2. 川崎日本語学校、経営の刷新
神奈川県の川崎市にある川崎日本語学校の面々に降りかかった不思議な事件の記録です(日本語学校の学校名や登場人物、設定はフィクションです)。
田中純は、東京都区内に2校、神奈川県川崎市内に1校の日本語学校を所有している日本語学校オーナーである。東京都内の2校の経営は比較的順調であるが、田中にとって川崎日本語学校の経営は頭痛の種になっていた。
先日の東京都区内のホテルのミーティングルームでの会合で、田中は三田に川崎日本語学校の内情を説明していた。
三田は適宜質問や確認をしつつ、田中の話を聞く。
田中は、懇意にしている同業者の一人、日本語学校オーナーである内村一郎に川崎日本語学校を売却することを検討していて話を持ちかけたが、東日本大震災以降、内村の学校も現場が混乱していて経営資金も余裕があまりなさそうだ、と伝える。
次いで、田中は、日本語学校業界外の他、介護給食と介護人材派遣のサービス会社、そして、食品加工会社に外国人派遣を行っている人材会社の2社に日本語学校の売却を打診しようとしていることも知らせた。
田中は売却の相場と思われる金額や売却のプロセスも事細かに語り出した。
しばらく黙って田中の話を聞いていた三田は
「だいたいのお話はわかりました。それはそうとして、福井君には相談しているわけでしょう?福井君は何て言っているの?」
と尋ねる。
田中の東京都内の2校には、日本語学校の実務を担い、田中の法務兼財務コンサルタントも務める福井俊夫がいる。
田中は福井に川崎日本語学校の件に関して当初から相談するつもりがなく、想定していなかった質問だった。
福井について聞かれたことに戸惑いを覚えて、田中は、思わず、
「福井には東京の2校の学校実務と不動産取得を担当してもらっているよ。言うのを忘れていたけど、実は4校目の日本語学校を埼玉県の大宮か浦和あたりに立ち上げようと思っているんだ。川崎のほうには関わらせていないから、相談はしていないんだよ」
と言ってしまう。
後から考えてみれば取り繕うようはあったと思われるのだが、田中は福井に相談もしていなかったということだけではなく、4校目の学校立ち上げのことも明言してしまった。
川崎日本語学校の管理のずさんさとマネージメント不在、川崎の学校が立ち行かないまま4校目の日本語学校の立ち上げを計画していること、福井に相談もしていないこと、三田は田中が日本語学校の経営を任せようと思っていただけあり、それまでの2時間ほどの話で問題の所在を認識したようで、その後、2時間近く、丁寧な言葉ながら厳しい批判と追及を続けた。
日頃批判にさらされることがほぼない「一城の主」、日本語学校オーナーの田中にとって、三田に批判、追及されて極めて不愉快であったが、経営を任せようと考えていた三田の的確な批判や改善案に対してきちんと反論することすらできず、その場で代案も用意できなかった。
自らの失敗と責任を認識させられてしまい、ますますストレスを抱え、田中は帰宅した。
後日、持病の再発で都内の病院に2日間入院するはめにもなった。
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数か月後、紆余曲折はあったが、結局、三田の強い後押しもあり、川崎日本語学校は元の所有者田中から福井が買い取ることに決まった。
福井は東京の実務から離れ、ほぼ毎日川崎日本語学校に顔を見せるようになった。
学校の日本語教師、学校職員と面会して個別に話を聞くとともに、合わせて、信用金庫や家族からの資金調達を行い、学校所有者の変更手続きを進めた。
田中が所有する東京の2校の学校実務を担い、田中の法務兼財務コンサルタントも務めていた福井は、学校の問題の所在を把握するのも迅速であった。日本語学校の所有、経営の移転は比較的順調に推移していく。
福井は田中の埼玉県の日本語学校立ち上げの件でも可能なかぎり協力をすると言い、その後、実際に田中の新規学校開校立ち上げに少なからず協力を惜しまなかった。
遠からぬ将来日本語学校を開校したいと思っていた福井にとって、川崎日本語学校が大きな問題や問題の種を抱えていると認識していたが、思わぬチャンス到来により独立への一歩を少なくとも数年は早めに踏み出すことができて良かったという実感も持っていた。
他方、田中は福井や三田に直接は言わなかったが、だれかれかまわず福井が川崎日本語学校を買い取る買収金額が安いと愚痴をこぼし続けた。買収金額は埼玉県の日本語学校立ち上げの件の協力という条件を織り込んだものだったのだが、愚痴を言う相手には言わない。
田中からみれば、自らが立ち上げた日本語学校を手放すのは残念であった。川崎日本語学校の経営問題に頭を悩ます期間が思っていたより短く済んだのは良かったのだが、納得し切れない思いが買収金額が安いと愚痴る一因のようである。
そうこうしているうちに、韓国、台湾の留学生募集は相変わらず困難だが、一時期留学生離れが起きた中国からの私費留学生が増加に転じそうな兆候がはっきりし、多くの日本語学校業界関係者が安堵することになる。
東日本大震災以降、留学生受け入れ状況が大きく様変わりし、韓国人留学生と台湾人留学生の人数が急減し、その一方で、日本の多くの日本語学校が受け入れるのは中国やベトナム、ネパールなどからの留学生が多くなり、今後少なくとも数年間はそのような状況に変化はないだろう、と思われた。
お読みいただき、ありがとうございました。