第43球 vs東峰大相模高校4 高速スライダー!
青北高校と東峰大相模高校との試合。
1-0で青北リード。
三回の表。青北の攻撃。
打順は九番中丸から。
『九番、センター、中丸君』
「しゃおらぁ!こいや!!」
前試合、逆転スリーランホームランを打ってイケイケな中丸だったが、左効きの150km近いストレートに三球三振に倒れてしまう。
「はっはっは」と誤魔化し笑いをしながらベンチに帰ってくる中丸に、小西が突っ込む。
「あーあ、あのホームランはやっぱりマグレか」
「うるせえ!今に見てろよ!次は絶対打ってやるからな!」
『一番、ライト、宗谷君』
(今度はバットに当てる。そうしなきゃ走ることもできない!!)
左打席に入った宗谷は、左投げの速球に対応するためにバットを短く持ちながら、気合を入れる。
「……」
それを視界に入れていた神里は、四宮にサインを送る。
四宮の第一球目。
(――遠い、ボールだ!)
インコースいっぱいに外れたと予想し、宗谷は手を出さなかったが、
(曲がった!?)
突然ボールの軌道が変わり、手元でイン側に食い込んできた。
「ストライーク!」
「何だ……今のは!?」
変化球に驚愕する宗谷。
さらに二球目も同じコースに同じボールを決められ、追い込まれてしまう。
四宮が投げた変化球に、青北ベンチがざわつき出す。
「何だよあれ!?めっちゃ曲がるじゃん!!」
「えげつない変化量だ……」
「スライダーだ」
慎吾が発言すると、小西が「スライダーって?」と問いかける。
「スライダーは外に曲がる変化球だ。右投手なら左側、左投手なら右側に滑るように曲がる。右投手が投げるスライダーより、横投げ気味に投げる左投手のスライダーの方が変化量が多い。さらに言えば、四宮のスライダーは高速スライダーだ」
「高速スライダーって、スライダーとどう違うんだよ」
知らない単語が出てきたので聞くと、今度は文学が眼鏡を直しながら教える。
「通常のスライダーよりもストレートとの球速差が少ないことだ。球速差がストレートと変わらないという事は……」
続く第三球目。
同じコースに来たボールを、宗谷は曲がると思ってスイングする。
しかし、ボールは曲がらずバットの上をくぐり、神里のミットに収まった。
「ストライクバッターアウト!!」
(曲がらなかっただと!?)
宗谷が三振する場面を見ながら、文学が話の続きを再開する。
「真っすぐとスライダーの見分けがつかなくなる」
「……真っすぐだけでも打てないのに、あんなの打てるわけないじゃん。ずるくね」
「それでも打つしかなーよな」
ワンナウトランナー無し。
『二番、ショート、八乙女君』
雄馬は光一の打席を見据えがら、勝気な笑みを浮かべて、
「――俺達が勝つにはよ」
「ストライクバッターアウト!!」
光一もストレートと変化球に翻弄され、三振してしまった。
攻守交代になり、三回の裏。
東峰の攻撃。
『七番、センター、鞍馬君』
三年の鞍馬が右打席に入り、構える。
雄馬の速球についていくもボールは前に飛ばず、二球で追い込まれてしまう。
(ストレートか、チェンジアップか)
どちらか迷う鞍馬は、雄馬のストレートについていけず三振に喫する。
「ナイスボール!!」
大山は雄馬に声をかけながらボールを返した。
(四宮のストレートと高速スライダーもえげつないけど、雄馬のストレートとチェンジアップも負けてない。あの東峰打線を翻弄している……やっぱりお前は凄い奴だよ、雄馬!!)
ワンナウトランナー無し。
『八番、ライト、阿部君』
続く左投バッター、二年生の阿部を四球で三振に打ち取る。
『九番、ピッチャー、四宮君』
(一年坊主が、舐めてんじゃねーぞ!!)
打席に入る四宮は、マウンドに立つ雄馬を睥睨する。
その強気な表情に、雄馬は口角を上げて、
「いいねえ、そのギラギラした目。俺はアンタみたいなのと勝負すると――」
「ストライク!」
「ストライク!」
「ストライクバッターアウト!!」
(――速えっ!)
「燃えるんだよ」
ピッチャーの四宮もたった三球で三振に打ち取り、チェンジとなる。
『い、いやー……凄いですねえ。これで九者連続で三振ですよ。あの王者東峰相の強打線相手に……いやいや信じられません』
『そうですねぇ。いくら速球とチェンジアップの二つが優れていても、九者連続三振なんて中々起きないですよ。彼の凄いところは、全くボール球がありません。テンポも速く、遊び球が一つもない。性格なコントロールと、速いテンポで投げることで東峰打線を翻弄しているんだと思います』
『成程~、進藤君は自分のペースで投げることで東峰打線を抑えこんでいるんですね』
『そうだと思います』
『ここまで快投を見せる進藤君。ですが、次からは東峰も二巡目。調子が良い進藤君を打ち崩すことが出来るか!?』
実況が盛り上がっている中、応援に来ていた青北の生徒達も盛り上がっていた。
「進藤君、やばくない?」
「やばいやばい、だってヒット打たれてないもん!」
「全部三振だもんね」
「っていうか、これもしかして東峰に勝っちゃうのかな……?」
「そうだよね!前にも勝ったし!」
「いやー、それはないでしょ」
後ろで盛り上がっている中、応援団も雄馬の活躍にテンションが上がっていた。
「ダーリンかっこいいダーリンかっこいいダーリンかっこいいダーリンかっこいいダーリンかっこいいダーリンかっこいい……」
「駄目だこいつ、完全に目がハートになってるよ」
壊れたロボットのように言葉を繰り返す愛理、蟹田は首を振ってため息をつく。
「多分そうなってるのは愛理だけじゃねえと思うぜ。あんなの見せられたら、誰だって震えちまうよ」
「それな!」
「今の雄馬君なら、本当に東峰に勝てるかもしれない……」
そして、生徒会メンバーも雄馬の投球に驚いていた。
「進藤君って、ここまで凄かったんだね。こんなに遠くで見ているのに、なんだか彼が怖いな」
「……です」
「……そうね」
静香と茜の表情が強張るなか、えりなも打席に立つ進藤を見つめながら心配そうな表情で呟いたのだった。
みんなが雄馬の投球に魅せられてる中、四回の表が始まる。
青北の攻撃。
『三番、ピッチャー、進藤君』
「しゃあ打て進藤ー!!」
「進藤君、頑張ってー!!」
青北ベンチが雄馬を応援していたが、残念ながら雄馬の耳には一切届いてなかった。
(こいよ、四宮!!)
(一年坊主が、なめんじゃねーよ)
雄馬と四宮の視線が熱くぶつかりあう。
審判のコールにより、試合が開始された。
四宮の第一球目は、顔近くのインハイに投げ込まれた。
「――!?」
「ボール!」
雄馬は咄嗟に顔を逸らす。
危うく顔面に当たりそうになった危険球だったが、雄馬は「いいねぇ」と口元を緩ませた。
続く二球目もインコース。
しかしボールはゾーンに入り、ストライクとなった。
「入ってるぞ」
「はっ、分かってるよ」
雄馬に言いながら、神里はボールを四宮に返してサインを送る。
続く第三球目、ボールはアウトコースへの高速スライダー。
雄馬はボールと見送ったが、ギリギリストライクゾーンに決まり2-1と追い込まれてしまう。
(おいおい、あれが入んのかよ。困っちまうな、全然ストレートと見分けがつかねぇぞ。次はストレートか、スライダーか……)
高速スライダーのキレの良さに雄馬が戸惑う中、四球目が放たれた。
ボールが真っすぐ伸び、雄馬はど真ん中のストレートを振り遅れて三振に倒れた。
(どうだ一年坊主!)
(へっ、やってくれんじゃねえかよ)
雄馬は四宮を横目に見ながら、ベンチへ戻る。
ワンナウトランナー無し。
『四番、ファースト、山田君』
左打席に入る慎吾を、キャッチャーの神里は警戒する。
(このバッターは一発もある、慎重に行くぞ、四宮)
(分かってますよ)
慎吾に対する第一球目。
東峰バッテリーは大きく外してボール。
二球目はインコースにストレート、これを慎吾は手が出ず1-1となった。
(一打席目と球速とキレが全然違えじゃねえか。それに加えて高速スライダーも持ち合わせてんのかよ。流石東峰のエースを張ってることだけはあるな。だが……)
続く三球目のストレートを捉える。
強い打球だったが、惜しくもファールとなってしまった。
(今日一番のストレートを捉えたか。やはり侮れん、この球で仕留めるぞ、四宮)
神里のサインに、四宮が首を縦に振る。
(来るか、高速スライダー!?)
慎吾が高速スライダーを予測する中、第四球目が放たれる。
ボールは真っ直ぐに伸びる――ことなく、緩く弧を描きながらミットに収まる。
慎吾はバットを振ることすら出来ず、ミットに収まるボールを見送った。
((――カーブ!?))
「ストライクバッターアウト!!」
雄馬と慎吾が驚愕し、高々と三振のコールが叫ばれた。
慎吾は「くそっ」と悔し気にベンチに戻る。
戻ってきた慎吾に、雄馬が尋ねた。
「カーブか」
「カーブだ。あの野郎、高速スライダーだけじゃなかった。あんな途轍もない武器も持ってやがったのかよ。聞いてねーぞそんな話!」
愚痴を吐く慎吾に、文学がメモ帳を開きながらこう伝える。
「今大会まで、四宮はストレートとスライダーしか持ち球はなかったはずだ。その上で新しい変化球を出してきたという事は……」
「新しく覚えた上で、ここまで温存していたってことか」
雄馬が続きを言うと、文学は「そうだ」と頷いた。
秘密兵器を隠していたのは、雄馬だけではなかったという事だ。
雄馬は嬉しそうに笑いながら、
「上等じゃねーか、それだけ俺達に本気で向かってきてるって事だろ。倒しがいがあるぜ」
不敵に言いのける雄馬に、慎吾達や三里は驚くが、うららは「うん!」と強く頷いた。
そうこうしている間に大山が三振に倒れ、スリーアウトチェンジとなる。
『高野さん、今のはカーブでしょうか?』
『あの曲がり方ですと、カーブでしょうね』
『ええっと……こちらで入手している情報によりますと、四宮選手の持ち球はスライダーしかありませんでした。という事は、新しくカーブを覚えたんでしょうか?』
『でしょうね。この夏に合わせて持ち球を増やしてきたんでしょう。ここで使ったという事は、青北打線がそこまで四宮君を追い込んでいる、という事になりますね』
『成程~。ですがこの回は東峰打線も二巡目です。進藤君は、東峰の強打線にどう立ち向かうのでしょうか』
東峰ベンチも、円陣を組んでいた。
森下監督が選手達に伝える。
「青北のピッチャー、進藤君の真っ直ぐは、甲子園でも通じるレベルだ。だが持ち球はチェンジアップのみ。甲子園を勝ち抜いたお前達が、彼の球を打てぬ道理はない。そうだな?」
「勿論です」
監督が問いかけると、神里が頷く。
「真っすぐを引き付けつつ、チェンジアップにも対応。お前達ならできるはずだ。東峰の恐ろしさを、あのルーキーに教えてやれ!」
「「おう!」」
気迫溢れる東峰の円陣が視界に入った雄馬は、へへっと微笑みながら、
「おおー恐い恐い」
と呟きながら帽子を触る。
青北と東峰の試合は、青北が1点リードのまま中盤戦を迎えるのだった。




