70話 一時退却
結局それなりの成果も得ることはできず、『まんだら〜け』を後にした。
なんだろうこの気持ち。悔しい……って言うのかな。まさかここまで名古屋がアウェイだとは思ってもいなかった。
握られた薫の手に力が入ったのを感じる。薫もきっと、同じ気持ちだ。
「……私たちに今できることは百合営業しかない。ライブの時間まで、諦めずにやるよ」
「おう。諦められるかよ!」
せっかくの1周年記念ライブだ。空席が目立って、お客さんに少しモヤモヤとした気持ちを抱えてほしくない。
それに何より……44000という箱を埋めたい! これはお客さんのためではなく、felizの価値を証明したいという、私のエゴだ。
その後、薫と手を繋いで色々な施設を回った。
老舗和菓子店、カードショップ、アパレル、ゲームセンターにイラスト展、神社まで。改めてごった返した街だと思う。
その結果……何も得るものはなかった。
「あーーーー、疲れた……」
「だらしないよ明日香」
「無言で写真を撮るな! そしてその指、イソクサグラムにアップしやがったな!」
「ふふ、溶けてるパートナーが可愛くてついね」
時刻はもう14:40。ライブの告知をするいいタイミングだろう。
薫のイソクサグラムを覗いてみたら私の溶け顔とともにミニライブについても記されていた。ちゃっかりしてるな。
「さて、本題に移ろうか」
ニヤニヤしていた薫の表情がいきなり引き締まる。それを見て私もつられるように引き締まった。
「本題って?」
「このままではミニライブにすら人が集まらないだろうということだよ。まさかここまで名古屋のアイドルファンが排他的だとは思ってもいなかった」
排他的……まぁそう表現したくなるのもわかる。
自分たちが可愛がってきた地下アイドルを守るために、東京からきた私たちにキツく当たっている気がするしな。
「そこでだ。今から地下アイドルのライブを観に行かないかい?」
「え? そんな時間あるか?」
「大丈夫。さっきマネージャーといた時に見ておいたんだけど、私たちの前にあの広場を使うのはどうやらアイドルらしい」
「おぉ……それなら時間は大丈夫だな。でもなんで地下アイドルのライブを?」
「もしアイドル側に私たちへの憧れの感情があるのだとしたら、そこにつけ込んでファンをこちらへ引き込むことができるかもしれないだろう?」
さも当然のように言ってのける薫。確かに名案だと思うけど……藤ちゃんが捻くれ者って言った理由がわかる気がする。
「というわけで戻ろうか。実は少しだけ楽しみなんだよ、名古屋の人たちを魅了するという、ご当地のアイドルの力を見るのがね」
そう言って薫は幼い少女のように笑ってみせた。