第8球 光一を説得しろ!!
部活動紹介に飛び入り参加し、野球に対する雄馬の気持ちが伝わったことで、新しい仲間が四人加わった、次の日の早朝。
雄馬が外野に生えている雑草をひっこ抜いていると、土手の上から可愛いらしい声が降ってきた。
「進藤くーん!」
「春野……」
たったったと快活に階段を下りてくるうらら。
「おはよう!」
「おはよう、こんな早くにどうしたんだよ」
「それはこっちのセリフだよ。進藤君、放課後だけじゃなくて、朝にも早く来てグラウンド整備してるでしょ。もー言ってよ。マネージャーなんだから、私もやるのに」
ぷんすかと頬を膨らませるうららに、雄馬は罰が悪そうに頭を掻いて、
「はは、悪かったよ。でも、ただでさえきつくて大変なのに、女子に朝まで手伝ってくれとは言えねえだろ?そのうえ、春野は身体も小っちゃくて体力もあんまりないしな」
「……気遣ってくれてたんだ。えへへ、なんだか嬉ししいな。実はそうなんだ、進藤君の言う通りここ最近全身筋肉痛で……」
「だろ?」
にこやかに笑ううら。
彼女の明るさは、朝日にも負けていなかった。
「ちょうどいいし、ちょっと早いけど朝はこんなところで終わりにしとくか」
「あ!ならこっち来てくれない?渡したいものがあるんだ」
そう言って、うららはグラウンドの端にある古びた木製ベンチに雄馬を誘う。
因みにこの木製ベンチも汚かったが、うららが頑張って掃除済みである。
うららがはしっこに座り、ぽんぽんと隣を叩く。
雄馬はうららと拳一つ分間隔をあけて、隣に座った。
「なんだよ、渡したいものって……」
雄馬が催促すると、うららはごそごそと鞄の中から三つのおにぎりを出した。
「雄馬君、朝ごはん食べてないかなと思ってこれ作ってきたの」
「くれるのか!?」
「勿論!具はしゃけに梅干しにこんぶだよ」
「おおーサンキュー!もらうもらう!ちょうど腹減ってたんだよ!」
ご飯と聞いて大喜びする雄馬は、うららからおにぎりを受け取り、豪快にほおばる。
「んまい、んまい」
「はい、お茶もあるよ」
「ん……サンキュー」
うららは水筒のコップにお茶を注ぎ、雄馬に渡す。
ごくごくと一気にお茶を飲みほす雄馬。
「かーーー!!やっぱにぎり飯にはお茶が一番だよな!」
その後も、二つのおにぎりをあっという間にぺろりと食べてしまう。
彼が美味しそうに食べているところを、うららはずっとにこにこしながら眺めていた。
「なんだよじろじろ見て。ごはん粒でもついてるのか?」
「あっごめんね。進藤君の食べっぷりが、うちの五郎に似てて」
「五郎?兄弟か?」
聞くと、うららは首を横に振って、
「ううん、ペットの柴犬だよ。五郎も食べっぷりが凄いんだ」
「俺はペットと同じかい」
そう突っ込むと、うららは「あはは!」と笑った。
するとうららは鞄の中から何かを取り出して、
「あっ進藤君、これお昼にって作ってきたんだけど、よかったら食べて」
うららが差し出してきたタッパーを受け取る。
タッパーの中身は肉や野菜などのおかずだった。
「進藤君、いつもお昼は大っきいおにぎりだけでしょ?一人暮らしって言ってたからしょうがないけど、それじゃ栄養にならないと思って作ってきたんだ」
「わざわざ俺のために?」
「うん、迷惑……だったかな?」
「んなことねぇよ。すげえ嬉しいし、すげえ助かる!ありがとな、うらら!」
満面の笑みを浮かべて雄馬がそう言うて、彼女は「え?」と驚いていて、
「どういたしましてって……今進藤君、うららって……」
名前を呼ばれてびっくりしていると、雄馬は鼻の下をこすりながら「へへっ」と照れくさそうに笑って、
「名字読みだと他人行儀みたいだろ?俺とうららはもう仲間だし、そろそろ名前で呼んでもいいんじゃないかと思ってな。だからお前も、俺のことは雄馬でいいぜ」
雄馬がそう言うと、うららは恥ずかし気に彼の名を口にする。
「ゆ……雄馬君……」
言った瞬間、かーーと顔が真っ赤になるうららは、恥ずかしさに耐えられず咄嗟に話題を変えた。
「そ、そういえばさ!あと二人だよね!」
彼女の言っていることは野球部員のことだろう。
プレーする人数は昨日加わった4人を含めて7人になった。
野球を出来る人数になるには、後2人は必要となってくる。
「そうだなー。けど、そのうちの一人はもう目星はついてんだ」
「そういえば昨日言ってたよね。どうしても野球部に入れたいやつがいるって」
「ああ。散々誘ってるんだけど、のらりくらりと躱されちまうんだよ」
ちょっと落ちこみ気味に話す雄馬に、うららがガッツポーズをして応援する。
「ゆ、雄馬君ならきっと大丈夫だよ!昨日の部活紹介での演説、本当にすごかったもん。こうなんだか、ぐわーっと胸が熱くなって、すごく野球やりたい!ってなった」
「……そうだな。もう一度、今度は本気であいつとぶつかってみるわ」
「うん!応援してる!あっそろそろ時間だね、遅れないように行こうか!」
「お、そうだな」
朝HRの時間が迫ってきたので、二人は片付けをして一緒に学校へ向かったのだった。
昼休み。
雄馬がおにぎりを取り出していると、光一がニヤニヤしながら近寄ってきた。
「よー大将、今日もそのでっけぇおにぎり食ってんのか」
と言いつつ雄馬の前の席に座り、菓子パンを袋から開ける。
ここ最近は、こんなやり取りをしながら二人で食べていた。
雄馬は意味深にちっちっちと、指を振ると、
「今日の俺はおにぎりだけじゃないんだなーこれが」
もったいぶるように言うと、スポーツバッグからうららがくれたタッパーを取り出した。
光一はタッパーの中身を確認すると、
「おっ、おいしそうなおかずじゃねーか!なんだ大将、ヘンテコなおにぎりしか作れないと思ったら意外と料理スキルもあるんじゃねーか」
「お前、俺がこんな料理できるように見えるか?」
呆れたふうに雄馬が言うと、光一は「いーやまったく」と即答した。
ならば誰が作ったのだろうか。
雄馬が一人暮らしなのは光一は知っているので、おかずを作ってくれる人が思い浮かばない。
「じゃあ誰が作ったんだよ」
「ふっふっふ、それは内緒だ」
「キモ」
「あんだと」
雄馬がムッとしている間に、光一が手を出す。
「もーらい」
「あっテメエこら、俺のおかずを奪うんじゃねえ!」
光一がタッパーからおかずを奪って食べると、雄馬はタッパーを慌てて隠す。
おかずの味を確認する光一。
「うーん、普通に上手いな。冷食でもなさそうだし……うらやましいぜ」
「そういや八乙女はいつも菓子パンだよな。お前も一人暮らしなのか?」
「いや、普通に実家暮らしで両親もいるぜ。ただ俺が小食なのと、菓子パンが好きってだけの理由だな」
「よくそんなんで足りるな」
「大将が多すぎるんだよ。お前の見てるだけでこっちがお腹一杯になっちまうぜ」
それからも二人は他愛ない会話を続け、昨日の部活紹介の話題になる。
「そういや昨日の部活紹介は驚いたぜ。まさか大将が乱入してきて、熱い演説をかましてくるんだもんよ。笑いを堪えるのに大変だったわ。どうだ?あの演説の効果は多少はあったのか?」
「ああ、その日に四人も入ってくれたよ」
その言葉に光一は目を見開く。
が、それは一瞬で、彼はすぐにいつものように笑うと、
「マジか……そらー物好きがいたもんだねー」
パックジュースのストローを咥えながら言う光一に、雄馬が問いかける。
「お前はどうだった?」
「……何が?」
「お前は俺の話を聞いて、何も感じなかったか?」
「……」
その時、光一の脳裏に、壇上に立つ雄馬の姿がよみがえった。
『この青北高校は一度、甲子園で優勝している。そんな強い学校の野球部がどうして廃部になっちまったのか知らねーけど、俺はもう一度野球部を復活させて甲子園をめざしたい。でもそれには、お前たちの力が必要なんだ』
『きついし、面倒なことも多いし、金もかかっちまう。けどそれ以上に、野球は楽しいんだ。あれほど夢中になれるものを、俺は知らない』
『約束する、野球部に入ったことを絶対後悔させない。そして俺が必ず甲子園に連れていく』
あの演説を見て、光一が感じたことは――。
「……ああ、何も感じなかったぜ。大将がまーたやらかしてるって爆笑してたわ」
「……そうか」
おどける光一の反応をじっと見ていた雄馬は、決心したのだった。
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