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第30球 予選一回戦!vs山王高校!

 


 予選開幕の翌日。

 第一回戦の球場はなんと青北高校で行うことになり、雄馬達は朝からグラウンドの整備をした後、軽く運動してからベンチで休んでいた。


「まーさか、一回戦目がうちでやることになるとはなー」

「しかも日曜なのに、意外と観客が多いよな」


 そうなのだ。

 宗谷が今言った通り、休日にもかかわらず、青北高校には沢山の生徒が試合を見に来ていた。

 以前東峰大相模高校と練習試合をした時ほどではないが、それでも多くの人が観戦しに訪れていたのだ。


「ダーリンの試合が近場でよかったし」

「それな」

「遠くの場所だったらちょっと面倒だったからな」

「だよな!」


 慎吾の仲間である四人組も応援に駆けつけていた。


「いやー、いよいよ雄馬君達の試合かー。頑張ってくれよぉ」


 うららの父親である芳樹も応援にやってきていた。

 因みにスポーツショップ『ハルノ』は休業中である。


「みんなが来てくれてるのにもし負けちゃったら、なんか申し訳ないね……」

「はん、そんなの勝手に見に来てるやつの責任だろーが」


 弱きな発言をする城田に中丸が理不尽なことを言うと、雄馬も付け加えるように口を開く。


「勝てばいいんだよ。どこの場所だろうと、どこが相手だろーと、誰が見に来ようが関係ねー。俺達はただ、試合に勝つことだけを考えてればいいんだ」

「そんな強メンタルなのは雄馬だけだよ」


 勘弁してくれと、大山がため息をつく。


「そんで、今日の相手は強いの?」


 頭の後ろで手を組んでいる小西が問いかけると、文学がメモ帳を開きながら答える。


「山王高校。毎年一回戦は勝ち、二回戦で負けるような高校だ。特に目立った選手はいないな」

「なんだ文学、わざわざ対戦相手のことを調べてきたのか?」


 大山がメモ帳に視線をやりながら問いかけると、文学は眼鏡をくいっと上げながら、


「はい。戦いにおいて情報とは重要なファクターですから」


 文学が言うと、雄馬は対戦相手を見つめながらこう言った。


「じゃあ、今年は一回戦で負けてもらおうじゃねえか」




 青北の対戦相手、山王高校の選手達も、一回戦目にしては観客が多いことに驚いていた。


「なんでたかが一回戦でこんなに人がいるんだよ」

「ってか女子多くね?可愛い子もいっぱいいるし、羨ましいわ~」

「俺、後でナンパしちゃおうかな」

「青北って強いの?」

「知らね。聞いたこともねーよ」

「なんか今年野球部が出来たところらしーぞ」

「へえ、じゃあ雑魚じゃん」

「んじゃま、軽くーく本気出してカッコイイところ見せて、試合終わった後にナンパでもするか」

「おっ、それいいね!」

「お前マジ冴えてるわ」


 山王高校の選手達は、雄馬達を見ながらにやけた笑い顔を晒していた。




「集合!!」


 試合開始の時間になり、審判の合図によって両校の選手達が集まる。

 雄馬達青北はかけ走しですぐに向かい、山王高校の選手はダラダラと集まった。


「これより青北高校と山王高校の試合を始めます。礼!」

「「お願いしあす!!」」


 互いに頭を下げ、山王高校の選手達はベンチへ戻り、青北の選手はそのまま守備に移る。

 短い投球練習と守備練習の後、山王の一番バッターがバッターボックスに入った。


「プレイ!!」


 審判の合図により、雄馬達の夏の大会が始まった。


(どうせ雑魚だろ。早く投げてこいよ)


 雄馬の投球練習は110km程度の速さで、それをベンチで見ていた一番バッターは雄馬のことを雑魚ピッチャーだと思っていた。


「先頭バッターホームランをかましてやらぁ」

「……」


 雄馬は大きく息を吸い込んだ。


(いくぜ、高校野球。俺の力を見せてやる!)


 雄馬は足場を均し、構える。

 腕を上げ、足を上げながら身体を捻る。

 左足を踏み込み、指先からボールが放たれた。

 ヒュンっと風を切り、ボールは大山のキャッチャーミットに吸い込まれる。


「ストライク!」

「へっ……?」


 バッターが目をひん剥いている間にツーストライク。

 そして――、


「ストライクバッターアウト!!」


 三球三振。

 さらに二番バッターに続き、三番バッターも一瞬で三振に打ち取ってしまう。


「ストライクバッターアウト、チェンジ!」


 攻守交替になり、ベンチに戻る選手達は雄馬に「ナイスピッ!」と声をかける。

 大山はにししししと悪戯が成功した子供のように笑いながら雄馬に話しかけた。


「見たかあいつらの顔、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してたろ?あいつら絶対雄馬のことを球が遅い雑魚ピだと思ってたぜ」

「投球練習はめちゃくちゃ軽く投げろって言うからどういう事かって思ってたら、こういう事だったんすね。先輩も意地が悪いっすね」


 雄馬が半眼で大山を睨んでいると、隣にいる文学が「なるほど」と頷き、


「試合前からそういうった心理戦もあるんですね。勉強になりました」

「文学、お前はいいやつだな」


 大山が泣きマネをしている間、山王高校のベンチは慌てていた。


「なんだよあれ、めちゃくちゃ速くなってんじゃねえかよ……」

「どれくらいの速さだった?」

「多分、130前後じゃねえか?それより速く見えるけど」

「あんなの打てる気しねーよ」

「ちっ、あのピッチャー騙したがったな」

「まあ慌てんなよ。俺達だって点を入れられなきゃいんだろ?相手は無名校なんだ、そうのうちボロも出すだろ」

「そ……それもそうだな」

 そんな楽観的なことを言う彼等は守備につく。

 一番バッターの宗谷が左バッターボックスに立った。


「プレイ!」

(どうせ打つほうは雑魚なんだろ!)


 ピッチャーが投げると、宗谷は一球目から仕掛けた。

 腰を低く落とし、バットを横に倒しながら突き出す。

 ポンっとボールはバットに当たり、一塁線に転がる。


(いきなりセーフティーかよ!?)


 虚をつかれたピッチャーがボールを処理してファーストに投げようとするが、その時には既に宗谷はベースを駆け抜けていた。


(足速っ!?)

「ナイスラン!」

「いいぞーセンパーイ!!」


 ベンチから声をかけてくる仲間達に宗谷は軽くガッツポーズをして応えると、今の手応えに不満を抱いていた。


(本当はサード側に転がそうと思ったんだけどな……中々うまくはいかないか)


 二番バッターの光一が打席に入る。

 光一が宗谷を見ると、宗谷は帽子を触りながら頷いた。


「プレイ!」


 第一球目。

 相手ピッチャーが足を上げた瞬間、宗谷は大地を力強く蹴った。


「走った!」


 ストライク判定のボールを取ったキャッチャーはセカンドに投げるも、宗谷は既にセカンドベースにスライディングしてセーフになっていた。

 宗谷は初めて盗塁を成功させる。

 宗谷の盗塁を打席で見ていた光一は心の中で驚いていた。


(はっや!?スタートはやや遅れ気味だったのに、余裕でセーフかよ。流石短距離走の選手だけはあるな。よっしゃ、じゃあ俺が打って先輩を返しますか!)


 二球目、三球目はボールとなり、続く四球目。

 高めに甘く入ってきた球を光一がヒッティングし、ライト前に運ぶ。

 宗谷はサードベースを回り、楽々生還して先制点を取った。


「八乙女ナイスバッティング!!」

「いいぞー!」


 ベンチから大山と小西が光一に声をかけ、戻ってきた宗谷にもみんながナイスランとグータッチをする。


「どうだったよ、実践での盗塁は?」


 大山が問いかけると、宗谷は難し気な表情を浮かべながら答える。


「タイミングがシビアなのは分かったよ。相手が全く警戒していなかったからよかったが、そうでないと走るのは難しいな」

「んでもやっぱりお前さんの足は一級品だよ」


 二人がそんな話をしている間に、雄馬が二塁打を打っていた。


「マジで雄馬は化物だな……」

「だな……けど、お前も打つ方なら負けられないんじゃないのか?」

「そうだな……ちょっくらいってきますか」


 そう言ってネクストサークルに向かう大山に、宗谷は(頑張れよ、大山)と心の中でエールを送る。

 ノーアウトランナー二三塁。

 続くバッターは四番、山田慎吾。

 山王高校のピッチャーはひどく動揺していた。


(くそ、なんだよこいつら。今年できたんじゃねーのかよ。なんでこんなに打てんだよ!?)


 やけくそに投げた初球。

 ど真ん中の甘い球を、慎吾が強振。

 バットの真芯を捉え、空高く飛び上がりバックネット上段に届いた。

 文句なしのスリーランホームランだった。

 ホームベースを踏む慎吾に、雄馬が声をかける。


「さすがホームラン王」

「ちっ、あんなクソボール打ったって嬉しかねぇんだよ」

「やだねーこの子は、素直じゃないんだから」


 つまらなそうに言う慎吾に、光一は口元を手で覆い隠しながら近所のおばちゃん風に言う。

 仲良くやっている頼もしい一年生を背に、大山も気合を入れた。


(っしゃあ、俺も一丁打ったりますか!!)


 気合を入れる大山だったが、一球目をつまらせて内野フライになる。


「ぐぬ!」


 ワンナウトで六番バッターは小西。


「おっしゃあ!」


 彼も気合が入っていた。

 三球目を打ち、打球は三遊間を抜けヒットとなる。


「イエーイ!初ヒットー!」

「ナイバッチ小西ー!!」


 ベースの上に立ちながら、小西は嬉しそうな顔でベンチにピースしている。

 続く七番バッターは文学。

 一球目をしっかりバントして、小西を二塁に送る。

 ベンチに帰ってくる文学に、大山が問いかける。


「ナイスバント。でもなんでバントしたんだ?別に打っても良かったんだぜ」


 その問いに対し、文学は眼鏡を触りながら、


「僕の打順だとこういったケースも多くなるので、しっかりとバントできるようにしたかったんですよね」

「ああ、そうなの……」


 しっかりしてんな~と大山が思っていると、八番の城田が打った打球がピッチャーの足下を抜けセンター前ヒットになる。

 それに加え、二塁にいた小西がホームに帰ってきて追加点となった。

 4―0になり、点差が広がる。


「うわー、うわー!!」


 ヒットを打った城田は、自分の両手を見ながら言葉にできない感情を抱いていた。


「城田ナイバッチー!!」

「いいぞー!」


 そんな初々しい反応の彼に、ベンチのみんなが声をかけた。

「しゃあ、俺も打ってやるよー!!」


 叫びながらバッターボックスに入る九番バッター中丸。

 全球フルスイングするも、


「ぐわああああ!!」

「ストライクバッターアウト!チェンジ!」


 三球三振に倒れてしまう。

 それからの戦いは圧倒的だった。

 相手バッターは雄馬の球にかすることも出来ず、青北はどんどん点を積み重ねていく。

 五回表で点差は10―0と、この回で山王高校が点を入れなければ五回コールド負けになってしまう。

 が、あっという間にツーアウトになってしまい、山王高校は最後のバッターを迎えてしまった。


(一点どころの騒ぎじゃねえ、このままじゃノーノー喰らっちまうぞ!)


 そうなのだ。

 雄馬はまだ、一度もヒットを打たれていなかった。

 フォアボールを出してしまい完全試合は消えたが、このままいけばノーヒットノーランを達成してしまう。


(この様子だと、あいつ分かっていなさそうだなー)

(全然気負ってる感じしてないし……)

(まあ、こんな相手にノーノーした所で騒ぐほどじゃねえしな)


 野球をやっていた組は、ノーヒットノーランがどれだけの偉業なのか理解している。

 普通のピッチャーなら、ノーノーに近づくにつれ意識してしまい、自分本来のピッチングをできなくなってしまうのだが、雄馬の頭にはノーヒットノーランのことなど一切頭になかった。


(やっと身体があったまってきたのに、もう終わりかよ。まあ、最後ぐらい本気で投げるか)


 今までの雄馬は七、八割で投げていた。

 それを解禁し、全身に力をこめる。


「プレイ!」


(冗談じゃねえ!コールドの上ノーノーなんかされちゃ、とんだ笑い者じゃねえか。何がなんでも打ってやる!)


 最後のバッターはそう意気込み、さあ来いと構えるも……。


(なんだこいつ、さっきまでと雰囲気が――)


 雄馬が投球モーションに入ると、バッターの全身に鳥肌が立つ。

 指先からボールが放たれると、その迫力にバッターは「ひっ!」と身体をのけ反らせてしまった。


「ストラーイク!!」


 ボールはど真ん中。

 身体付近に来た訳ではないのに、バッターは恐怖を抱いてしまう。


(お、おい……まてよ、お前まだ、本気出してなかったのかよ……!?)


 第二球目もバットが振られることなくストライク。

 そして迎えた第三球目。

 雄馬が放ったボールはミットに吸い込まれ、三振となりゲームセット。

 これで、雄馬のノーヒットノーランが達成された。

 最後のバッターは膝をつき、絶望に陥る。


「あんな球、打てる訳ねーだろ……」

「……」


 その呟きが聞こえた大山は心の中で(ご愁傷様)と唱える。

 お互いに整列し、挨拶をして試合は終了となった。


「やったな雄馬、ノーヒットノーラン達成だぞ!」

「はっ?何のことっすか?」


 大山が両手を上げて褒めると、雄馬は首を傾げた。

 そんな彼に光一が「おいおい……」と続けて、


「こいつやっぱりわかってなかったよ。まあ落ち着いているからそんなんだろうとは思ったけどさ」


 光一が呆れていると、小西が首を傾げて、


「ノーヒットノーランってそんなに凄いの?」

「めったにできることではないな」

「おめでとう進藤君!」

「ちっ、いつもお進藤ばかり目立ちやがって」

「はっ、あんな雑魚相手にノーノーしたところで舞い上がんじゃねぇぞ」


 みんなが手放しに誉めてくる中、雄馬はそれほど嬉しそうな感じは出さないでこう告げた。


「別に、ノーノーなら中学でも何回かやってるからな。そこは気にしちゃいねえよ」

「「……」」


 何ともない風に告げる雄馬に、逆にみんなが驚いて言葉が出なかった。

 そんな彼らに雄馬は、


「それよりまあ、試合に勝った方が大事だろ。みんなで勝ち取った試合なんだしさ」

「そうだよ、みんな凄く打ってたし!」


 うららがガッツポーズしながら言うと、選手達は照れくさそうにしている。


「誰かさんは打ってないけどねー」

「んだと!?それは俺のことを言ってんのか!?」


 キレる中丸を、城田が「まぁまぁ」と宥める。

 残念ながら、この試合で中丸だけがノーヒットだった。

 そんな彼等をよそに、うららは雄馬を見上げて、


「でも雄馬君、それでもやっぱりノーヒットノーランは凄いと思うんだ。決して誰もが出来ることじゃないし、運も絡むと思う。だから、おめでとう!」


 うららが満面の笑顔で言うと、雄馬は照れ臭そうに頭をガシガシ掻きながら「ありがとな」

 とお礼を言うと、みんなが半眼で睨む。


「お前、春野にはなんか甘いよな」

「確かに」

「そうっすか?」

「はいはい。みんな、一回戦勝って嬉しいのは分かるけど、応援に来てくれた人たちに挨拶をしましょう。高校野球って、そういうのも大事なんでしょ?」


 手を叩きながら三里先生がそう言うと、大山は「いっけね!」と慌ててみんなを連れてグラウンドに出た。

 横一列に整列すると、お礼の挨拶を告げる。


「応援、ありがとうございました!!」

「「ありがとうございました!!」」


 全員で頭を下げながら言うと、青北高校を応援に来ていた人たちから拍手が送られる。


「ナイスゲーム!!」

「凄いじゃん!みんな格好よかったよー!!」

「この次も頑張れー!!」

「応援に行けたら行くからねー!!」

「きゃーーーダーリーーーーン!!ステキーーー!!」


 みんなからの声援に、雄馬達の心がぐっと熱くなる。


(進藤君、一回戦突破、おめでとう)


 理事長室から試合を眺めていた宗一郎が、心から祝福を送った。

 それは宗一郎だけではなく、生徒会室から試合を眺めていた彼女達もそうだった。


「勝ったね、えりな」

「……ふん、一回戦ぐらい勝ってもらわなくちゃ、部活にした甲斐がないわ」


 そう言うえりなの表情は、とても柔らかかった。




 そしてこの試合を見ていたのは、青北を応援する人間だけではなかった。


(青北高校一年生進藤雄馬……こんな凄い投手が現れるなんて……。青北高校、この大会の台風の目になる予感がしてきたわ!)


 新人野球記者の鳥谷綾乃は、雄馬の写真を撮りながら、確信めいたものを感じたのだった。

 公式戦初試合でノーヒットノーランを達成した進藤雄馬の名前は、これから多くの人達に知れ渡るであろう。



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