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第14球 山田慎吾!

 



 光一の予想通り、山田慎吾はコンビニの裏で数人の仲間とたむろしていた。

 男女の差は男三人、女二人である。


「昨日のおっさん、マジ面白かったよな。金は払うから、許してくれーって」

「あはははは、だよねえ!」

「こんな美少女とただでヤれるわけねーだろってね!」

「さーて、今日の可哀想なおじさまは誰になるかな、なあ慎吾?」

「……そうだな」


 仲間の一人、前髪を髪留めで上げていのが特徴の菊岡三郎きくおかさぶろうから話を振られるが、慎吾は適当に返す。

 頭を金髪に染め、タバコを吹かす慎吾は、とても半年前まで野球をやっていたようには見えなかった。

 反応が今一な慎吾に、もう一人の仲間、ロン毛が特徴の甲斐友樹かいともきが肩を組む。


「そうつまんなそーにすんなよ、ただの暇つぶしだろ?何も貧乏そうなやつから金を巻き上げてるわけじゃねーんだ。金持ってそうなおっさんをちょっと脅して、諭吉さんを一、二枚頂く遊びだよ。まっそれも慎吾がいるからすんなりいくんだけどよ」


 このグループは最近、中年男性をターゲットにし、美人局まがいのことをしていた。

 女二人で話しかけ、ことを起こそうする前に男三人が割り込み写真を撮る。

 この状況をバラされたくなかったら金を寄こせと脅すのだ。

 罠に嵌められた中年も抵抗するが、180を超えたガタイとイカつい顔の慎吾を見ると途端に反抗する気がなくなってしまう。

 外見がイカつい慎吾がいるからできることで、仲間は脅しに乗り気でない慎吾のご機嫌を取っていた。

 そんな話をしている彼らの元に、雄馬と光一がやってくる。


「おっ、どうやら当たりっぽいな」

「光一、お前実は凄げぇんだな」


 光一の名探偵ぶりに雄馬が感心していると、仲間は突然現れた二人にガンを飛ばす。


「なになに、俺らになんかよう?」

「ああ、そこにいる山田に用があって来たんだ」

「なんだ、慎吾のつれか?」

「やーん、この二人けっこうイケてね?」

「そうかも、あーしはこっちの男前の方が好みかもしんない」

「あんた意外と男らしい奴好きだもんねぇ」


 女の仲間が雄馬と光一の顔を見てテンションが上がる。

 長い金髪に、肌が焼けていかにもギャルっぽいのが夏川愛理なつかわあいり

 短い黒髪に一部が白のメッシュが入り、唇の下の顎にピアスを付けているのが蟹田かにたみやび。

 二人とも、可愛さのレベルはかなり高いほうだと思う光一。

 だが雄馬に女子二人の人気をかっさられ、心の中で涙ぐんでいた。。

 逆に女子の反応が気に入らない甲斐や菊岡は、イラついた表情で口を開く。


「ちっ用があんならとっととしろよ!」

「用がないんだったら消えろ」

「分かった。じゃあ早速だが、山田、野球部に入ってくれないか」

「……あ?」


 雄馬が単刀直入にそう言うと、山田はキョトンと首を傾げた。

 いきなり野球部にはいれと言ってきたことがおかしくて、山田の仲間達は爆笑する。


「あはははは!」

「こいつ、言うにことかいて野球だってよ!」

「あはは、マジウケるんですけど、慎吾が野球なんかするわけないじゃん」

「だよねー、全然似合わないし!」

「ってことだ、もういいだろ。俺達これからやることあっからさ、お前等もう消えろよ」


 散々馬鹿にされているが、雄馬は何一つ耳を貸さず山田の目をずっと見続けて黙っている。

 今まで口を閉ざしていた慎吾が、ようやく口を開いた。


「お前等、青北か?」

「ああ」

「っかしいな、青北うちには野球部なんてなかったはずだぜ」

「へっなんだお前ら、野球部がないのに慎吾のこと誘ったのかよ、マジうけるわ」


 再び馬鹿にしてくる菊岡を無視して、雄馬はにやりと意味あり気に笑う。


「へー、まだ一度も学校来てない癖に、野球部がないってことは知ってんだな」

「ッ!?」


 図星を突かれたように目を見開かせる慎吾に、雄馬は真剣な表情を浮かべて、


「野球部は俺が作る。もう8人揃った。最後の一人は山田、お前だよ」

「……はっ、気持ち悪い、野球なんてやるわけねーだろ。失せろ」

「そういや自己紹介がまだだったな。俺は進藤雄馬、青森県出身のピッチャーだ。青北で甲子園にいくために来た」

「勝手に名乗ってんじゃねーよ、失せろって言ってんだろーが、ぶっ殺すぞ」


 人の言うことを聞かず勝手に喋り続ける雄馬に、段々と山田の怒りが募っていく。

 それは仲間達も同様であり、険悪なムードになってきてしまったので、光一が小声で静止する。


「おい大将、これ以上はやばいって。あちらさんキレ始めてるぞ」

「だから?俺は山田に話してんだ。他なんか気にすんな」

「ばっかお前、だったら一人の時を見計らったっていいじゃねーか!」

「おいテメェら、いい加減消えねーとマジでシメるぜ!」

「ほらぁ!完全にキレちゃったじゃねーか!?」


 眉間に皺を寄せた菊岡が立ち上がり、ずんずんと雄馬に近づいてくる。

 そして「おらぁ!」と雄馬の腹をおもいっきり殴った。


「雄馬!?てめぇ!!」

「へへ、お前もやられたくなかったらさっさと消えぶべ!!」


 仲間の一人が話している途中で、菊岡が顔面を殴られ盛大にふっとんだ。

 勿論、殴ったのは雄馬である。


「「……」」


 雄馬が反撃してくると思っていなかった全員が、驚愕の表情で彼を見つめる。

 心配している光一を安心させるように、雄馬はにかっと勝気な笑みを浮かべながら告げた。


「あんなの爺ちゃんの拳骨に比べれば屁でもねえよ。それに、地元じゃ喧嘩はしょっちゅうやってたしな」

「どこの戦闘民族だよ……」


 雄馬のハチャメチャぶりに呆れる光一。

 慎吾の仲間は雄馬に対し、明らかにビビッていた。

 そんな中、面倒くさそうに慎吾が立ち上がった。


「慎吾、やっちゃって!」

「ぶっとばしちゃえ!」


 蟹田や夏川の声援を一切耳にすることなく、慎吾は雄馬の目の前に立つ。

 雄馬は慎吾の目をまっすぐ見つめながら、


「どっちかというと俺は、バッターのお前と勝負してぇんだけどな」

「ぬかせ」


 同時に拳を繰り出し、二人とも頬にくらってよろける。

 それから二人は一進一退の攻防を繰り広げた。

 とは言っても、格闘技をやっているわけではないので、殴り合いの我慢比べである。


「へへ、こんなもんかよ!」

「ちっ、頑丈なやつだ」


 中々勝負が決まらない中、二人の喧嘩が視界に止まり、立ち止まる者が増えてきた。

 コンビニの裏といっても、派手に喧嘩をしていたら周囲に気付かれる。

 次第に、パトカーの音まで鳴り響いてきた。


「「はあ……はあ……」」


 決着はつかなかった。

 慎吾の仲間が慌てて声をかける。


「おい、警察が来ちまったぞ!逃げようぜ、慎吾!」

「雄馬、俺達もだ!こんなところ見られたら野球部を作るどころの話じゃなくなっちまうぞ!」

「「……」」


 雄馬と慎吾はお互いに睨み合っていたが、仲間に引っ張られてこの場を後にしたのだった。




「はぁはぁ、ここまでくれば大丈夫だな」

「悪いな光一、付き合わせちまって」

「本当だよお前、すーぐ突っ走りやがって、たまには後先考えろってんだこの暴走機関車」


 警察に見つからないよう、二人は橋の下に隠れていた。

 ボロボロな身体の雄馬を見て、光一が提案する。


「なあ雄馬、山田のことはもう諦めようぜ。今のあいつがまた野球をやるようには思えねぇし、なんかヤバそうなこともしてそうだしよ。関わらねー方がいいんじゃねーのか?」


 そう言う光一に、雄馬はすぐに首を横に振った。


「いんや、あいつは絶対野球部に入れる。背も俺よりあるし、パワーもありそうだ。確かにホームランバッターの器だぜ。それに、山田の母ちゃんと約束しちまったしな……絶対にあいつに野球をやらせるって」


 雄馬の揺るぎない強い意志を感じ取った光一は、大きなため息をついた。


「ったく、しょうがねーなぁ。ここまで来たんだ、最後まで手伝ってやるよ」

「いいのか?最悪大勢に囲まれるかもしんねえぞ」

「そうなる前に逃げるから安心しろ」

「へへ、ありがとよ」



 慎吾と甲斐は、集合場所となっている近くの空き地に逃げていた。

 他の三人は帰らせている。

 甲斐は座って俯いている慎吾に話しかけた。


「まさか、慎吾と喧嘩のタメはれるやつがいるとはな」

「……」

「あいつら、野球部っつってたよな。なあ慎吾、お前また野球を――」

「うるせえよ。俺はもう野球なんかやらねえって言ってんだろ」


 甲斐の話しを遮り、うざそうに否定する。


「そうかよ。んじゃ俺はもう行くぜ、久々に走って疲れたし、汗も気持ち悪ぃしな。慎吾も俺んち来いよ」

「今日はいいわ」


 誘いを断る慎吾に甲斐は「そうかい」と言って去っていった。

 ぽつぽつと、雨が降ってくる。

 慎吾は動くことなく、その場にじっと座っていた。


『山田、野球部に入ってくれないか』


 慎吾は雄馬の言葉を思い出し、苛立ちながらちっと舌打ちをする。


「何が野球だ……くだらねえ……」


 毒づく山田は、不意に父親の最後を思い出していた。


『親父!俺またホームラン打ったぜ!』

『おお!凄いじゃないか慎吾!流石俺の息子だな!』


 病院の個室で、ユニフォーム姿の慎吾が父の見舞いに来ていた。

 太く大きかった父親の身体は、日に日に衰え痩せ細っている。


『ごほっ、ごほっ』

『しっかしろっ、大丈夫か親父!?』

『ああ、大丈夫だ。ありがとう、慎吾。横になればよくなる』


 ベッドに横になる父親。

 慎吾は心配そうに……。


『親父、絶対治せよ。ガンなんかに負けたら許さねぇからな』

『馬鹿野郎、誰にものを言ってやがる!!俺のところに来てる時間があったら、家で素振りでもしてろや』

『わ、分かってんだよなんことは。じゃあな、もういくぜ』

『おう、おう慎吾』

『なんだよ』


 病室を去る慎吾の背中に声をかけた父親は、彼の顔を見ながら力強く告げた。


『頑張れよ』


 中学最後の夏の大会。

 慎吾の逆転ホームランにより、県ベスト4が決まった。

 みんなが勝利の歓喜に包まれている中、監督が慌てた様子で慎吾に伝える。


『慎吾! 親父さんが!!』

『えっ……』


 監督に車で病院に送ってもらい、慎吾が駆けながら治療室に向かう。


『慎吾君がきました』

『そうか、通してあげてくれ』


 主治医に促され、治療室に入る。

 そこには、父親の手をぎゅっと握っている母の姿があった。


『あんた、慎吾が来たよ。ほら慎吾、父ちゃんに話してあげな』

『……親父』


 慎吾は放心状態のまま、父のもとに向かう。


『親父……俺、逆転ホームラン打ったんだぜ。県でベスト4が決まったんだ。あと二つ勝てば全国に行けるんだぜ。親父を全国に連れていけるんだ』


 涙が流れ、声が震える。


『なあ、約束したじゃねえか。ガンなんかに負けねえって。絶対治すって……親父、死ぬんじゃねえよ!』

 慎吾が父親の手を強く握り閉めながら叫ぶと、父親は薄く目を開けて。

『慎吾……』

『親父!?』

『強く、強くいき……』


 言葉を途中で終わり、心拍機の画面に0が表示されてしまった。


『親父ーーー!!!』



「……」


 雨はいつの間にか強くなっていた。

 慎吾は頭を振って嫌な記憶を振り落とすと、重い腰を上げた。

 ずぶ濡れのまま、久しぶりに家に帰宅すると、


「おかえり」

「……んで起きてんだよ」


 母が出迎えてくれた。

 家の明かりがついていなかったので、もう寝てると思って家に上がったのに。


「明かりがついてたら、あんたは入って来ないだろ?」

「ちっ……」


 どうやら母親の方が一枚上手だったようだ。


「どれ、温めなおすから食べちゃいなよ」

「いらねぇよ」

「あっそ。じゃあ勝手にやるから、食べるも食べないもあんたの自由だよ」


 母親が料理を作り直している間に、慎吾はシャワーを浴びる。

 パンツ一丁で出てきた慎吾に、母は今日訪れた雄馬達のことを話した。


「今日ね、学校のクラスメイトが二人、家に来てくれたんだよ。雄馬君と光一君って言うんだけどね、知ってるかい?」

「……知らねぇよ」


 素っ気なく答える慎吾に、母親は「そうかい」と言って、


「じゃ、あたしは寝るからね。慎吾、父ちゃんに挨拶だけはしときな」

「うるせえな、早く寝ろや」

「はいはい」


 階段を上っていく母親の顔は、少し微笑んでいた

 慎吾は椅子に座り、テーブルにおかれた料理に手をつける。

 久々に食べた母の料理は、カップラーメンより数段美味かった。


「……くそ」


 慎吾は仏壇に置いてある父親の写真を横目に、ぽつりと呟いたのだった。



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