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第41球 東峰大相模高校2 左利き

 


 ついに東峰大相模高校との試合が始まった。

 一回の表。

 攻撃は先攻の青北高校から。

 ウグイス嬢が、選手の名前を呼ぶ。

『一番、ライト、宗谷君』


「いけー先輩!!」

「快速飛ばしたれー!!」


 左バッターボックスに宗谷が立つ。


「プレイ!」


 審判が試合開始を合図すると――ウウウウウウウウウウウウウウウウと、試合開始のサインが高らかに鳴り響いた。

 東峰ピッチャー、二年生エースの四宮の第一投目。


「おら!」

「――ッ!?」

「ストラーイク!!」


『いやー、速いですねー四宮君の球はー』

『そうですね。それに彼の球は打者にとったらもっと速く感じていると思いますよ。四宮君は、左ピッチャーですからね』


 二球目もストライク。

 宗谷は二球で追い込まれてしまった。


(速いっ!それに、投げる出所が見えづらい!!)


 三球目もストレートで、宗谷はスイングすら出来ず三振に打ち取られてしまう。


「三振、一個目♪」


 下を出す四宮とは対照的に、宗谷は悔しそうにベンチに戻る。


「キャー四宮君かっこいい!!」

「三振一個目ー!」


 東峰応援スタンドで、黄色い声が上がる。

 イケメンの四宮はアイドル扱いされており、女性のファンやおっかけも多かった。

 宗谷は打席で感じたことをみんなに伝える。


「あれが左効きか……始めて見たけどエグイなんてもんじゃないぞ。球の出所が全然分からないし、投げたと思ったらミットに収まってる」

「それが左利きのウイークポイントだよなー。右投手より、左投手の方が体感5kmは速く感じるって言うし」


 左効きの特徴を説明する大山に続いて、文学が眼鏡を押し上げながら話す。


「それに加えて、二年生エース四宮は最速150kmを出している。僕等ではバットに当てることすら困難だろう」


『二番、ショート、八乙女君』

 バッターボックスに立つ光一。

 第一球目を見逃した彼は、心の中で冗談じゃねえと唾を吐く。


(これが神奈川ナンバー1ピッチャー四宮海斗。この速球に加えて、変化球もあんだろ?こんなの誰が打てるんだよ!?)


 二球目と三球目も空振りしてしまい、光一も三振に打ち取られてしまった。


「これで二個目♪ちょろいちょろい」

「ナイスボール!!(球が走ってないな。四宮のやつ、手を抜いているのか?)」


 東峰キャッチャー神里は、四宮の球が走っていないことに気付く。

 しかしそれでも三振に打ち取っているので、今は何も言わなかった。


『いきなり二者連続三振、いやー流石ですねー四宮君』

『そうですねぇ。いい立ち上がりです』


 解説陣が四宮を褒めている中、雄馬が打席に立つ。

『三番、ピッチャー、進藤君』


(ピッチャーで三番かよ。生意気な野郎だ)

(こいつか、うちの二軍がやられた青北ピッチャーというのは。確かに一年生ながら身体は大きいな。それでも、四宮の球を打てるとは思えんが……)


 打席に立つ雄馬に、四宮と神里が注目する。


「……」


 雄馬は黙って四宮を見つめる。

 その姿からは、凄まじい気迫が溢れていた。


(おーおー燃えてるねぇ。そんな気合入れたって、お前じゃ俺の球を一生かかっても打てやしねぇよ!)


 四宮が第一球目を投げる。


「――ッ!!」


 雄馬はバットをコンパクトに振り、ストレートを捉える。

 打球はセカンドの頭を越え右中間へ。


「マジかよ!?」


 打たれた四宮が驚きながら打球の行方を追っている間に、雄馬は一塁ベースを蹴って、二塁へ。

 楽々セーフになり、二塁打となった。


『進藤君、四宮君の初球を捉え右中間への二塁打を放ちました。いやー驚きました。まさか四宮君の球を一球目で打ってしまうなんて。これはマグレでしょうか?』


 実況の高野が尋ねると、解説の坂巻は『いえ……』と否定して、


『マグレではないでしょう。進藤君、バットを短く持ってコンパクトに振っていきました。一球目のストレートを狙っていたんでしょうね。ナイスバッティングです』


 打たれた四宮は「ちっ」と舌打ちすると、苛立ち気に呟く。


(一年坊主の癖に俺からヒットを打ちやがって!)

「ナイバッチ進藤!!」

「山田ー続けー!!」


『四番、ファースト、山田君』

 打席に立つ山田。

 彼を横目に、神里は頭の中で驚いていた。


(こいつもデカいな。筋肉もついているし、とても一年とは思えん)

「プレイ!」


 試合が開始された時、雄馬と慎吾は視線を交わしていた。

 ツーアウトランナー二塁。

 そして第一球目。

 四宮が投球動作に入った途端、雄馬が三塁へ走りだす。


「走った!」

「んだと!?」


 雄馬の動きに驚きながらも投げる四宮。

 神里は盗塁を刺すように身体を動かすが、


「ッ!!」


 慎吾がストレートを振り抜いた。


((ヒットエンドラン!?))


 打球はライナー性の当たりで、レフト前に落ちる。

 レフトはすぐに捕球をしてバックホームへ投げるが、


「セーフ!!」

「ちっ」


 スタートが良かった雄馬の足が勝ち、青北は先制点を入れた。


「しゃあ!!」

「山田すげー!!」


 慎吾が静かにベンチに拳を突き上げると、みんなも拳を突き上げて盛り上がった。

 ベンチに戻った雄馬に、うららが飲み物を渡す。


「はい雄馬君、ナイスラン!」

「おう、サンキュー」

「今日はこれからもっと暑くなるから、ちゃんと水分補給しなきゃダメだよ」

「おう」


 青北ベンチが盛り上がっている中、神里はタイムを取って四宮のもとへ向かう。

 四宮は罰が悪そうな態度で、


「一点取られたくらいで来ないでくださいよ恥ずかしい」


 そうぞんざいな態度を取るエースに、神里は一言。


「“降りて貰ってもいいんだぞ”」

「――!!?」


 真顔で言われた四宮は背筋が凍った。

 それほど、今の神里は迫力があった。

 四宮はすぐに頭を下げて、


「すんません。ちゃんとします」

「ならいいんだ」


 神里は踵を返すが、もう一度口を開く。


「ここにいる者だけじゃない。ここに入れなかった仲間の想いを背負っていることを忘れるな」

「……うっす」


 神里は審判に「すいません」と一言謝ってから、座って構える。

 ツーアウトランナー一塁。

『五番、キャッチャー、大山君』


「しゃあ!」


 雄馬と慎吾に続こうと、気合を入れて打席に入る大山だったが、


「ストライクバッターアウト!!」

「……あら?」


 三球三振で打ち取られ、チェンジとなる。

 攻守は入れ替わり、一回裏、東峰の攻撃となる。


『いやーまさかの展開になりましたねー。あの四宮君が打たれるとは思いませんでした』

『作戦を立てていたんですかね。二人とも初球を狙っていましたし、山田君の時はヒットエンドランでしたから』

『そうなんですかねー。平土球場、東峰大相模対青北の試合は、東峰大相模が初回に一点を失うという波乱の展開になりました』


 一点取られた東峰ベンチは、全く浮足立っていなかった。


(あの四番、大神中の山田慎吾だったか……。身体もデカいしスイングも速い。うちに欲しかったな)


 監督は打点を入れた慎吾を眺めながら、慎吾をスカウトできなかったを悔やむ。


(一点入れられてしまったが、問題はないだろう。情報によると向こうのピッチャーの進藤は典型的なスロースターターだというし、あいつらならこの回で逆転できる)


 監督の森下がそう呑気に考えていられるほど、選手達を信頼していた。



 かわって青北ベンチ。

 マウンドに行こうとする雄馬に、慎吾が声をかける。


「一点は取った。点を取られなきゃ負けるこたーねえ。分かってんだろうな」

「まぁ、任せておけよ」


 そう言ってくる慎吾に、雄馬はマウンドを見つめながら勝気な笑みを浮かべてそう言った。



 青北の選手が守備に向かうのを見ながら、青北の応援団も盛り上がっていた。


「ねえ、一点取っちゃったよ」

「凄いよね。相手はこの間の二軍じゃなくて一軍なんでしょ」

「そりゃそうでしょ」

「もしかしたらこのまま勝ったりしちゃうかもね」

「ね!」


 生徒達が楽し気な雰囲気で話している間、スタンド前で応援している応援団も盛り上がっていた。


「ダーリン、マジかっこいいんだけど」

「おいおい、点を入れたのは慎吾なんだけど」


 惚れ惚れしている愛理に、蟹田がつっこむ。

 そんな二人に、甲斐と菊岡はため息をつきながら、


「二人が凄いでいいじゃねーか……」

「それなー」

「いやー、でもよく四宮君から打ったなー。これはひょっとするかもしれないぞ」


 芳樹がわくわくしながら告げる。

 先制点を入れたことで僅かな希望が見えていた。


 生徒会副会長の静香は、会長のえりなに尋ねる。

「凄いね、本当に勝っちゃうかも」


 興奮している静香に、えりなは「はぁ」とため息を吐き、マウンドに上がる雄馬を見つめながら、


「そんなに甘くはないわよ……野球はね……」




 一回裏。

 東峰大相模高校の攻撃。

『一番、ショート、田中君』


(へへ、一点なんか俺が先頭打者ホームランを打ってすぐに取り返してやるよ)


 そんな事を思いながら左打席に入る田中。

 その瞬間、東峰スタンドから盛大な応援歌が流れた。

 迫力あるブラスバンド部。

 試合に出れない東峰選手や選手の家族、それに多くの東峰の生徒がメガホンを片手に応援歌を歌っている。

 それはまるで、大きな生き物のように見えた。


『流石名門東峰、応援にも気合は入っていますねぇ』

『選手達にとっては心強いでしょうね』


 東峰の迫力ある応援に、青北の生徒達は驚いていた。


「すっごいね、こんなに音が響くんだ」

「流石名門」

「迫力あるよね……」

「でもこれって、うちの野球部からしたら結構やだよね……」


 青北の生徒達の懸念通り、選手達は東峰の応援歌に委縮していた。


「うわー、なんか圧が凄いわ……」

「うるさいなー」

「実際に立つと、こんなに音が伝わってくるんだ……」


 迫力ある応援歌に、集中力が散漫になってしまう光一達。

 そんな中、雄馬は雲一つない空を眺めながら、小さく呟いた。


「良い天気だ」

「プレイ!」


 審判のコールにより、雄馬はマウンドを足で均すと、構える。

 大きく腕を振りかぶり、左足を一歩下げる。

 身体を捻りながら、左足をぐっと上げた。

 そこでピタッと動きを停止し、力を溜める。


「「「「――ッ!!!???」」」」


 その瞬間だった。

 球場にいる誰もが、背筋に寒気を感じた。

 ――否。

 これは恐怖だ。

 投げる前の雄馬から溢れる圧倒的なプレッシャーに、誰もが息を呑んだ。


 右足をクッションに、左手を前に突き出すと同時に、左足を大きく踏み込む。

 ぐっと身体を捻り、右腕を大きく回す。

 弓矢の如く引き絞られた腕が振られ、二本の指先から閃光が放たれる。

 空を裂き、ボールは高速回転しながら凄まじい勢いで真っすぐ伸びる。

 ズドンッと鈍く重い音を響かせながら、ボールは大山のミットに収まった。


『『……』』

「「…………」」

「す、ストラーーーーイク!!」


 静寂に包まれる平土球場に、審判のコールが響き渡った。

 球場の電工掲示板には、140kmと表示されていた。


(おいおい待て待て……)


 続く二球目もストライク。


(聞いてた話と違うじゃねーか!?)


 続く三球目。


「ストライクバッターアウッ!!」


 田中はど真ん中の真っ直ぐをスイングするが、バットは振り遅れていた。


『し、進藤君……一番バッターの田中君を三球三振に打ち取りました』

『え、ええ』


 実況の二人が驚く中、次のバッターが打席に入る。

『二番、セカンド、金沢君』


(田中が三球三振?一体どんな球なんだよ)


 第一球目を、金沢は見送る。


(速いな……手元でかなり伸びてくる)


 二球目も振るが、空ぶってしまう。


(これでもまだ遅いか……だが今のでタイミングは掴んだ。次は当てる)


 カウント2-0。

 そして迎えた三球目。


(――ここ!!)


 金沢はタイミングを合わせてバットを振るが、


「ストライクバッターアウト!!」

(え……何で今空振ったんだ!?)


 それでもバットに当てられず、三振に倒れてしまう。

 金沢は打席を離れながら、ネクストバッターの神里に助言する。


「想像以上に手元で伸びてくるぞ」

「みたいだな」


 ツーアウトランナー無し。

『三番、キャッチャー、神里君』


(田中と金沢が手も足も出ず三振。Maxは140kmか……)


 打席に立ち、構える神里。

 審判の「プレイ!」コールにより、雄馬が一球目を投げる。

 神里はバットを振ることなく見送った。


(速いっ……ベンチで見るよりもずっと速く見える。それに何だ、身震いするような重い空気は……)


 続く二球目も見送り、2-0で追いこんだ。


(コントロールも良い。今ので八球、全てゾーンの中。というか、東峰おれたち相手に遊び玉無しの全球勝負だと……舐めるなよ)


 第三球目。

 放たれるストレートに神里は強振するも、チッと僅かにバットを掠り、そのままミットに収まった。


「ストライクバッターアウト!!チェンジ!!」

(振り遅れただと!?)


 審判がコールする中、驚愕する神里はその場から動けなかった。


「神里」

「はっ……!?」


 ネクストサークルにいた竹中に呼ばれ、正気を取り戻した神里がベンチに引き下がる。

 急いでキャッチャー防具をつける神里に、東峰の森下監督が問いかけた。


「どうだった、あのピッチャーは」

「想像以上です。140kmに騙されてはいけませんね、体感ではもっと速く感じます」

「うーむ、お前にそこまで言わせるとはな」


 顎を摩る監督に、防具を付け終えた神里は立ち上がりながら、


「まあ、心配ないでしょう。うちの四番と五番なら、すぐに打ち崩せるでしょう」


 そう言ってグラウンドに駆けていく神里の背中を眺めながら、森下監督は「頼もしい奴等だよ」と呟く。

 だが、少し気になったことがあった。


(しかし、情報ではスロースターターと聞いていたが、どういう事だ?)


『いやー……進藤君凄いですねえ。東峰の一番二番三番をたった九球で仕留めてしまいました。それも三者三振です』

『そうですねえ。ここからでは分かりにくいですが、打者視点では相当伸びているかもしれません。みんな振り遅れていますからね』

『進藤君の立ち上がりは上場というところでしょうか。さて、攻守が変わり青北の攻撃に移ります』


 雄馬がベンチに帰ると、みんなが一斉に押し寄せてくる。


「おい大将!すげーなお前、震えたぜ!!」

「うんうん、外野からでも凄い迫力を感じたよ」

「直に受けてる俺なんかちびりそうになったぞ。全く、ナイスボールだ!!」


 興奮しながら話かけてくるみんなに、雄馬は「まあな」と鼻の下を擦って、


「今日は肩が軽いんだ。誰にも打たれる気がしないぜ」


 そう言ってのける雄馬に、宗谷が「頼もしいな」と呟く。


「今日の立ち上がりはいいじゃねぇか」

「まあな」

「だが油断すんなよ」


 警告してくる慎吾に、雄馬は「分かってらぁ」と返事をした。

 試合はまだ始まったばかり。

 だが1-0と先制したことで、試合の流れは青北に傾いていたのだった。




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