第35球 四回戦vs平土学園
土曜日。
午後一時。
天気は生憎の曇り空。
甲子園予選四回戦日。
雄馬達青北高校は、対戦校の平土学園に訪れていた。
「「…………」」
いつも騒がしい青北のベンチは、今日の天気と同じように静かだった。
あの騒がしいのが取り柄の中丸でさえ口を開いていない。
強豪校との相手で緊張しているのか定かではないが、誰もが口を閉ざしていた。
(みんなどうしちゃったのかしら……いつもの元気がないわ)
そんな異様な雰囲気に、顧問の三里先生は心配した様子だった。
青北ベンチが異様な雰囲気を醸しだす中、平土学園の生徒達はいつも通りだった。
「青北って一年生が七人もいるのか。って、三年が一人もいないじゃないか。どうゆう事なんだよ」
「青北は野球部が作られて間もないらしい。それも半分以上は初心者だそうだ」
その情報を聞いて、平土学園の選手は関心する。
「へー、それでよく四回戦勝ち残ってきたな。逆にすげーよ」
「その要因は二人の一年の力が大きい。ネットの記事にも取り上げられている『東北の怪物』進藤雄馬。中学時代は130km台だったが、最近図ったスピードガンでは140km台を叩き出している。ノビとキレも抜群の、一級品のストレート。そしてコントールも良い、本格右腕だ。ただ、変化球はないみたいだがな」
「すげーな、ストレート一本で勝ってきたのかよ。もう一人ってのは?」
他の選手が問いかけると、説明している選手は続けて、
「大神中の四番、『飛ばし屋』山田慎吾。高校生離れした体格とパワーを兼ね備え、バットコントロールも優れている。今大会でも既にホームランを二本打っている」
「そりゃすげえな」
「ああ、だが言ってしまえばこの二人意外はパッとしない素人集団。この二人を攻略してしまえば、僕たちが負けることはない。平土学園が負ける確率は……0%だ」
「いつも通りだな。これに勝てば王者東峰だ、春のリベンジをするためにも、絶対勝とうぜ」
「無論、そのつもりだ」
平土学園は春の選抜高校野球大会で東峰大相模高校に敗北している。
その借りを返すため、こんな所では負けていられないと全員が闘志を燃やしていたのだった。
「あああ、あーしも緊張してきたああ、ねぇどーしよみやび、ダーリンたち勝てるかなぁ?」
「さあね。相手の平土学園ってのはあたしでも名前が聞いたことがあるくらいだし、あんまり期待しないほうがいいんじゃない」
「確かに。名門って訳でもねぇけど、これまでの対戦校とは実力が頭一つ抜けてるだろーな」
「そうなん?」
そして同じみ、慎吾の仲間である四人組の応援団も駆けつけてきていた。
だが応援に来ていたのは彼等だけではなく、ちゃっかりこの男も来ていた。
「いや、私は雄馬君たちにも勝てる可能性はあると思っているよ」
「どういうことだよ、おっさん」
甲斐がうららの父親の芳樹に問いかける。
実は芳樹と甲斐達は応援で一緒になることが重なり、芳樹が解説している間に仲良くなっていた。
因みに今日もスポーツショップ『ハルノ』は臨時休業である。
「勿論平土学園は強豪校ではあるけど、東峰大相模や横浦高校みたいに全国区ではなく、あくまで県内での話。特待生を取っている私立でもないから、突出した選手がいる訳でもない。まあ地力は圧倒的に向こうが上なんだけど、絶望的な戦力差ではないよ。それにこっちには雄馬君や山田君もいるからね」
「めっちゃ詳しいじゃんおっさん」
「てか、今日も店を閉めてていいの?」
心配してくれる愛理に、芳樹は「え?ああうん、大丈夫だよきっと」と誤魔化すように言って、
「あっほら、試合が始まるみたいだよ」
「あっ先輩、今日も遅れずに来れたんですね!」
「新人のお前に言われるようじゃおしまいだよ」
今日も新人女性野球記者の鳥谷綾乃と、ベテラン中年記者の松平康介が青北高校の試合を見に訪れていた。
二人は三回戦の厚森高校との試合も見に行っており、その試合を最初から通して見たベテラン記者の松平は、青北高校の動向を追うこと決めた。
というより、進藤雄馬という選手を追うことにしたのだ。
「今日の相手は平土学園か、流石に進藤もキツくなっている相手だな」
「何を言ってるんですか!進藤君なら平土学園だって通用しますよ!」
すっかり雄馬のファンになってしまった鳥谷を半眼で睨みながら、松平は説明する。
「平土学園は何度も強豪校と対戦している。その数だけ、優れた投手とも対戦しているってことだ。進藤クラスのピッチャーが通用するのは、三回戦までの相手だ。平土学園には通用しないだろう」
「そんなことないですもん!進藤君なら絶対勝てますって!」
「……お前……」
完全にファン目線の鳥谷に呆れる松平は、心の中で考えていた。
(逆にいえば、平土学園に通用するなら進藤雄馬の実力は“本物だってことだ”)
「集合!!」
大会運営審判の呼びかけにより、両校に選手はグラウンドの中心に集まり整列する。
「これより青北高校対平土学園の試合を始めます!互いに礼!!」
「「お願いしあす!!」」
互いに大きな声で挨拶をしながら礼をする。
ベスト16をかけた、第四回戦が始まったのだった。
一回の表。
先攻の青北から試合が始まる。
一番バッターの宗谷が左バッターボックスに立つ。
「快速お願いしあーす!」
「先輩出ろー!」
ベンチの1年生が声を出していると、プレーが始まった。
平土のピッチャーが投げた初球まっすぐに、宗谷はセーフティーバントを仕掛ける。
バントは成功し、打球はサード側に上手く転がった。
しかし――、
「サード!」
「はい!」
セーフティーバントを警戒して前に突っ込んでいたサードが捕球しファーストへ送球。
宗谷は快速を飛ばすが、惜しくもアウトになってしまった。
(くそ、完璧なバントだったのに!!)
綺麗にバントを決めたはずがアウトになってしまい、悔しさで顔をにじませる。
そんな宗谷を横目に、平土学園のキャッチャー横峯修平は思った通りにことが進みほくそ笑む。
(あの一番バッターは足が速く、セーフティーバントを狙う確率が高かい。事前にサードを前に走らせてよかった)
「すまん」
「ドンマイっすよ、先輩!」
悔しさを隠しきれない宗谷に、小西が明るく振る舞う。
そんな宗谷に、慎吾が淡々とした表情で告げた。
「セーフティーバント、読まれてたっぽいすね」
「なんだと?」
「サードがやたら前のめりな位置にいたし、初球ど真ん中のストレート。どうぞやってくださいと言わんばかりの球だった。あれはセーフティーバントをやったんじゃなくて、相手にやらせたれたんすよ」
「……っ」
そう教えられて、さらに悔しくなる宗谷。
城田は「すごいね、そんなことできちゃうんだ」と驚いている。
文学は「ふん」と鼻を鳴らすと、
「それだけ相手もこちらの情報を持っているということだな」
「そうだな。もう四回戦だし、流石に俺達の手の内もバレちまってるよなぁ」
そう話している間に、二番バッターの光一がカーブにタイミングが合わず凡打になってしまう。
横峯は光一を見ながら「ツーアウトー!」と全体に声を出しつつ、
(あの二番バッターは守備は上手いが打撃はそれほどでもない。とくに変化球が苦手みたいだしな。だが次のバッターはそうはいかない)
続く三番打者は雄馬。
右打席に入る彼をちらりと見ながら、横峯は考える。
(進藤はストレートにも変化球にも対応する。どの球が苦手というのもないし、ホームランを打てる力もある。山田がいなければ、普通に四番を張れる選手だ)
「プレイ!」
(かと言って勝負しない訳にはいかない。とにかく低めに集めよう、柿田)
(オッケー横峯)
横峯がサインを送ると、平土学園のエース柿田はボールを投げる。
初球は真ん中低めのゾーンに入り、ストライクとなった。
続く二球目も低めにストレート、雄馬はスイングするがファールとなってしまう。
これでカウントは2-0で追い込まれてしまった。
続く三球目はアウトコースにカーブ。
これを雄馬はボールだと判断して見逃したのだが――、
「ストライク!!バッターアウト!!」
「――!?」
ストライクを取られ、雄馬は一瞬目を開く。
そして横峯は(今日の審判はここを取ってくれるのか、助かるな)と心の中で審判に感謝した。
「……」
雄馬の身体は一瞬固まったが、すんなりとベンチに戻る。
そんな彼に、グローブを持ってきた大山が声をかけてきた。
「ドンマイ。ギリギリだったな」
「……っすね。やられましたよ。この借りは、ピッチングで返してやります」
「そのいきだ」
攻守が変わり、一回の裏。
平土学園の攻撃。
一番はキャッチャーの横峯からになる。
「お願いします」
横峯は丁寧に頭を下げながら、打席に入った。
(キャッチャーが一番バッターか、珍しいな)
大山は平土の打順に不思議そうに思いながらミットを構える。
「プレイ!」
雄馬の投げた初球は真っ直ぐど真ん中。
それを横峯はバットを振らず見送る。
「ストライク!」
(これが進藤の球か。確かに速い……それに想像以上に手元で伸びてくる。回転数が多いのか?)
雄馬の球質をじっくり見て分析する横峯。
続く二球目もストライク。
そして迎えた三球目。
アウトコース一杯に決まったストレートは――、
「ボール!」
「「――!?」」
ボールとなってしまい、雄馬と大山の目が見開く。
大山は「ナイスボール!」と雄馬にボールを返しながら、心の中で苛立っていた。
(おいおい、今のは取ってくれよ。最高のボールじゃねぇか……)
(今のボールは大きいな。これで相手はかなり攻めづらくなったはずだ)
「……」
雄馬は静かに構え、第四球目を投げる。
ボールは高めにいき、横峯のバットを切り裂いてズバン!とミットに収まった。
「ストライクバッターアウト!!」
(これでもまだ遅いのか!?)
タイミングを合わせたはずが、振り遅れしまった。
三振に倒れた横峯はベンチに戻りながら、ネクストバッターである柿田に情報を伝える。
「アウトコースには手を出すな。それと想像以上に速い」
「わかった」
二番バッターはピッチャー柿田。
彼も丁寧に挨拶をした後、打席に入る。
(さ~て、東北の怪物とやらはどんなもんかね)
雄馬が第一球目球目を投げる。
柿田は見逃してストライクになる。
(確かに速えよ。けどな、これくらいならベスト16に行けばもっと速いやつは――)
続く二球目の真っ直ぐ。
(ゴロゴロいんだよ!)
ボールをバットに当てるが、詰まってしまいピッチャーフライになってしまう。
雄馬が楽々キャッチし、これでツーアウト。
「くそっ」
柿田は悔しそうにベンチに帰ると、キャッチャー防具を付け終えている横峯が声をかけてくる。
「ノビるだろ、あの球」
「ああ、分かってても差し込まれちまった。けど次は打つぜ」
「そうだな。まずは次の回をきっちり締めよう」
「おう」
三番バッターを三振に打ち取り、チェンジとなる。
初回は両校とも、静かな立ち上がり。
しかし雄馬と大山のバッテリーには、小さなしこりが生まれたのだった。




