72話 アウェイでライブ!
「さ、バックに入っちゃって」
ミニライブを少し見て、マネージャーに促されながらステージ裏に入る。観客のボルテージは上がり切っていて、私たちで燃え尽きないか心配なくらいだ。
ステージ裏から見ている限り、やっぱり技術的な面では私たちには及ばない。
でもアイドルにとって大事なのはそれだけじゃない。どれだけファンを喜ばせることができるか。それが重要なんだ。
「……明日香、緊張していないかい?」
「してるぞ。完全にアウェイだしな」
「私も、久しぶりに緊張しているよ。だから……」
そう言って薫が手を伸ばしてきた。その意味を、なんとなくすぐに察することができた。
私はゆっくり深呼吸して、薫の手を取った。さっきまで繋いでいた手だというのに、今はなんとなく違った意味を持っているように感じる。
「どうだ? 安心するか?」
「そうだね。明日香がもう少し頼りがいのあるパートナーであればなおよかったけどね」
「一言多いんだよ」
苦言を呈すると薫はクスクスと笑ってみせた。良い緊張はほどよく残り、余計なものは洗い流せたみたいだな。
『それでは私たち最後の曲です! よろしくお願いします!』
おっ、一個前の子たちはもうラストになったらしいな。よし……私も気持ちを上げていくか。
相変わらず観客たちはうるさいくらいに盛り上がっている。向かいにあるメイドカフェの客引きメイドさんが可哀想になってくるよ……。
変なことに気を取られているうちに最後の曲が終わったらしい。観客たちは指笛を吹いて『味噌っ子』を称えた。
続々と味噌っ子たちがステージから降りて、裏にやって来る。アイドル本人たちには敵対心はあまりないみたいで、私たちに軽く会釈してくれた。良い子だ。
リーダーらしい灰色の子が最後に降りてきて、私とがっつり目があった。
「えっ……えっ!? 明日香さん!?」
「あー、うん。明日香です」
突然話しかけられたから不出来な翻訳機みたいな返答になってしまった。
思えば名古屋に来てから向こうから話しかけてもらったのは初めてかもしれない。
「わ、私……」
「あーごめん! 今からすぐライブだからさ、もしなにか重要なことだったらライブ後にね♪」
灰色の子には悪いけど、せっかく集まった観客たちを逃したくはない。味噌っ子が集めた観客だろうと客は客。これから私たちのファンにしてやる!
「行くぞ、薫!」
「あぁ。行こう!」
「「feliz、ミュージック、スタート!」」