第15球 三球勝負!
山田慎吾の勧誘が失敗した次の日の昼休み。
屋上にあるベンチで、雄馬と光一とうらら、大山と宗谷の五人が一緒にご飯を食べていた。うららが雄馬の腫れた顔を見て、心配そうに声をかける。
「ええ!?雄馬君、どうしたのその怪我!?大丈夫!?」
「ああこれ?階段から落ちちまってさ」
「「んな訳ないだろ」」
すかさず大山と宗谷がつっこむ。
誤魔化そうとする雄馬の代わりに、光一が昨日の出来事を説明した。
すると大山は呆れた風に、
「ま~たお前は無茶をして。いい機会だから言っておくけどな、たとえ9人揃っても、雄馬がいなくちゃ甲子園どころじゃないんだぜ。そのへんわかってんのか?」
「ふぁふぁってまふよ」
もごもごしながら返す雄馬に、宗谷は「これはわかってないな」と諦める。
うららは心配そうな表情を浮かべて、
「雄馬君、お願いだから本当に無茶なことはしないでね……」
「ああ、心配すんな。つーことで、今日も練習は行けないっすから、あいつらのことお願いしますね、大山先輩」
「……しょうがねぇな。でもマジで無茶はすんなよ。八乙女も、雄馬が暴走しないかちゃんと見張っててくれよな」
「えっ、俺も行くんすか?」
「当たり前だろ、他に誰がいるんだよ」
そう言う大山に、光一は「そうっすよね、俺しかいないっすよね……」とため息を吐いた。
「お願いね、八乙女君」
「おう、この俺に任せなさい!!」
「おい」
自分とうららの時とは態度がはっきりと違う光一に、大山がつっこんだのだった。
その日の夜。
慎吾と仲間達は空き地に集まっていた。
「今日はどうする?」
「もち、やるっしょ」
「昨日は邪魔が入って出来なかったしなー」
「……」
「慎吾、お前やっぱり……」
浮かない顔をしている慎吾に、甲斐が声をかけるが、慎吾は「そんなんじゃねえよ」と否定する。
「じゃ、行きますか」
「あーちょっと待ってね、僕ちゃんたち」
突然、10人ほどの柄の悪い大人たちに囲まれる。
しかも、何人かは手に金属バットを持っていた。
突然現れたヤバそうな連中に、仲間達はひどく動揺する。
「なんだよ、あんたら……」
睨みつけながら甲斐が問いかけると、先頭に立っていたリーダーらしき男が口を開く。
「君達さー、女使っておじちゃんに悪いことしたでしょ。ダメじゃないかー、高校生がそんなことしちゃー。おじちゃんすっごく怒っちゃってね、お金あげるから君達をボコボコにしてくれって俺達に頼んできたんだよ」
「な、なんだよそれ!?」
「ねえ、なんかやばくない?」
「うん、逃げようよ」
ヤバい雰囲気を察した仲間達が逃げようとすると、大人たちは出口を塞いでしまう。
「おっと、苦さないよー。おいお前ら、野郎はボッコしとけ。女は捕まえてマワすぞ」
「「へーい」」
明らかにやばい展開に、冷や汗をかいている甲斐が慎吾に問いかける。
「慎吾、どうする」
「お前等はなるべく下がって後ろにいろ。俺が全員ぶっ殺す」
「へいへい、かっこいいねー。そんな君からまずはぶべ」
不用意に近づいてきた男に、慎吾が問答無用で顔面を殴り飛ばした。
それを見ていたリーダーの男の顔つきがかわる。
「おいお前ら、油断すんなよ。こいつできるぜ」
「「ういーす」」
そこから、慎吾と大人達の殴り合いが始まった。
「今日は見つかんねーなー」
「そうだな、この変のコンビニあもらかた探してみたが、どこにもいなかったな」
放課後、雄馬と光一は再び慎吾のことを探していたのだが、全く見つからなかった。
「どうする、今日はもうやめとくか」
「いや、もうちょっとだけ探す」
「わかったよ、しょうがねーなぁ」
捜索を続けると、近くで多くの声が聞こえてくる。
雄馬と光一は気になり立ち止まった。
「なんだろな」
「ちょっと行ってみようぜ」
「おい、待てよ大将!」
走っていく雄馬の後を追う。
少し走ると空き地を見つけ、そこで大人達に殴られている慎吾の姿があった。
「おい、あれって……」
袋叩きにされている慎吾を指して呟く光一に、顔を引き締めた雄馬がこう告げた。
「光一、お前は万が一の時のためにここにいろ。やばくなったら警察呼んでくれ」
「おい馬鹿!まさか一人で助けに行くって言うんじゃねえだろーな!?」
「当たりまえだ」
そう言って躊躇なく駆けて行ってしまう雄馬に、光一は「もうほんと勘弁してくれよ」と涙顔になった。
「はあ……はあ……」
「ちっ、こいつマジでしぶてぇな」
「まだ油断すんなよ。このガキ、まだ反撃を狙ってやがる」
慎吾はボロ雑巾のような状態になっていた。
頭から血を流しており、出血もひどい。
倒れていないのが不思議なくらいだが、慎吾の目は死んでいなかった。
それに、慎吾は四人の大人を倒している。
彼の喧嘩の強さに、リーダーの男は慎重だった。
「「おらあ!」」
「ぐっ」
しかし、三人がかりで攻撃され、躱そうとしたのだがもう身体が動いてくれず、まともに受けてしまってついに慎吾は倒れてしまう。
「やっとくたばったか、てこずらせやがって」
リーダーの男が慎吾の頭を蹴り飛ばす。
「慎吾!?この野郎!!」
「うわぁぁあああ!!」
「おっと雑魚は引っ込んでな」
「あがっ」
甲斐と菊岡が懸命に立ち向かうが、大人達になすすべもなくやられてしまう。
「さて、じゃあ女を連れていくか。そうだ、こいつらの目の前でヤるっていうのも面白そうだな」
「「ひっ」」
最悪な想像をした愛理と蟹田は近づいてくる大人達に「こ、来ないで……」と怯える。
「なあ、どう思うよ。お前の女が今からヤられる気分は?」
リーダーが慎吾の髪を鷲掴み、下卑た笑みで聞く。
そんな楽しそうなリーダーの肩が、とんとんと誰かに叩かれた。
「なんだよ、今いいところなんだから邪魔すんじゃ……」
「よっ」
リーダーが振り向くと、そこには笑顔の雄馬がいた。
そして――、
「おらあ!」
「うべ!!」
おもいっきり殴り飛ばした。
突然現れた雄馬に気が付き、慎吾は目を見開いて、
「テメエ、どうして……」
「言っただろ、お前を野球部に入れるって」
「……」
「おいクソガキッ、よくもやってくれたなぁ!!ぶっ殺してやる!!お前等やっちまえ!!」
キレたリーダーの男が怒鳴ると、大人達が一斉にかかってくる。
――だが、
「ごは!?」
「うべ!?」
「ぐえ!?」
一瞬で三人の大人をぶっ飛ばしてしまった。
それを見て、慎吾は信じられねぇ……と驚愕する。
(あの野郎、俺とやっと時よりも強ぇ……くそ、手加減してやがったのかっ!)
確かに雄馬は慎吾と喧嘩をした時、やり過ぎないように気をつけていたが、全力は出していた。
普通に慎吾がタフなだけで、雄馬も戸惑ったぐらいだ。
だが今回は相手が相手なだけに気をつける必要もなく、また慎吾よりも貧弱なので、あっという間にリーダー以外の残っていた大人を片付けてしまった。
雄馬の獅子奮迅の姿を陰で見ていた光一は、胸中でビビッていた。
(なにがやばくなったら警察呼べだ。全然余裕じゃんかよ!っていうかあいつ、喧嘩強すぎだろ、実はサイヤ人かなんかじゃねーのか!?)
「くそ、なんなんだよテメエはよ……部外者の癖に割り込んできてんじゃねぇよ」
悪態を吐くリーダーに、雄馬は親指を倒れている慎吾に向けながらこう告げる。
「部外者じゃねーよ、俺はこいつのクラスメイトだ」
「くっそ、ふざけやがって、死ねや!」
バットをおもいっきり振るってくるリーダー。
しかし雄馬は避けることもせずリーダーの手首をガシっと掴んだ。
「バットは喧嘩の道具じゃねぇんだよ。男だったら拳でかかってこいや!」
「おげっ!!」
顔面を殴り飛ばすと、リーダーは昏倒した。
全員をノしてしまった雄馬は、ぱんぱんと手を叩きながら慎吾に振り向く。
慎吾はゆっくり、ふらふらに立ち上がりながら、
「礼は言わねーぞ」
「んなもんいらねーよ。それより、ん」
雄馬は落ちていたバットを慎吾に渡す。
慎吾はじっと、バットを見つめた。
「……なんのつもりだ」
「三球勝負だ。お前、ホームランバッターなんだってな。勝負しようぜ。もし俺が負けたらもうお前に関わらねえと約束する。けど俺が勝ったら、お前がうんと頷くまで勧誘しに行ってやっから」
「バカ野郎、やるわけねーだろーが」
「逃げんのか?なんだ、光一がすげーバッターだって言うから楽しみにしてたのに、こんな腰抜けだとわな。あーあ、がっかりだぜ。これじゃあ天国にいる親父さんも浮かばれねぇな」
「んだと……」
露骨な雄馬の挑発に、慎吾の顔が険しくなっていく。
そんな中、甲斐が慌てて止めに入る。
「待ってくれ、慎吾はこの通り怪我をしてんだ。病院に行くほうが先だ。勝負はまた後でいいだろ!?」
甲斐が頼むと、慎吾の仲間である愛理と蟹田、それに菊岡が激しく首を縦に振る。
しかし雄馬は「知ったこっちゃねぇよ」と彼等を一蹴して、
「それは喧嘩が弱いこいつが悪い。勝負とは関係ねーよ。それに、そんくらいの怪我でバットが振れなくなるわけねーだろーが」
「「……」」
とんでもない傍若無人な雄馬の物言いに、みんなが「なんだこいつ……」と宇宙人を見るような目で見ていると、光一は雄馬の祖父に心の中で文句を言う。
(雄馬の爺さん、いったいどういう風にこいつを育てたんだよ!?)
光一も慌てて雄馬を説得する。
「雄馬、あいつらの言う通りまた今度にしようぜ。ここはグラウンドじゃねえし、ボールがどこに飛んでいくかもわかんねぇんだぞ。それに、いつまでもここにいたらまた通報されるかもしれねえし……」
「なんだ光一、俺がこんな腰抜け野郎にバットを当てられると思ってんのか?」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
「三球だ」
慎吾はバットのグリップを握り、苛立たしそうに雄馬を睨みながら、
「面倒臭くぇから、それで終わりにしてやるよ」
勝負に乗ってきた慎吾に、雄馬はにぃぃと口角を上げた。
「そうこなくっちゃな」
「もう……俺はどうなってもしらねぇからな」
周りには気絶している大人達。
仲間達と光一は空き地の端で見守っている。
雄馬と慎吾は、18メートルの距離を離れていた。
慎吾が構える。
彼は左バッターだった。
「いくぜ、一球目」
「早くしろ」
雄馬が構え、一球目を投げる。
放たれたボールは空を裂き、慎吾の横を通過する。
反応できなかった慎吾は、じっと雄馬を睨んだ。
「はっや!?」
「あ、あんなの打てる訳ないじゃん……」
「な、なあ甲斐?慎吾は打てんのか?」
「わかんねえよ」
ギャラリーがざわつく中、雄馬はボールを遊ばせながら慎吾に尋ねる。
「あと二球だぜ」
「わかってんだよ、一々言うんじゃねえ」
舌打ちする慎吾は、ざっざっと足下を並す。
そして、さっきとは目つきが明らかに変わった。
彼から強打者の雰囲気が醸し出され、雄馬は獰猛に笑った。
(いいねぇ。こんなひりつく勝負は久々だ。面白くなってきたじゃねーか!)
雄馬が二球目を投げる。
バットが唸り、ボールを捉えた。
キンっと甲高い音を響かせ、ボールは光一達のもとへ飛んでいってしまう。
「「きゃあ!!」」
光一が飛んできたボールを咄嗟に素手でキャッチしながら、雄馬に叫ぶ。
「おい雄馬、当てさせないんじゃなかったのかよ!!」
「悪い悪い、ちょっとこいつの事みくびってたわ」
やじを飛ばしてくる光一に、手を挙げて謝る雄馬。
ボールをバットに当てた慎吾は、ファールの結果に信じられないといった様子だった。
(今のタイミングは完璧だったはずだ。なのに押された……こいつ……)
慎吾は雄馬を睨み集中すると、雄馬の様子に異変が起きる。
いや、異変が起きたのは慎吾自身だった。
(なんだ……こいつの身体がデカく見えやがるっ!?)
「ふぅー」
短く息を吐き、集中を研ぎ澄ます。
雄馬は大きくワインドアップ、足を上げ、踏み込む。
腕がしなり、剛速球が放たれた。
「くっ!」
慎吾は勢いに負けんとフルスイングするも、ボールを捉えることはできず、バットは空を切った。
慎吾の目が見開かれる。
「俺の勝ちだな」
「……」
勝負に勝った雄馬は、光一の方に向き直り、
「光一、行こうぜ。じゃあな山田、また来るわ」
「おい雄馬、ちょっと待てよ。こいつらどうすんだよ!?」
「ん?適当に警察呼んどけばいいんじゃね」
何事もなく去っていく雄馬と光一。
慎吾はずっと、バットを見つめていたのだった。
慎吾との事件から三日経った。
放課後、グラウンドの整備をしていた雄馬に光一が話しかける。
「なあ大将、山田のことはもういいのかよ」
あれから雄馬は一度も慎吾のところへ訪れていない。
だから光一は、雄馬が慎吾のことを諦めたのかと思っていた。
雄馬は「バーカ」と続けて、
「んなわけねーだろ」
「じゃあ何で誘いに行かないんだよ、折角勝負に勝ったのによ」
「あいつは来るさ。俺に負けたままで終われるような奴じゃねぇだろ」
「本当か~?」
光一が半眼で疑っていると、小西が土手の上を指さして、
「なー、なんか不良っぽいやつらが来てんだけど」
「なんだ、あいつらは」
文学が怪訝そうな顔で言うと、それぞれ土手を見上げる。
追うように土手のほうは見た雄馬は、ニヤリと笑った。
「ほら、来たみたいだ」
「うわーマジかよ」
土手の上には、慎吾と仲間達がいた。
そして慎吾は金髪ではなくなっており、黒髪のスポーツ刈りになっていた。
彼らはみんなで階段を降りてくる。
なんだなんだ!?と部員達も集まった。
雄馬と対面した慎吾は、真剣なまなざしで口を開いた。
「悪さをした金は全部返してきた。許してくれるまで謝った。もうあんな悪さはしねぇ。だから頼む、俺を野球部に入れてくれ」
深く頭をさげる慎吾。
他の者は口を開かず成り行きを見守っていた。
「落とし前はつけてきたってことか」
「……ああ」
「なら何も問題ねぇな、やろうぜ山田!」
「……あ、ああ!!」
雄馬の差し出した手をぎゅっと握る慎吾。
その顔つきは、憑き物が取れたかのようにとても晴れやかだった。
雄馬は後ろにいる仲間にも声をかける。
「お前らも野球部に入らねぇか?」
「悪いが、俺達は違う学校なんだよ」
甲斐が手をひらひらさせながら断ると、雄馬は「そっか」と落ち込む。
菊岡が頭の後ろで手を組んで、
「俺らは慎吾の応援隊ってことで」
「あーしはダーリンの応援だし」
と、突然愛理が雄馬の腕に抱きついた。
「「ダーリン!!?」」
彼女の行動と言葉に、全員が驚愕した。
愛理はうっとりする顔で、こう語る。
「慎吾と勝負してる時のダーリン、マジかっこよかったし。あーし惚れちゃったし」
「おい、ひっつくなよ」
はたから見たらイチャイチャしている光景に、野球部の男共がぶち切れる。
「おいてめー進藤!!練習サボっておいて女作るとは何ごとだごらー!!」
「そーだそーだ、卑怯だぞー」
「ふん、これは罰が必要だな」
「うーん、残念だけどこれは許せないかなー」
一年生が雄馬に詰め寄っている光景を眺めながら、大山と宗谷はため息をつく。
「あいつのすることは何一つ読めないな」
「だな。問題になってないのが奇跡みたいなもんだ」
「でも、本当に連れてきたな」
「あいつが一度やるって決めたんだ。間違いないさ。お前だってそうだっただろ?」
大山が茶化すように尋ねると、宗谷は参ったと言わんばかりに笑った。
「だ……ダーリン……ダーリンってなに?おいしいの?」
目の光が失ったうららが呆然と呟いていると、部員達が慌てて、
「おい、うちのマネージャーが壊れたぞ!?」
「なにぃ!?おい進藤、全部おまえの所為だ、お前がなんとかしろ!」
「いや、なんで俺のせいになるんだよ」
冷静に突っ込む雄馬。
その後もわちゃわちゃして、なぜか自己紹介が始まっていた。
そんな彼等を眺めながら、雄馬は隣にいる慎吾に告げる。
「山田、まだ言ってなかったけどよ。俺はここにいるみんなで甲子園をめざすぜ」
「ふっ……今さらだろーが。んなことはとっくに知ってんだよ」
そう言う慎吾に、雄馬は微笑みながら、
「あっそ、ならいいさ。よろしく頼むぜ、山田」
「ああ」
拳をぶつけ合う二人。
これでようやく、9人目が揃ったのだった。




