第3球 部員を集めろ!
進藤雄馬と春野うららが、共に野球部を復活させると誓いあった次の日。
教科書配りと健康診断を終わらせた放課後、雄馬とうららは早速行動に移っていた。
「さて、男共が帰っちまう前に勧誘しに行こうぜ」
「そうだね、頑張ろう!」
「男子の数は少ねーみてぇだし、手分けして一人ずつ聞いていこうぜ。確かうららは1組だったよな?俺は7組から行くから、春野は1組から頼む」
「了解、任せて!」
意気込む二人は、それぞれクラスへ勧誘に向かう。
「邪魔しまーす」と1年7組の教室に入った雄馬は、まだ残っている男子を見つけると、声をかけて野球部に誘ってみようとするのだが……。
「野球部?ごめんね、勉強の妨げになるから部活には入るつもりはないんだ」
「やだね、なんで女子が一杯いるこの学校で、わざわざむさ苦しい野郎しかいない野球部に入んなきゃならないんだよ」
「悪いが野球には全く興味ないんだ、他を当たってくれ」
と、すげなく全員に断られてしまう。
そこをなんとか!と雄馬もしぶとく粘ったのだが、しつこ過ぎたのか終いには機嫌を悪くさせてしまった。
「くそ、次だ次!」
全敗だったが、気を取り直して6組に向かう雄馬。
だがそこでも7組同様野球に興味を抱く生徒は一人もいなかった。
諦めず5組、4組と勧誘を続けたが、残念ながら首を縦に振ってくれる生徒は一人もいなかった。
廊下でうららと合流すると、成果を報告しあう。
「どうだった?」
「ごめん、全然だめだった……。みんなもう部活を決めていたり、勉強優先だったり、そもそも野球なんか興味ないって感じで……」
「俺の方もそんな感じだった。くそ、どいつもこいつも何で野球に興味ねぇんだよ。一人ぐらいいるだろ普通」
一人も勧誘出来ず、愚痴る雄馬。
二人はこれからどうするか話しあう。
「もう帰っていると思うし、明日は2年生のクラスに行ってみっか」
「そうだね!あっ進藤君、明日は一緒でもいい?一人で2年生に声かけるのはちょっと勇気がないというか怖いというか」
「おう、全然いいぜ。じゃあまた明日な」
「進藤君はこれからどうするの?」
「俺?俺は昨日見つけたグラウンドを整備してくる。まずはあのボーボー生えてる雑草をなんとかしねーとな」
「それなら私も手伝うよ!」
「いいのか?女子がやるには結構きついと思うぜ」
「ううん、私も野球部の部員だもん。一緒にやらせて!」
グッと拳を作って言ううららに、雄馬はにっと口角を上げて、
「……いいね、じゃあ行くか。でも無理はすんなよ」
「うん!」
二人は前日に見つけた、学校の近くにあるグラウンドを訪れると、早速雑草抜きに取り掛かる。
「それにしても……ほんとに多いね」
改めてグラウンドの荒れ具合に驚愕するうらら。
雄馬は「よっこいしょ!」と豪快に雑草を抜きながら、
「まあ地道にやっていくしかないだろ」
「そうだね、頑張ろ!」
二人は日が傾くまでグラウンド整備をするのだった。
一年生に勧誘を行い、全敗を喫した次の日の昼休み。
(さ~て、2年生に入ってくれそうな人がいればいいんだけどな)
雄馬が巨大おにぎりを頬張りながら悩んでいると、焼きそばパンを持った八乙女光一が目の前の席に座ってくる。
彼は雄馬の巨大なおにぎりに視線を向けながら、
「なんだよその漫画みたいなデカいおにぎりは、自分で作ったのか?」
「あん?ああそうだよ。今一人暮らしだし、俺は料理は苦手だから、こんなもんしか作れねーんだ。体つくるためには質より量が大事だからな、この大きさが丁度いい」
おにぎりをあーんと頬張る雄馬を引き気味に見ながら、焼きそばパンをちょこちょこ食べる光一。
「体づくりが大事って、なにお前プロとか目指しちゃってる系?」
「プロ?今のところあんま興味はねえな。甲子園で優勝することしか考えてねーや」
「甲子園で優勝って、ぷっ……ははははははは!!」
突然大声で笑いだす光一。
なんだこいつ?と雄馬が怪訝そうにしていると、光一は「悪ぃ悪い」と謝って、
「いやさ、お前が真面目な顔で冗談言うもんだからつい笑っちまった」
「あん?何勘違いしてんだお前、俺は本気だぞ」
「いやいやいや、発言と行動があってねーんだって。甲子園目指す奴が、こんな野球部がない高校に入るわけねーだろ?本気で目指してるやつは普通名門に行ってるよ。ましてや神奈川は横浦や東峰大相模、他にも強豪校ひしめき合う全国屈指の激戦区だぜ。そこで野球部がない青北で甲子園目指すってのが冗談じゃなかったらなんだって言うんだよ」
「詳しいんだな、野球のこと」
「…………」
雄馬がそう口にすると、光一は図星を突かれたように固まってしまう。
そんな彼に、雄馬は「ははーん」とニヤつく。
「八乙女だっけ、お前野球やってただろ。だったら俺と野球やんねーか」
「バーカ、暑苦しくて女にモテない野球なんてこの俺がやってるわけねーだろ。バリバリのサッカー部だったっつーの。あーあ、笑いまくったら腹が痛くなってきちまった、ちょっくらトイレ行ってくるわ」
「……」
焼きそばパンのゴミをくしゃりと握り潰し、話は終わりだと言わんばかりに教室を出ていく光一の背中を、雄馬は熱い瞳でみつめていたのだった。
その日の放課後。
予定通り春野と合流した雄馬は、2年生の階に赴いていた。
やはり上級生の階は恐いのか、うららは雄馬の影に隠れている。
逆に、雄馬は堂々としていた。
「よし、行くか」
気合を入れて勧誘を始めると、
「野球部?いいよ、入っても」
「マジですか!?」
「本当ですか!?」
最初の一人目からOKを貰うことが出来た。
喰いついてくる二人に、野球部に入ってもいいと言った二年生は、自分を指しながら、
「おう、こうみえても中学は野球部のキャッチャーだったんだぜ」
「おお!!」
体が大きくお腹がどん!と出ている彼はお世辞にも運動ができるとは思わなったが、キャッチャーなら納得がいく。
「やったぜ春野!」
「やったね進藤君!」
念願の一人目を獲得して嬉しくなり、両手でハイタッチをする二人。
雄馬達は2年生に向きなおると、自己紹介する。
「俺は進藤雄馬、ピッチャーです」
「私は春野うららって言います。マネージャーです」
「俺は大山武志、よろしくな」
「「よろしくお願いします!!」」
勢いよく頭を下げる二人。
すると雄馬は、わくわくした表情で武志にお願いする。
「あの先輩、この後って用事ありますか?」
「別になんもねーよ」
「じゃあちょっと俺の球を受けてもらってもいいですか!?神奈川に来てまだ一度も投げてないんですよ!!」
「いいけど、俺今ミット持ってないぞ」
「俺キャッチャーミット持ってます!」
なんでお前が持ってるんだよと心の中でつっこむ武志とうらら。
雄馬はうららの方に顔を向けると、手のひらを合わせて謝る。
「悪ぃ春野、勧誘の途中なのに」
「うんうん、大丈夫だよ。勧誘は明日でもいいし、投げたいって進藤君の気持ちもわかるから。それに、私も進藤君の投げるところ見てみたい!!」
「おう、期待しとけ!」
学校から移動した三人は、荒れたグラウンドにやって来た。
大山はグラウンドを見下ろしながら、
「へー、ここのグラウンドって青北のだったんだな、知らなかったよ。てか、雑草だらけだったから本当にグラウンドかどうかも怪しかったしなぁ」
「あはは、そうなんですよねぇ。でも、私と進藤君がすぐに使えるようにしますから、待ってて下さい!!」
ふんす!とやる気満々のうららに、大山は「お、おう。頑張ってくれ」と他人事のように言った。
「先輩、早くやりましょうよ!」
笑顔の雄馬が、キャッチャーミットを大山に渡す。
昨日雑草を抜いたグラウンドの端っこで、キャッチボールから始まった。
パンッ、パンッとボールがミットに収まる小気味いい音が鳴り響く。
大山は雄馬の球を捕りながら、
(スピンがかかった良いボールだなぁ、それにコントロールもいい。構えたところにぴしゃりとくる)
球筋に感心する武志に、雄馬が尋ねる。
「先輩、そろそろいいですか?」
「おう、いいよ」
屈伸し、ミットを構える武志。
(まさかまたこうやってミットを構える日がくるなんてな……)
と感慨深く思う武志だが、そう思っているのは雄馬も同じだった。
(野球部が無いと聞いた日には、こんなに早く投げれるとは思わなかった。早く投げさせろって身体が叫んでるぜ!!)
マウンドなんて上等なものはない。
しかし久しぶりに投げられることに、雄馬は興奮していた。
すっと両腕を上げる。
身体を捻りながら左足を上げ、大きく踏み込む。
指先から離れた白球は、彗星の如く煌めいた。
スパンッと、甲高い音を鳴らしてボールがミットに収まる。
いや、捕ったというより勝手に入った。
「「…………っ」」
武志とうららは言葉を発せないほど驚愕する。
返球してこない大山に、雄馬が尋ねた。
「なんでずっと固まってんですか、早くボールくださいよ」
「お、おう、悪い」
雄馬に言われ、慌ててボールを返す武志。
それから十球ほど投げる。
(マウンドじゃねーけど、やっぱりキャッチャーに向かって投げるのはめっちゃ楽しいな!!)
(速い……120kmは出てるんじゃないか?スピンもかかってキレもいいし、手元でグンと伸びてくる。こんなすげー球今まで受けたことねーよ。コントロールも抜群だ。正直、取ってるというよりも勝手に収まってるって感じだし)
「凄い凄い!進藤君、こんなに速い球を投げられるんだね!!」
飛び跳ねるうららが褒めると、雄馬は「えっそう?」と嬉しそうにすると、
「じゃあもう少し速く投げるか」
「「え?」」
うららに褒められて鼻の下をこすりながら雄馬がそう言うと、武志とうららの顔が再び驚愕に染まった。
大山は慌てて問いかける。
「ちょ、ちょっと待て進藤、もしかして全力で投げてるわけじゃないのか!?」
「やだなー先輩、そんなわけないじゃないですか。今は3割ぐらいっすよ」
(さ、3割だって!?)
「じゃあもうちょっと力入れて投げるんで、お願いします」
「待て待て待て!ちょっと待ってくれ!!」
慌てる武志の静止も聞かず、雄馬はワインドアップのモーションに入った。
そして、一筋の光が輝く。
ズドン!と、重く鈍い音が青い空に響き渡った。
雄馬のボールをキャッチした武志は、衝撃に耐えられず後ろに倒れこんでいる。
「先輩!」
「大丈夫ですか!?」
心配した雄馬とうららが急いで駆け寄る。
武志は澄んだ青空を眺めながら、雄馬に尋ねた。
「進藤……お前、最速何キロだ?」
「さあ?ちゃんと測ったことないんで。でもチームメイトは130ぐらいって言ってましたね」
(130……いや、もっと速いだろ。今のが全力じゃないなら、130以上はある。おいおい、すっげーやつだな。なんでこんな所にこんな化物がいるんだよ)
雄馬が差し出した手を借りて立ち上がる武志は、真剣な顔で問いかけた。
「青北ところで野球部作るって言うからお遊び程度だと思ってたんだけど、どうやらそうじゃないみたいだな」
「当たり前っす。俺は甲子園で優勝するために青北に来ましたから」
「はっはっは!!甲子園優勝って、すげーなお前!今まで野球やってて、本気でそんなこと言うやつ初めて会った!!」
「おかしいですか?」
「おかしくなんかないよ、単純に凄いと思う。んで進藤、甲子園どうこうは置いておいて、俺も本気で野球をやりたくなった。というか、お前の本気の球を取ってみたくなった。だから、俺から頼むよ。野球部に入れさせてくれ」
大山が差し出した手を強く握り、雄馬ははい!と強く頷いた。
「勿論、一緒にやりましょう!」
こうして、野球部の三人目が決まったのだった。
「じゃあ今日はやめにしようか」
「えっもうですか?」
物足りないといった顔をしている雄馬に、大山はミットから手を出して見せる。
「キャッチャーグローブがないと無理だ。見ろ、今の一球取っただけでこんなになってんだぞ」
「うわー痛そう……」
赤くなっている武志の左手を見て、顔が青くなるうらら。
雄馬は仕方なさそうに、
「わかりました。じゃあまた明日っすね!」
「いやいや、もう少し慣れるまで待ってくれよ」
「えー、早くしてくださいよ」
「こらこら、少しは先輩をいたわってくれよ」
「あはははは」
もう息が合っているバッテリーに、うららは嬉しそうに笑うのだった。
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