第47球 vs東峰大相模高校8 勝とうぜ
青北高校と東峰大相模高校との試合。
七回の表に先頭バッターの雄馬が二塁打を放ち、続く四番の慎吾がフェンス直撃の二塁打を放ってついに先制点をもぎ取る。
しかし、雄馬の体力はもうとっくのとうに限界を迎えしまっていたのだった……。
七回の裏。
東峰大相模の攻撃。
東峰ベンチは、円陣を組んでいた。
監督の森下が、みんなに聞こえるように問いかける。
「七回裏、1-2で東峰がリードされている。誰かこの状況を予想していた者はいいるか?」
「「……」」
誰も口を開くことは出来かった。
無言の彼等に、森下監督は続けて、
「私も含めて、誰もいないだろう。二軍監督の曽根崎から話は聞いていたが、進藤君がここまでの選手とは思いもしなかった。だが、見ての通り彼の体力はもう欠片も残っていない。立っているのも辛いはずだ。打て、打ってあのピッチャーを楽にしてやれ!!」
「「おう!!」」
『五番、レフト、我妻君』
打席に入る我妻は、雄馬を睥睨する。
(俺達相手によくやった。認めてやるよ、進藤雄馬)
第一球目、力のないまっすぐを我妻が見送る。
(だが、もう終わりだ!)
二球目のストレートを強振。
強打された打球は――雄馬の左足へ。
「――ッッ!!?」
「雄馬!!」
足にぶつかり、ボールはセカンドへ。
小西が慌てて捕球するが、ファーストには投げれない。
「進藤!!」
「雄馬!!」
「審判、タイム!!」
大山が慌ててタイムを取り、内野陣がうずくまっている雄馬に駆けよる。
「大丈夫か!?」
「左足か!?」
「おい、雄馬!!」
安否を気にする仲間に、雄馬はぐっと立ち上がって、
「なーにみんなして青い顔してんだよ。だーいじょうぶだって。ちょっと当たっただけだ、全然なんともねえよ」
「本当なのか?本当になんともないんだろうな!?」
大山がしつこく聞くが、雄馬は「平気平気」と軽く答える。
すると、主審もやってきた。
「君、大丈夫かい?」
「はい、全然平気っす」
「そうか……だけど、無理だと判断したらピッチャーを代えてもらうからね」
「うっす」
雄馬本人が大丈夫と言うならばと、主審は戻っていく。
大山も、真剣な顔で雄馬に告げた。
「頼むから、絶対に無理だけはするなよ」
「わーってますって。ほら、早く守備について下さいよ。また注意されちゃいますよ」
しっしと手を振ってそう言えば、みんなはポジションに戻っていく。
『いやー痛そうでしたねー、大丈夫でしょうか?』
『大丈夫ではないでしょうね。ライナー性の強打が直接当たってますから。普通だったら担架ですよ』
『ええ!?では、進藤君はどうして続行しているのでしょうか!?』
『なんとなく考えは分かります。彼以外にピッチャーをできる選手がおらず、また彼が抜けてしまったらその時点で試合続行不可能になってしまうからでしょう』
『そう……でしたね。では、進藤君は痛みを我慢しているという事でしょうか』
『ですね。ただ、審判もマズイと判断したら止めるでしょうから。その見極めは難しいと思いますが……。』
雄馬のデットボールを見ていた愛理は、蟹田の胸に顔をうずめながら、
「もう無理、無理だって。なんでダーリンばっかり……」
「そうだね、なんであいつばっかり……」
「絶対痛ぇだろ……続行できんのか」
「俺、あんなん絶対泣く自信あるよ……」
「雄馬君……本当に大丈夫なのだろうか……」
顔を青ざめる静香が、えりなに声をかける。
「ねえ彼、大丈夫かしら。誰かと交代した方が……」
「痛い……です」
「交代できる選手がいないのよ」
えりなは雄馬を見つめながら、
(そんな身体ではもう無理よ、どうしてやめないの!?)
(悪く思うな、進藤。だが、もうこれで……)
一塁から雄馬を見る我妻。
ノーアウトランナー一塁。
『六番、ファースト、山本君』
山本は打席に入る前に、監督に指示を仰ぐ。
森下監督は山本に(待て、様子をみろ)とサインを送ると、山本は頷いた。
「プレイ!」
雄馬はセットアップを構えるも、
「はぁ……はぁ……(やべえな、めちゃくちゃ痛ぇ。こんなに痛ぇの、爺ちゃんにぶん殴られた以来かもしれねえな)」
左足の激痛に、のたうち回りそうになる。
けど、泣き言なんか言ってられないと、唇を強く噛みしめた。
(こんな痛みで、試合を中断してたまるかよ!)
第一球目、雄馬が左足を踏み込むと、
「ぐっ!」
左足の痛みに、ボールが大きく逸れる。
大山はなんとかキャッチしたが、
「雄馬!」
大山が声をかけるも、雄馬は平気なふりをしてボールを要求する。
仕方なく、大山は雄馬にボールを返す。
しかしそこから三球続けてボールとなってしまい、フォアボールとなってしまう。
ノーアウトランナー一塁二塁。
『七番、センター、鞍馬君』
打席に立つ鞍馬だが、監督からのサインは待てであった。
さらに二球続けてボール。
完全に制球が定まらなくなっていた。
(やべーな、痛みで身体の軸がぶれやがる。さて、どうやって投げればいいのかね……)
自分でもどうにも出来ない雄馬。
そんな彼は、ふと青北のベンチが視界に入った。
「うらら……」
うららは目に雫を溜めながら、祈るように雄馬を見つめていた。
(んだよ、その泣きそうな面は。そんな顔で見んなよな)
雄馬はそれから、内野陣の顔色を窺う。
みんな、心配そうな顔で雄馬を見ていた。
(どいつもこいつも、しけた面しやがってよ。そんな顔して野球しても、面白くもなんともねぇだろ)
そこで雄馬は気付く。
(ああ、そうか……。あいつらにあんな顔をさせちまってるのは、俺なのか)
「プレイ!」
雄馬は突然、大きく振りかぶった。
「「――!?」」
すかさず二塁の我妻と一塁の山本が盗塁を仕掛けた。
(はっ……情けねぇよな。こんな姿爺ちゃんに見られたら、拳骨どころじゃねぇよ)
身体を捻り、左足を踏み込む。
激痛が走るが、雄馬は強靭な意思で耐え、ボールを投げる。
――ズドンッ。
鈍く重たい音を響かせ、雄馬のボールは大山のミットに収まった。
「す、ストラーーイク!!」
電光掲示板には、140kmと表示されていた。
「「――!?」」
その剛速球を目の当たりにし、誰もが目を見開く。
続く四球目も、ど真ん中に140kmのストレートが決まる。
カウント2-2。
(馬鹿な、あの身体のどこにそんな力が残っているというんだ!?)
森下監督が驚愕する中、雄馬の五球目が放たれる。
鞍馬はスイングするが、ボールはバットの上を通り過ぎた。
「ストライクバッターアウト!!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
『三振、三振です!進藤君、11個目の三振を奪いました!!そして再び140kmと球威が戻っています!!これはどういうことなんでしょうか、坂巻さん!?』
『すいません、正直わかりません。もう投げるのだって辛いはずですのに、どこにあんな力が……』
雄馬の底力に、解説の坂巻も困惑してしまう。
ワンナウトランナー二塁、三塁。
『八番、ライト、阿部君』
打席に入る阿部は、雄馬の一球目を見て恐怖する。
(意味わかんねえ。さっきまでへばってた奴の球じゃねぇぞ、何がどうなってんだ!?)
続く二球目もど真ん中のストレート。
だが阿部は振り遅れてしまう。
(速いッ……初回より速くなってないかこれ!?)
そして迎えた三球目。
三度のど真ん中ストレートを空ぶってしまう。
「ストライクバッターアウト!」
またもや三振に打ち取ってしまう。
(雄馬、お前ってやつは、本当にッ!!)
(どうなってんだこいつ……)
(はは、バケモンじゃん)
(訳がわからない。何故あの状態で球威が復活するんだ)
雄馬のピッチングに、青北の選手は圧倒していた。
ツーアウトランナー二塁、三塁。
『九番、ピッチャー、四宮君』
(しつけえんだよ。さっさと落ちろよルーキー!!)
四宮は一球目から積極的に振るが、
(バットに当たらねえ!?)
ボールはバットを置き去りにし、大山のミットに吸い込まれた。
「ストライクバッターアウト!!チェンジ!!」
「しゃあああ!!」
マウンドで雄叫びを上げる雄馬。
それに呼応し、仲間も「っしゃああああああ!!」と吠えた。
「ナイスピー!」
「やるじゃねぇか進藤!!」
「なんだよ、足平気なんじゃねーか」
「雄馬、お前ってやつはよう!本当によう!」
歩きながらベンチに戻る雄馬に、みんなが駆け寄って声をかける。
雄馬は「へっ」と強気な笑みを浮かべると、
「お前等の情けねぇ顔見てたら、痛みなんか吹っ飛んじまったぜ」
「この野郎ー!」
雄馬がベンチに戻ると、うららが氷嚢を持ちながら駆け寄る。
「雄馬君早く座って、冷やすから!」
「お、おう」
有無を言わせぬ勢いで言ってきたうららに何も言えず、雄馬は素直に従う。
すかさず、うららは氷嚢を雄馬の患部に当てた。
雄馬は自分でやると言ったが、うららは頑なに拒否した。
「ねえ雄馬君……」
「あん?」
「本当に大丈夫だよね?怪我してないよね?」
「……」
振るえた声音で聞いてくるうららの頭に手を乗せながら、
「大丈夫だ。あとアウト六つ、絶対抑えて勝ってやるよ」
「……うん」
実況の高野は、雄馬のピッチングに震えていた。
『三者三振です。もう一度言います、三者三振です。もう体力が尽きていた進藤君、140kmを連発し、最大のピンチを三者三振で切り抜けました。なんという事でしょう。私は今、夢でも見ているのでしょうか……』
『そうですね。夢でもないと信じられません』
八回の表。
青北高校の攻撃。
先頭バッターは八番の城田から。
『八番、レフト、城田君』
打席に入る城田は、雄馬のピッチングを思い出していた。
(本当に凄いよ進藤君、あんな足であんな凄いボールを投げるなんて……)
一球目と二球目を空ぶり、2-0と追い込まれてしまう。
(なんとかしたい。打って進藤君の役に少しでも立ちたい!)
そんな強い思いを抱きながらバットを振るが、スライダーを空振り三振に打ち取られてしまう。
(くそ、僕はほんとうにッ……)
バットで自分の額をこつんと当て、悔し気に打席を去る城田。
ワンナウトランナー無し。
『九番、センター、中丸君』
「……」
(こいつ、どれだけベースに覆い被さってるんだ。当たるのが怖くないのか?)
中丸は二回戦の時と同様に、ベースに身体を覆い被せていた。
(出てやる、何が何でも塁に出てやる!)
(そんなので同様するのは二流のピッチャーだ。東峰のエースを舐めるなよ!)
中丸の小細工に、神里は強気なサインを送る。
四宮はアウトコースギリギリにストレートを投げ、ストライクを取る。
(くそ、コントロール良すぎんだろ!!こいつ!!)
二球、三球と同じコースに投げられ、中丸は何もできず三振に倒れてしまった。
「くそおお!!」
何も出来ない自分に、怒りが募る。
ツーアウトランナー無し。
『一番、ライト、宗谷君』
宗谷は左打席に立ちながら、
(中丸、お前の気持ちは痛いほどよく分かる。俺だって、なんとしても塁に出たい!)
一球目のスライダーは見逃してストライク。
(進藤が一人で踏ん張ってんだ、俺達が助けてやらないでどうする!!)
二球目のカーブを空振り。
三球目のストレートに合わず空振り三振に倒れた。
「ストライクバッターアウト!チェンジ!!」
(くそ、歯が立たない!!)
思いだけで打てるほど、東峰のエースは甘くはなかった。
神里は四宮に駆けより「ナイスピッチ、今日一番の球だったな」と告げると、四宮は喜ぶこともなく、真剣な表情で告げた。
「負けてらんないっすよ。エースとして、今日のあいつにだけは」
『三球三振!進藤君に続き、四宮君も三者三振です!!なんという熱い投手戦でしょうか!?八回に入りお互い体力が少ない中、二人の投手がこの暑さに負けない投球を見せています!』
『意地でしょうね。一年生にあれだけのピッチングをされてしまったら、東峰のエースとして四宮君も黙っていられないでしょう』
『そして八回裏は一番田中君と好打順。進藤君、東峰打線を潜りぬけられるでしょうか!?』
青北ベンチ。
「さて、いきますかね。ありがとな、うらら。おかげで楽になったわ」
「雄馬君……」
お礼を言って立ち上がる雄馬。
そんな彼に、大山がグローブを渡しながら、
「勝とうぜ、雄馬」
「……」
雄馬はふっと笑みを浮かべると、グローブを受け取りながら答えた。
「当然」
焼き尽くすような日差しがグラウンドに降り注ぐ。
全身全霊を尽くして死力を尽くす野球選手達を、煌々と輝く太陽が優しく見守っていたのだった。




