第34球 三回戦を終えて
神奈川県予選第二回戦の相手、川澄高校に逆転勝利した青北高校。
その勢いに乗り、予選三回戦で当たった厚森高校に4-0で勝ってしまった。
これで雄馬達青北は公式戦初出場ながらも、ベスト32に入ったのだった。
「未だに信じられねーよなぁ」
「なんだよ急に」
厚森高校との試合に勝った翌日の昼休み。
雄馬と光一は、いつものように一緒にご飯を食べながら会話していた。
雄馬はいつも通りの特大おにぎりに、うららが作ってくれたおかず。
光一は菓子パンだ。
因みに慎吾も同じクラスなのだが、彼は食事を一人でしたいタイプなので教室にはいなかった。
「だって俺達、この前まで野球部ですらなかったんだぜ。それが初出場でベスト32とか、普通あり得ねーだろ。漫画じゃあるまいし」
「現実に起こってんだから、あり得てるじゃねーか」
「それがおかしいんだよなー。まぁでも、次はあの平土学園だし、厚森高校の時みたいにはいかねーよなー」
「強いのか?」
「強いね。元々学業に力を入れてる公立高なんだけどよ、近年はスポーツにも力を入れてるんだよ。その中でも野球部は着実に結果を伸ばしてる。神奈川でも強豪校の一つだよ」
「へー」
光一が詳しく説明しているのに、雄馬はまるで無関心なようだ。
そんな呑気な彼に、光一はおいおいと突っ込んで、
「へーって、少しは話に乗ってくれよ大将。次の対戦相手はこれまでのようにはいかないって言ってんだよ」
「別に相手が誰であろうと、俺達がやる事は変わらないだろ?打って守って勝つ。ほら、簡単だろ?」
「いやいや……どうやって打ってどうやって守るとか、作戦とか、色々あるじゃねえか」
呆れる光一がそう伝えると、雄馬は真面目な顔で、
「それはまともな所がやる事だろ?青北は初心者ばっかの素人集団だ。作戦を立ててどーするこーするの話じゃねぇだろ。今自分にできることを全力でやる。それだけだ」
真面目な意見を言う雄馬に、光一は思わず面を喰らってしまう。
驚いている光一に「なんだよその顔は」と雄馬が半眼で尋ねると、光一は「いや……」と言って、
「大将ってさ、あまり考えてないようで考えてるよな。いい加減なのに正論というか……真に迫ってるっつーか」
「いい加減は余計だろ」
そう突っ込む雄馬はご飯を平らげ、「ごちそうさまでした」と手を合わせると、
「まあそういう事だ。気楽にガチでいこうぜ」
「気楽なのかガチなのか、どっちだよ……」
1―3組。
同じクラスの小西と文学。
小西は文学の席の前に座り、文学は本を読んでいた。
「なんか凄いよなー、まさか俺達がここまで来ちゃうなんてさ」
「そうだな。野球をかじっている人間からすれば、とても信じられる事ではないだろう」
部活は最近出来たばかり。
それも部員はほとんどが初心者だ。
そんな新設野球部が三回戦を勝ってベスト32に入るなど、奇跡としか言いようがない。
小西は頬杖をつきながら、
「そういや勉は平土学園志望だったよな。受験にも合格していたのに、なんで青北に来たんだ?」
「……」
ふと気になった小西が首を傾げながら問いかけると、文学は小西の顔を見ながら、
「お……」
「……お?」
文学は口を開きかけ、窓の外を見た。
そして「ふっ」と笑みを零しながら、
「なんでもない、ただの気まぐれだ」
1―6組。
城田のクラスに、七組の中丸が遊びにきていた。
昼休みになると、どちらかが片方のクラスに訪れている。
今日は中丸が6組に訪れていた。
不意に、中丸は「やばい……」と驚いて、
「誠、俺は重大なことに気付いてしまった」
「急にどうしたのカズ、なにかマズイ物でも食べた?」
「いや、そうじゃない」
中丸は溜めて溜めて、城田に告げる。
「俺、まだ一本もヒットを打っていない」
「……なんだよ、そんな事か」
あははと呑気に笑う城田に、中丸はダンッと机を叩いて、
「そんな事とは何だ!前の試合では文学や誠だってヒット打ってんだぞ!なのに何で俺だけ打てんのじゃーー!!」
突然暴れ出す中丸に、城田は「まあまあ」と落ち着かせるようにいいながら、
「カズは全球ホームラン狙ってるんだからしょうがないよ。それに、進藤君もカズのスイングを褒めてたじゃないか」
「そ、そうか?」
「『あれが当たればなー』ってぼやいてたけど」
「おい!そこはいらねえだろ!!」
突っかかってくる中丸に城田は「ごめんごめん」と笑いながら謝ると、
「でも、しょうがないんじゃない?まだ野球を初めたばっかりだしさ」
「そーだよな、しょうがねーよな」
「まあ、僕は打ったけどね」
「んがーー!!」
校舎の中庭。
木製ベンチに座って読書している宗谷に、大山が「よっ」と声をかける。
「こんなとこでどうしたんだよ」
「昼休みはいつもここにいるよ」
「ふーん、教室は嫌なのか?」
大山が問いかけると、宗谷は「はぁ~」と長いため息を吐いて、
「俺は女子が苦手なんだよ。それに昼休みぐらい静かなところにいたい」
「あーそれなー。クラスの9割は女子だし、なにかと面倒なところはあるよなー。まあ俺は全然一緒に食ってるけど。一年の時は俺も凄く神経使ったけど、なんか慣れたわ」
事もなげに言う大山に、宗谷はふっと静かに笑って、
「大山のそういうところ、見習いたいよ」
「そう?」
「それにお前、川澄高校と試合した後から少し変わったよな」
「えっ嘘、どんなところが?」
「どこか頼りなかったのが、急に頼もしくなった。キャプテンとしての貫禄がついてきたと言えばいいのか」
宗谷がそう伝えると、大山は頭の後ろをガシガシ掻きながら、
「あー……それは多分雄馬にガツンと言われたからだろうなー。あいつ、めちゃくちゃ恐い顔で言ってくんだぜ。でもそれで開き直ったというか、ケツに火をつけてくれたっていうかさ。これじゃあどっちが先輩なのか分からねーよな」
「進藤……あいつ、本当に何者なんだろうな。野球の実力は言わずもがなだけど、人間性っていうかさ。あそこまで強引でワガママで、けど時には大人のような静けさや重みがあるっていうか……まるで漫画の主人公みたいなやつだよ。今の時代、進藤みたいなやつはそういないだろ」
宗谷が自分の考えを伝えると、大山は青空を見上げながら「主人公だよ、あいつは」と言い切って、
「俺達凡人とは違って、そういう星のもとで生まれた人間なんだよ」
宗谷は「ふっ」と柔らかく笑って、
「……そうかもしれないな」
1―1組。
春野うららは、自分の席で真剣な顔で何かを編んでいた。
「うららー、何作ってんのー?」
クラスの女子生徒が気になって問いかけると、うららははにかみながら、
「お守りを作ってるの」
「お守りって、野球部の?」
「うん!」
「へぇ~、誰に作ってるのかな~?お姉さんに教えてごらんー。あっやっぱり噂の進藤君?」
女子生徒がにやけながら聞くと、うららは顔を赤くして「ち、違うよぉ!」と慌てて否定する。
「いや、違くはないんだけど……みんなに作ってるの」
「みんなにって、野球部全員に?」
「うん、私にできることはそれくらいだからさ」
健気なうららに、女子生徒はたまらずうららを抱きしめて、
「うららは本当に可愛いやつだなー!」
「ちょ、やめてよ、苦しいって!」
校舎の屋上。
「……」
慎吾は地べたに寝転びながら、静かに闘志を燃やしていたのだった。
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