9話 百合営業はついてくる
「……んで? 何でウチの学校に?」
屋上の端っこのベンチに腰掛ける。薫は初屋上になるみたいだけど躊躇うことなくとなりに腰掛けてきた。
ここでようやく本題に入ることができる。まったく……ずっと授業中モヤモヤが止まらなかったっての。
「まぁ率直に言うなら百合営業の一環だね」
「……は? マジで?」
びっくりしすぎて大声をあげることすらできなかった。人間ガチで驚いたら逆に冷静になるんだな。
「マジだ。学生たちはSNSをよく使うだろう? そこで拡散してくれることを狙って、同じ学校に編入することになったんだ」
「ちょっと待て! 薫ってめっちゃ頭いい学校行ってただろ? それなのに良いのかよ……こんな偏差値の低い学校なんかに来て」
マネージャーから聞いた話によると薫はその頭いい学校の中でも常に上位5位以内に入っていたという。正直もったないない……って思うのは普通だろ?
「もちろん良いさ。トップアイドルになれるのなら、これくらいなんてことはない」
その言葉に、私は戦慄した。コイツのプロ意識は私並みとか思ってたけど……そんなレベルじゃない。コイツは本気で人生をかけてアイドルやってるんだ!
「ふふ。目を丸くしすぎじゃないかい、明日香」
静かに上品に笑う薫。でもそういえばまだ疑問は残っているぞ……
「なんで転校してくること、私には黙ってたんだ? 薫も、事務所もマネージャーもみんな!」
なんかこの作戦というかプログラムから私だけ仲間はずれみたいにされている。私だってfelizのメンバーなのに……納得いかないというのが正直なところだ。
「理由は2つだね。まず……どちらかが転校するという計画で、明日香が私の学校に来てちゃんと赤点を取らずに進級していくのは不可能と判断したから」
うっ……それは確かにその通りだ。グゥの音すら出ない正論だよちくしょう。この学校でも成績は真ん中よりちょい下だしな。
「そしてもう1つだ」
薫が指を立てて神妙な顔をする。ゴクリと自然に生唾を飲み込んでしまった。それほどまでの緊張感が生まれる。
「シンプルに明日香の反応が楽しみだった。それだけだ」
「私の緊張を返せやコラ!」
さっきまでの神妙な顔どこ行きやがった! もういつも通り私を小馬鹿にする顔に戻ってるじゃねぇかよ。
まったく何がしたいんだよコイツは……。そんなに私が驚いたり困ったりしているところがみたいのか? そ、それってまるで私のこと……す、好きみたいじゃねぇか。
変な意識を持って薫を見るとなんか顔が熱くなってきた。
「ん? どうしたんだい明日香。顔が赤いよ」
「な、なんでもない、見るな!」
変な意識を持つな私! 相手は薫だぞ……冷静さを保て!
いや待てよ? 薫が百合営業の計画の一環としてこの学校に転校してきたっていうならもしかして……。
「なぁ、もしかして学校内でもイチャイチャしないとダメだったりするの?」
この前のチュウチュウランドと同じ状況だというのならそういうことになる。人目の多い学校でイチャイチャすることで拡散してもらう……っていう作戦だろう。
「もちろんだ。だから朝みたいに怒ってもらったら困るね」
サラリと薫は肯定した。マジかよ……学校でもイチャイチャしないといけないだなんて……私の楽園が崩壊する音が聴こえるぞ。
「学校でも仕事かよ……」
「アイドルとはそういうものだろう? プライベートでもファンに会ったとしたら笑顔で握手をするのは当然。それを学校でもするだけだ」
ファンとの握手と百合営業でイチャイチャすることを同列に並べないでほしいんだけど。イチゴの前でもイチャイチャしないといけないんだよな……キッツ。
「というわけで明日からももちろんお昼は一緒に食べるよ。元からの友達がいるならまぁその子もいていいけど……いるのかい?」
「ば、バカにするなよな! 友達くらいいるっての!」
イチゴしかいないけど……。でも友達は数じゃない、質だ! イチゴは私の親友なんだ、そこは胸を張って言えるぞ。
その答えが意外だったのか少し薫が顔を曇らせたように見えた。
「……そうかい。その子と会えるのも楽しみだ」
なんか気のせいかもしれないけど機嫌が悪い? 気のせいだよな、私を煽る時も仕事の時もどんな時だって機嫌が悪い時なんて見たことない。きっと転校の不安も少しはあるんだろう。
「……ま、何か困ったことがあれば私に言えよ? 薫に貸しを作るのは悪くないしな」
「ふふ。まぁ困った時はよろしく頼むよ」
キーンコーンカーンコーン……とお昼休み終了5分前の予鈴がなる。見渡すといつのまにか屋上にいた生徒たちはすでに校舎内に移動したらしく誰1人残っていない。この屋上には薫と、私だけ。
今なら百合営業のことだって声を大にして話し合えるけどそんな時間は残されていない。次の授業をサボる手もあるけど私達アイドルは休みがちだから参加できる日はしておかないとテストも進級も危ういのだ。
「さて、教室に戻ろうか。わかっているとは思うけどこれから教室内では出来る限りイチャイチャしなければならない。いいね?」
「お、おう。わかってるっての」
そんな恥ずかしいことを改めて確認されると調子狂うわ。このままだとまた薫にペースを持っていかれる……ならこっちから仕掛けてやる!
「えいっ!」
気合を入れて薫の手を握った。それも恋人繋ぎで。これならどこからどうみても百合カップルだろ? 尊い空間を生み出すことに成功してるだろ?
「積極的だね、明日香」
ほんの少し薫の顔が赤くなっている気もする。よしよし、成功だ。だけどここで油断したら裏をかかれるからな、まだ慎重に行動しないと。
「このまま教室まで行けばそこそこの生徒に見られるだろ?」
「そうだね。じゃあこのまま行こうか」
だんだん体温が上がってくるのを感じる。なんでか薫と手を繋ぐとドキドキするんだよな……。悔しいけど美人だからな、コイツ。
手を繋いだまま廊下を歩くと期待通りそこそこの生徒からチラチラと見られている。私だって一応アイドルだ。顔もそこそこ可愛いと自負している。そんな私と誰から見ても美人の薫が手を繋いでいるんだ、視線を集めるのは当然かもしれない。
「上手くいっているね、この子達が広めてくれるといいのだが……」
「私たちのことを知ってる人がいたら流してくれると思うけどな」
2人の間でしか聴こえないような声量で状況確認をする。こういう能力はアイドルをやっている間に自然と身についたものだ。結構便利だからいいぞ。
「ただいま〜」
授業開始1分前に教室に到着する。もうほとんどの生徒が席に座って先生を待っていた。イチゴはなぜか私の席で寝ているけど。
「おいイチゴ。何してんの?」
「はっ! み、みやのん! い、いやあのね、なんか気がついたら寝ちゃっててその……」
桃色ツインテールをぴょこぴょこなびかせるほど必死になって首を横に振るイチゴ。何をそんなに必死なのかわからないし、そもそもなんで私の席で寝てたんだ? 謎が謎を呼ぶな。
理由を聞いてみようと思ったら先生が来てしまった。薫と仲良さげにバイバーイってして席に着く。はぁ、疲れるわこれ。あと席にイチゴの温もりと匂いがついてるんだけど。いい匂いだから別にいいんだけどさ。