の人数、定員が定められているが、「非適正校」である期間中、日本語学校は定員の増員ができなくなる

・留学生受け入れの許可に関して、「適正校」と「非適正校」は許可率に差が生じることがある


 2011年3月以前は川崎日本語学校は適正校であり、中国での留学生募集に関して、募集も大きな問題はなかった。しかし、前述のように万引き事件を引き起こしたベトナム人留学生が行方不明になったことに加え、在籍していたベトナム人留学生と中国人留学生の学外でのケンカがマスコミに報道された件なども影響してか、適正校から外され、非適正校になってしまった。

 中国現地の留学会社は適正校かどうかということを非常に気にしているところが多い。非適正校になったため、それまで取り引きがあった中国の留学会社からも足元を見られることになってしまった。


 田中の東京都区内の日本語学校2校が東日本大震災前とほぼ同人数の中国人留学生を受け入れられるようになったことと対照的に、その年(もその後数年間も)、川崎日本語学校の中国人留学生の受け入れ人数は東日本大震災前の数分の一程度に留まった。




 川崎日本語学校にいたベテラン学校職員は留学生の募集で中国やネパールに出張していたのだが、その職員が福井の校長着任後しばらくして学校を離れた。

 留学生募集の仕事は、校長の福井が代わりに行うことになり、福井がベトナムやタイ、ネパールに足を運ぶことに決まる。


 田中の東京都区内の日本語学校と取り引きがある大手の留学会社を避けたというわけではないが、福井はできるかぎり今まで付き合いがなかった中堅、小規模の留学会社に訪問、取り引きを行うよう努力することになる。


 数十人のベトナム人留学希望者の受け入れ不可、不交付になった件のベトナムの留学会社は、不交付の不名誉を挽回したいとしつこく何度も営業をかけてきたが、角が立たないように断り、田中の日本語学校の学校職員がよく利用していたベトナム現地のホテル利用も避け、偶然出くわさないように細心の注意を払った。



 福井にとって、学校が法務省の基準から逸脱し適正校から外された影響の懸念がないわけではなかったし、中国人留学生の受け入れ人数減少はとても気になる問題の1つである。

 しかし、そのことよりも、すでに失踪した留学生や帰国してしまった留学生を別として、不良っぽいベトナム人留学生や学習意欲があまりない中国人留学生を何とか落ち着かせることができ、とりあえず一息つけるようになった。


 川崎の学校にいた先の教務主任や日本語教師たちを田中が引き取ってくれたことは、結果としてそうなったというだけのことだが、学校の雰囲気が大きく変わって良い状況に変化を遂げることにつながった。

 何よりも田中の叱責と留学生が持ち込んだトラブルのせいで空気が暗くよどんでいるような学校の教師兼事務職員部屋が明るくなった。

 トラブルや問題は続いているものの、留学生も以前よりはだいぶ落ち着いてきて、問題になりそうな残りの留学生も卒業させることぐらいはできそうな気がする。

 田中に頭は下げて日本語教師を確保しているが、それを別とすれば、福井は弓野を迎えることができ、その弓野と相談して新たに日本語教師や学校職員も雇うことができ、今までのところ日本語学校として比較的オープンな人間関係で仕事ができている。


 かなり良い状態で業務を進めることができているのではないか、と希望が湧いてくるような感じがしてきた。


 客観的にみて将来を楽観視するにはやや時期が早いかと思われる時期だったが、福井は

「今後は自らが主体的に責任をもって留学生を受け入れることができると思うと楽しいね」

とつぶやいたのであった。

 お読みいただき、ありがとうございます。

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