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第9球 しょうがねーなあ!!

 



 その日の放課後。

 大山と宗谷の二年生。

 小西と文学、中丸と城田、うららの一年生五人がグラウンドに集合していた。

 まだユニフォームは持っていないので、全員学校の体操ジャージだ。

 雄馬がこの場にいないことに、ヤンキー座りをしている中丸が不満げに文句を垂らす。


「なんだなんだ、人のこと誘っておいてリーダーが練習をバックレるたぁどーいうことなんだ!?」

「そーだそーだー」


 手をあげて便乗する小西。

 それを横目にため息を吐く文学。


「カ~ズ、そんな怒っちゃダメだよ。でも春野さん、進藤君は今日は来ないの?」


 城田が中丸を宥めつつうららに尋ねると、彼女は申し訳なさそうに謝る。


「ごめんね、雄馬君、今日は来れないの。どうしても野球部に入れたいっていう人がいて、放課後はその人を説得したいんだって」

「へえーそうなんだ」


 と城田が納得している時、その場にいる全員は同じことを考えていた。


((あれ……?春野今、進藤のこと名前で呼んだ???))


 時が止まったように身体を固まらせるみんなに、うららはこう提案する。


「だから今日は、私たちで練習しよ!グローブはないけど、ボールは沢山持ってきたから!」


 そう言って、学校鞄とは別のバックからボールを取り出した。

 大山が「いんじゃんね」と続けて、


「ここにいるみんな、俺以外全員初心者だからな。今日は第一回目の練習だし、まずは道具になれるってことで。俺も家にあったボールとバットを持ってきたし、グローブも古いの持ってきたから」

「大山先輩、ありがとうございます!」


 気がきく大山にうららがお礼を言う。

 小西も「あざーす!」と軽い感じで言った。


「へーこれが硬式ボールかー、硬ってえんだなー。軟式のボールなら遊びで触ってたけど、全然違うんだなー」

「これが140kmで飛んでくるのか……当たったら死ぬかもしれん」

「俺にバットを貸せ!ってか打たせろ!おい誠、お前ピッチャーやれ!」

「ええー、そんな急に言われても無茶だよー」


 わちゃわちゃしている一年生を眺めて、二年生はげんなりしたように、


「一年は個性強いやつしかいねーな……」

「そうみたいだな、俺たちがしっかりしよう。一応上級生だし」


 宗谷が言うと、大山が「おう」と頷いて。

 二年生も一年生に交じってわちゃわちゃしている光景を眺めながら、うららは心の中で雄馬を応援する。


(雄馬君、こっちはみんな頑張ってるよ。雄馬君も頑張って!)




(はぁ~、今日は何すっかな)


 光一はつまらなそうな顔で空を見上げながら、帰り道をぶらぶら歩いていた。


(ゲーセンも飽きたし、欲しかった服や財布も買った。なのに……全然面白くねー)


 高校に入学して、これまでやれなかったものを、やりたかったことを一杯やった。

 ツレを作って下校の途中で買い食いしたし、ゲーセンにも行ったし、買い物をしたり、学校の可愛い子を探したり……中学でできなかったことをほとんどやった。やりつくした。

 なのになんだろう。全く満たされないこの感覚は……。

 お前が欲しているのは、“これ”じゃないだろと、心が叫んでいるような感覚は……。


「くっそ、あいつのせいだ」


 思い浮かぶのは一人の少年。

 進藤雄馬の顔だった。

 自己紹介で甲子園に行くと言った時は心底驚いた。

 野球部がない青北で、そんな大それたことを言ってしまえるのだから。

 冗談も面白いし、結構男前だし、こいつと接点を作ってダチになれば、女子にナンパしてもいけそうとか軽い気持ちで話しかけてみれば、雄馬はガチだった。

 本物の野球馬鹿だった

 野球部がないと分かったら、野球部を作ろうとした。

 それも、初日から行動を起こしていた。

 次の日も次の日も、雄馬はせわしなく教室を後にして、全学年全クラスを回って野球部の勧誘をしていた。

 野球部に入るつもりはなかった光一は、雄馬とは深く関わるのはやめようと決意した。

 何度誘われようが、軽く流した。

 そのたび、心がざわついたのを、必死に押し殺して笑顔を保った。

 だけど、あの時だけは笑えなかった。

 部活動紹介の時、雄馬の演説を見て周りはなんだあいつと馬鹿にして笑っていたけど、光一は一度も笑わなかった。

 笑えなかった。

 歯を食いしばって、爪痕が残るほど拳を強く握りしめていた。

(あんなの見ちまったら、俺は……っ)と考えていると、


「八乙女!」

「えっ?――うお!?」


 後ろから名前を呼ばれて振り向いた瞬間、突然胸元にボールが飛んできたので、咄嗟に“左手”でキャッチする。


「あっぶねーな気をつけろ!って、大将か……」

「よう、八乙女」


 そこには、勝気な笑みを浮かべた雄馬がいた。

 今、一番会いたくない奴が目の前に現れた。

 光一は動揺を隠すように無理矢理へらへら笑って、問いかける。


「んだよ、こんなところで油うってていいのか?今日も勧誘しに駆けずり回らなくていいのかよ」

「勧誘なら今来てるだろ」


 その意味は、十中八九光一のことだった。

 光一は首を振ると、


「大将もしつけーなー。野球はやらないって言ってんだろ。あんなスポーツやりたくねーわ。臭いし、疲れるし、坊主だし、女子にモテねーし、全くいいことねーし。そうだ、大将も俺と一緒に今からナンパしねーか?絶対そっちの方が面白いって」

「お前、野球やってただろ」

「は?」


 突然そんなことを言われて驚く光一は、慌てたように、


「あんなつまんねえスポーツやるわけねーだろ。冗談もほどほどにしてくれって!」

「俺が投げた胸元へのボール、左手でキャッチしただろ。まあまあ速く投げたしな、素人じゃまず取れねえよ。お前は間違いなく経験者だ」

「……」


 そこまで言われてしまっては言い逃れはできない。

 恐らく、雄馬はかなり前から怪しいと思っていたはず。

 光一はやれやれと手を振って観念した。


「ああそうだよ、俺は中学の時に野球部に入ってました。これでいいだろ」

「何で野球をやめようと思った」

「――ッ」


 その言葉がナイフのように突き刺さり、光一は一瞬思考が止まる。


「そんなの……お前に関係ねえだろ」


 怒気が含まれた声音で告げ、ボールを雄馬に投げ返す。

 キャッチした雄馬は「関係ある」ともう一度光一にボールを投げ、光一は避けることはできず、条件反射で取ってしまう。


「……」

「お前が野球をやらない理由を教えてくれるまで、俺は毎日お前に付きまとって勧誘する」

「おいおい、冗談だろ?」

「部活紹介に飛び入り参加するような奴だぞ。冗談で言ってるように思うか?」


 真面目な顔をして言いのける雄馬に、光一は「あーもうわかったよ!」と頭をガシガシ掻いて、


「言えばいいんだろしつけーなぁ。チッ、じゃあ行くぞ」

「どこ行くんだよ」

「こんなところで真面目な話できっか」


 と言って歩いてしまう光一についていくと、小さな公園にたどり着いた。

 光一は「ほらよ」と雄馬にボールを返す。

 どうすればいいのか困惑している雄馬に、光一が催促した。


「ほらよこせよ。グローブは持ってねえから優しく投げろよな」

「話してくれるんじゃねえのかよ」

「ばっかお前、面とむかってそんな真剣に話なんてできるか、こっぱずかしい。キャッチボールしながら話してやんよ」

「それなら、まあ」


 納得したように頷いた雄馬は、光一にボールを投げる。

 それから無言のキャッチボールが数回続いた後、光一がぽつりと話し始めた。


「中学の時さ、それなりに楽しかったんだ。強くもなく、弱くもなく。それなりの学校で、それなりの野球をやってた」


「けどさ、三年の春のデカい大会で強豪校と当たったんだ。点を取って取られたりで、すげー白熱した試合だった。手に汗握る展開ってのは、まさにあのことだったよ」


「結果は惜しくも2-3で負けちまった。負けちまったけど、俺は手ごたえを感じたんだ。県で優勝して全国に行くようなやつらと、互角に渡りあったんだからな。次なら勝てる、こいつらとなら勝てる!と、柄にもなく思っちまったわけだ。けど、熱くなってたは俺だけだった……」


 光一はあの日を思い出す。


『なあ、俺達凄くねーか!?あの大使中といい勝負したんだぜ!』


『あーそれな』


『もっと練習すれば、夏であいつらにだって勝てるさ。やろーぜみんな!』


『……いや、俺達はいいよ。このままで』


『どーしてだよ!?今日の試合も惜しかったじゃねえか。大使中に勝って優勝して、全国行こうぜ!』


『惜しかったって言っても、取った2点も光一が打ったからだし、3点しか取られなかったのもお前の守備が神ってたからだよ。俺達はなんもしてねえ』


『いやいや、んなことねえって!みんなだってやれてたじゃねえか!』


『違うんだ光ちゃん……僕らは凡人だよ』


『いいよな、才能があるやつって』


『まあ、これまで通り楽しくやろうや。な、光一』


『……あ、ああ……』


 強豪校と戦って手応えを感じていたのは光一だけだった。

 野球に対して熱意を燃え上がらせたのは、光一だけだった。

 みんなで一緒に全国をめざしたいと願ったのは、光一だけだったのだ。

 春の大会後、チームメイトはいつもと変わらず楽しみながら緩い練習を続けた。

 光一は胸にもやを抱えたまま、最後の夏の大会を迎えた。


「……最後の夏の大会、結局俺達は2回戦で負けた。けどみんな、すげー満足そうだったよ」


 その時の光一は、みんなと一緒に笑っていた。

 しかしそれは精一杯の作り笑いであり、心の奥底で大事ななにかが壊れ、野球に対する気持ちが急速に冷えていくのがわかった瞬間だった。


「それからさ、何で俺は野球なんかやってたんだって思ったんだよな。こんな無駄なことに三年間費やしたことが、馬鹿で滑稽に思えた。だからもう高校は野球をやらないで、地元の青北に来たんだ。ここなら女子も沢山いるし、甘酸っぱい青春を謳歌してやろうと思ったのよ」


 光一はボールを投げ返さず、寂しそうにじっと見つめる。


「これが野球をやらない理由だ。もう俺を野球に誘うなよ。まぁ、大将は面白いし、これからも浅い付き合いで仲良くやっていこうや」


 作り笑いをしながらそう言って、光一はボールを投げる。

 しかし雄馬は、そのボールを受け取らなかった。

 雄馬は真剣なまなざしで、一言。


「やだね」

「……は?」

「今の話を聞いて、はいそうですかと俺が引き下がると思ったのかよ。バーカ、逆だ逆。んな話を聞いちまったからには、何がなんでもお前を野球部に入れてやる」

「おいおい話が違うじゃねーか、理由を話したら誘うのやめるって言ってたじゃねーかよ」

 怒りをあらわにする光一に、雄馬はこう告げる。

「バカかお前、そんなの理由によるだろ」

「はあ?」

「お前が心底野球を嫌いになったとか、家庭の事情とか、もしくは本当に打ち込みたいものができたとかなら、ちょっとばかし諦めてたかもしれねぇ。けど、どうやらそうじゃないみたいだしな。んなしょうもねえ理由なら、俺が諦める必要はどこにもねぇよ」

「しょうもねえ理由だと?お前に俺の何が分かるってんだよ!?ああ!!昨日今日会ったようなやつが、分かった風に口きいてんじゃねえよ!!」


 激昂する光一に、雄馬は冷静に伝える。


「お前のことなんか知らねぇけど、一つだけ確かに分かることはある。それは八乙女が、野球が大好きだってことだ」

「なに言ってんだお前、だから俺は……」

「強い敵に負けて、全力で悔やんで、次は勝ちたいって真剣に思うやつが、本当に野球を嫌いになるはずがねぇんだよ。野球をやりたくない?そう思ってんのは、お前が野球をやりたいって思いを押し殺さなきゃ頭が狂いそうになるからだろーが」

「……」


 言い返す言葉が出てこない光一に、雄馬は「はっ!」と馬鹿にするように笑って、


「青春を謳歌したいとかほざいておきながら、遊びにもいかねーで、つまんねー顔して空を眺めてよ、それがお前がしたかったことなのか」

「……俺は」

「まだグダグダといじけてんのか、クソガキが!」


 とうとう切れた雄馬がどっしどっしと光一に向かっていき、がばっと胸倉を掴み上げた。

 雄馬は光一の目をまっすぐ見つめながら、叫んだ。


「俺がなぁ、何でお前に拘るかわかるか!?」

「し……知るかよ」

「じゃあ教えてやるよ。俺が野球の話をするとき、お前はいつも苦しそうな顔になってんだよ!!」

「――!?」

「自分では気持ち悪い作り笑いを張り付けられていると思ってたんだろ。残念だったな、俺にはお前の顔が、どうしても野球がやりたいって言ってるように見えて仕方なかったぜ!!」


 雄馬は光一を放り投げる。

 地面に倒れ込む光一は、なにも言い返すことができず項垂れてしまう。

 そんな彼に、雄馬は手を差し伸べた。


「何度だって言う、八乙女、俺と一緒に野球をしよう」


 その言葉、その手に光一は……。


「進藤……お前、甲子園に行くとか言ってたよな。本当に行けると思ってんのか?こんな野球部のないところでよ」

「ふん、今さらつまんねーこと聞くんじゃねぇよ。行けるか行けないかじゃねぇだろ、“行く”んだよ」

「……は、はは、はははははは!!」


 突然大声で笑いだした光一。

 その時彼の瞼には、一粒の雫が溢れていた。

 光一は雄馬の手を、ぐっと取って立ち上がった。


「負けたよ大将、お前のしつこさにはかなわねーな。いいぜ、入ってやる。しょうがねえから野球部に入ってやるよ」

「ああ、知ってた」


 光一は目を見開くと、「ふっ」と笑って、


「……なんだそれ。けどな、野球部には入るが、俺がつまらねーと感じたら即やめるからな。それだけは初めに行っておくぜ」

「あれ、俺も言わなかったか?野球部に入ったことを絶対後悔させないってな。それにお前はつまんねーとか言ってらんねーぞ。なんせ青北うちは初心者ばっかで大変だからな。“光一”には働いてもらわなくちゃ困る」

「ああー!?なんだそれ、入ったばっかでもう後悔してんだけど!!おい、ちょっと待てや“雄馬”!!」

「はっはっは、まだみんなグラウンドにいるかもしれねえ。早く行こうぜ、光一!」

「……ちっ、しょうがねーなあ!」


 作り笑いではなく、本当の笑顔を取り戻した光一の背中を、空に浮かぶ夕日が優しく見守っていたのだった。




野球部復活まであと一人!


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